第874話 「叫伝」
当たれば殺せそうなんだが、何をやってもさっぱり当たらんな。 俺は一通り攻撃を試し、碌な成果が出なかった事にどうした物かと内心で首を傾げる。
掠るぐらいなら行けるだろうと軽く考えていたが、少々甘かったようだ。
小さな傷でも魔剣で当てればゴラカブ・ゴレブの付加効果で多少は動きを悪くできるかとも思ったんだが、他はいい所まで言っても魔剣だけは掠りもしない。
恐らく聖剣の能力による物なのだろうが、困ったな。 突破方法が見当たらん。
いや、方法自体は分かっているのだが、実行に移せないと言うのが正確か。
これまでの攻防でブロスダンとアザゼルの能力に関しては凡そだが掴めた。
まずはブロスダン。 こいつ自体は大した事はないな。 ただの雑魚だ。
口では復讐だの何だのと御大層な事を並べていたが、それだけで中身が欠片も伴っていない。
そんな調子でよくもあれだけの大口が叩けた物だと呆れるぐらいのお粗末さだった。
振りは勢いだけ、視線は一定。 その為、攻撃が非常に読み易い。
そこまで考えて俺はおや?と首を傾げる。 俺も似たような物かと思ったからだ。
……まぁ、今の所はそこまでの問題になってないからいいか。
ともあれ、虚実を織り交ぜるような真似はせずにストレートに来るので対処という点では楽だったのだが、聖剣の能力なのか妙に避け辛い軌道で攻撃が飛んでくる。
それに加えて位置取りが鬱陶しい。 常に右側に居るので
一番厄介なのはアザゼルの繰り出してくる浮いている武器だ。
恐らく魔剣で威力をブーストしているのだろうが、防ぐ分には問題ない。 ただ、手数が多いので処理が面倒だ。 障壁で弾き飛ばせば戻すまでの数秒は無効化できるが総数が五十近くあるので、五、六本吹き飛ばしても即座にお替りが飛んでくる。
ブロスダンの喚き散らしながら繰り出してくる斬撃をいなしつつ、アザゼルの攻撃を障壁で弾き、攻撃を防ぎ切ってはいるがこちらの攻撃も通らないと。
こんな感じでの膠着が続いている状態だ。
……防げているが防がれる。
普通にやっても埒があかないと意表を突く形での攻撃を繰り返しては見たがそれも悉く無駄に終わった。
ここまでやって駄目だと防がれる可能性が僅かでもあればいくら奇襲を仕掛けても無意味と判断せざるを得んな。 それでもそこまでの危機感は抱けなかった。
確かに聖剣の能力は強力で、アザゼルの攻撃も厄介ではあるが、まぁ、いいかと気楽に考える。
元々、俺が仕留める予定ではあったが、無理なら無理で次の手はファティマが考えているので問題はない。 以前の会議で首途達と話した通り、仕留められないなら他を呼んで物量で押し潰せばいいだけだ。
まだ外で戦り合っている最中なので、適当に相手をしたらサベージを一度外に戻してヴェルテクス辺りを――
――同時にドクンと魔剣が脈打つように憤怒を吐き出す。
さっきからうるさいな。 お仲間の魔剣をいいように使われて不快なのは分かったが、少し黙ってくれない物か。 いい加減、鬱陶しく――不意に魔剣から黒い何かが伸びて俺の腕に絡みつく。
内心で舌打ち。 体の制御を乗っ取るつもりか。
前回はそれで助かりはしたが、今回は不要だ。 余計な真似をするな。
腕に絡みついた闇は胴体へと昇って来るが、所詮は魔力の塊だ。 吸収して無効化すればいいと身構える。 だが、闇が胴体へと接触した瞬間、脳裏で何かが弾けた。
時間で換算すれば一瞬の出来事だろう。 様々な情報が俺の中を通り抜けて行く。
最も割合が多いのは感情だった。 憎悪や憤怒、無念や悔恨。
魔剣から散々伝わって来る負の感情の奔流が通り抜けるが、不思議な事に通った後は記憶に残らないのでそんな感じがすると言ったあやふやな物だった。
正直、今更感があったので、こんな物を見せられてもうるさいか、鬱陶しい以外の感想は出てこないぞ。 だが、その中に微かなノイズが混じっている。
それは大音響で鳴り響く騒音の中で、微かにだが何かを伝えようと叫んでいるのを感じた。
何だと耳を澄ませると、声が聞こえるのだ。
――どう……か、あの人を――
うるさいだけでよく聞こえん。 分かるように喋れ。
出来ないなら後にしてくれ。 というより、今は忙しいから暇な時にしてくれないか?
――……意識を……内……ではなく……外に――
何か伝えようとしているのは分かるが、何を言っているか聞こえん。 分かるように言えないなら邪魔だ。
――世界……から……力を――
もういいかと無視しようとした時、騒音を突き破るように何かが俺の頭に捻じ込まれた。
物理的な物ではない。 これは知識と――記憶?
飛蝗の所で見せられたヴィジョンに似た物が脳裏に広がっていくが、砂や水のように掴み所がない。
認識した瞬間に掌から零れ落ちるように消えて行く。
見慣れない景色、見慣れない人々、見慣れない土地。 そして見た事もない敵。
見た事もない戦いに――どこか見覚えのある味方。 これは記憶の主にとっても重要らしく印象が強い。
魔導書を片手に無数の悪魔を召喚して戦う女王、背中から無数の光る羽を生やして数多の権能を操る聖騎士。 徒手空拳で戦う飛蝗に二刀を振るう武者。 その後、数名のイメージが通り過ぎ――最後にある攻撃手段が浮かび上がる。 イメージの中に現れた二人の男が頼みとした戦闘法。
だが、それもすぐに零れ落ちて行く。 恐らく完全に抜けると使い方を認識する事が不可能になるだろう。
中でもこの状況で最適な物を選択。 その為に必要な行動も知識として送り込まれてくる。
そして――
――お願いです。 どうか、どうかあの人を解放してください。
そんな声が最後にはっきりと響いた。
「……なるほど。 良く分かった」
事情や思惑はさっぱり分からんが、極伝とやらの使い方は理解した。
まぁ、この後すぐに忘れてしまいそうだが。
この状況を打開できそうな物である事は確かだろう。
俺はやや大振りの攻撃を繰り出した後、後ろに跳んで距離を取る。
『
同時に権能を起動して目晦ましに使う。 数秒とは言え、時間が必要だからな。
充分に間合いを取った後、足で地面に円を描き、踏みつける。
そしてその名を口にした。
「<
――<
九種存在する極伝と呼称される技の一つ。
本来なら無数の独鈷杵を生み出して掃射する物で、敵
威力は使い手の力量に左右されるが、かつてバラルフラームと呼ばれた場所で二刀を振るった武者が使用した際は劣化して尚、軍勢を滅ぼせるほどの威力を秘めていた。
だが、ローが使用した物は魔剣により導かれ、彼の特性を色濃く反映した物となる。
技が成立した瞬間、辺獄が僅かに軋みを上げ――それが発生した。
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