第855話 「海霧」
グリゴリは前回とは真逆で完全な形での奇襲を許す形となってしまった。
今回の奇襲を成功させるに当たってはいくつかの問題点がある。
まずは地形。 ユトナナリボは以前に襲撃したヴァーサリイ大陸に存在したエルフの里同様、巨大な樹上に存在し。 航空戦力である天使兵が存在するので正面から仕掛けるのは余り賢い手ではなかった。
同様に地の利がエルフ側にある以上、味方を呼び込む為の準備や拠点構築は難しいと判断せざるを得ない。
ただ、大雑把な地形は事前に捕獲した捕虜や周辺地形を調査していたサブリナ達の働きによって、大部分の把握が出来ていた。
それともう一点、都市を覆う結界だ。 グリゴリの天使が直接仕掛けた代物らしく非常に強固との事だったので、先行して部隊を送り込むのは危険と判断せざるを得ない。
ならばどうするか? 提示された解は周辺の森を掃除した後、障壁を露出させ発生源を破壊する、だ。
強固ではあるが、以前のエルフの里で使用されていた物と構造的にはそう変わりはないので見えてさえいれば無力化はそう難しくない。
森の排除と強襲用の兵員の輸送。 その二つを両立させる存在こそが現在上空を制圧している海の主――ディープ・ワンだ。 かつて獣人国トルクルゥーサルブに現れたそれはローという男に敗北し、死亡したはずだが、その記憶と生体情報から再生された個体が現在、空を泳いでいる。
オラトリアムによって再生された彼は徹底した改造が施され、強度や身体能力は全盛の力を取り戻し、内部には広大なスペースが設けられ移動する拠点――空母や戦艦と言い替えてもいい存在へと変貌を遂げていた。
それにより、下部が展開し体内に格納していた戦力の出撃に転移魔石を用いた設備を設ける事で安全に増援を呼び込む事が出来るようになっている。
本来なら再生後、ゆっくりと成長させてから戦力として組み込む予定だったが、今回の奇襲に合わせて急速に成長、改造後に投入といった流れとなった。
こうして再誕を果たしたかつての海の支配者は、創造主の尖兵としてグリゴリに牙を剥く。
ディープ・ワンの眼下――都市では投下した戦力が次々と街の制圧を進めている。
少し遅れて街の西――グリゴリの神殿から無数の天使兵が迎撃に向かって来ていた。
天使兵――グリゴリの固有能力で生み出されたゴーレムに近い存在だが、戦闘力は非常に高く、グノーシス教団の基準では中級天使の下位に相当する。
各々、魔力で構成された光る剣や槍、弓矢で武装しており、背の四枚羽で高速で飛行し、持っている武具は堅牢なタイタン鋼ですら容易に貫く。
本拠だけあって空を埋め尽くさんばかりの数で、彼等は都市の防衛と制空権を取り返す為にディープ・ワンへと攻撃を開始するが――
――後者へ挑んだ者達にとって、もはや空は自由に動ける有利な空間ではなかった。
弓矢を持った天使兵が一斉に攻撃を仕掛けようとしたが、ゆらりと海中に無数の影が動く。
ディープ・ワンに狙いを定めていた天使兵達はそれに対する反応が遅れてしまう。
水面から大量の蛸や烏賊を思わせる触手が飛び出し次々と絡め取って海中へと引き摺り込む。
その正体はローが作成した海棲の改造種――深海魚の様な歪な程に大きな口と胴体、強固な外皮、無数の触手を備えた形状をしている『ケティオスコロペンドラ』と名付けられたそれは異常に伸縮する触手で獲物を絡め取ると吸盤と触手に内蔵されている昆虫類を思わせるデザインの節足を獲物に突き刺す。
節足には当然のようにタイタン鋼が使われているので天使兵の堅牢な体にも容易く突き刺さり、逃げる事を許さない。
引き摺り込まれた天使兵達はどうにか拘束から抜け出そうと足掻くが、空中では風のように軽やかに飛び回れる者達も水中では思うように動けないらしく、明らかに動きが鈍い。
ケティオスコロペンドラ達は捕えた獲物を引き寄せるとそのまま齧りつく。
バキバキと硬い物を砕くような音が海中を震わせ、天使兵が呑み込まれる。
彼等は強力な消化器官を備えているので何でも喰らい、体内は魔力を吸収する性質を備えているので悪食と言って良い程に獲物を選ばない恐ろしい生き物だ。
その光景を見れば大抵の者は大きく動揺するだろうが、天使兵に自我はなく、動揺もしない。
拘束を免れて回避に成功した天使兵達が応じるように光る弓矢で応射。
魔力で構成された矢は次々と海面を突き抜けて海中へと飛び込みケティオスコロペンドラ達に襲いかかるが海中は彼等のテリトリーだ。 次々と回避していくが全ての個体が無傷とは言えず一部の当たりどころの悪かった個体が即死。
ケティオスコロペンドラ達は非常に狂暴ではあるが、最低限の敵味方を識別する能力は持っている。
――が、死んだ仲間はその限りではない。
彼等は死んだ仲間の死骸を貪りながら天使兵を捕えようと再度触手を伸ばす。
触手と弓矢の応酬は続き、一部はディープ・ワンへと挑みかかるが弓矢では大した損傷は与えられず、近接しようと海中に飛び込んだ者は思うように身動きが取れずにケティオスコロペンドラ達の餌食となる。
海中に潜む脅威はそれだけではない。 ヒストリアの生き残りである海棲の転生者達も各々、武装して海中に侵入した天使兵を迎え討つ。
それにより空中の天使兵達は徐々にその数を減らしていく。
このまま行けばやがて全滅する事となるだろうが――
光る巨大な鎖が海水のヴェールを貫通し、ディープ・ワンの巨体を打ち据える。 だが、その巨体故、ダメージは認識しているが目立った損傷になっておらず、目に見える速度で修復が始まっていた。
巨大怪魚は自身を襲った衝撃と損傷に一瞬、目を向けるとそれを行った敵へと視線を送る。
そこにはグリゴリの大型天使――シャリエルだ。
『源生――否、混沌の眷属か。 我等が聖域を侵すとはその不遜、死を以って償うがいい』
シャリエルの全身が光を放つと不可視の何かが展開する。
以前にセンテゴリフンクスで使用した固有能力。 敵の動きを鈍らせる空間が発生。
同時に都市部にいた巨大な影――アクィエルが全身から霧を放出。
空間に干渉するようにその勢力を拡大する。
『悪魔か。 小賢しい』
シャリエルは忌々しいと言った口調で標的をディープ・ワンからアクィエルへ変更。
鎖で攻撃するが、霧でその姿が掻き消える。
同時に鎖が何かに命中した手応えが伝わるが、感触から当たっていない。
ならばと霧を薙ぎ払おうとしたが、違和感が発生。
視線を下げると足に巨大な百足のような物が巻き付いていた。 シャリエルがそれを認識した瞬間、ガクリと高度が落ちて霧の中へと引き摺り込まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます