第848話 「入替」

 時はゆっくりとだが確実に流れて行く。

 ユトナナリボは表面上は平和なので、住民からすれば緩やかな物だろう。

 エルフ達は豊かになって行く日常を享受し、決められたルーチンをこなして時間を消費する。


 コンスタンサという少女もそれは例外ではない。

 今日も順番が来たので下賜の当番となり、作成された武具を荷車に乗せて森の外へと向かう。

 緩急こそあるが変化のない日常、コンスタンサはその中で何の疑問も抱かずに先頭を歩く。


 何度も通った道を通り、森を抜ける。

 そこには武具を下賜する相手であるグノーシス教団の者達が待っているのだが……。


 『あら?』


 決まり切った日常は些細な変化でも浮き彫りになり易い。

 コンスタンサはその変化に思わず首を傾げる。

 

 『いつもの人間達ではない?』


 思わずそう呟く。

 これまでは枢機卿という肩書を持ったフリストフォルという男とその配下の聖騎士――正確には聖堂騎士と聖殿騎士なのだが、今までの取引では顔ぶれは一切変わっていない。

 だが、今回は顔ぶれはほぼ全員が変わっていた。


 バイザーを下ろしている面子は体格以外で個人を識別できないので、不明だが顔を晒している者達は完全に入れ替わっているのだ。

 先頭に居るのは女性。 ややサイズが大きな体格が出ないゆったりとした修道服で頭巾もしっかりと被っているので顔以外は一切露出していない。


 修道服を着た女性はコンスタンサ達が会話が出来る距離まで近づくと恭しく跪く。

 

 「お越しいただきありがとうございます。 グリゴリの使徒様」

 「あなたは?」

 「申し遅れました。 私、レボルシン枢機卿に代わり、お言葉を賜る事を許されたサブリナ・ライラ・ベル・キャスタネーダと申します。 どうかお見知りおきを」 


 コンスタンサの問いに女性――サブリナは笑みでそう答えた。

 

 「フリストフォルは?」

 「あの方は枢機卿という教団でも重要な立場。 グリゴリの御使いの方々からのお言葉を賜れる機会を失う事は非常に残念と仰られていましたが、聖務を果たす為に遠く・・へ行かれました」


 それを聞いてコンスタンサが抱いたのは微かな不快感。

 グリゴリから物を賜る身でありながら他の事を優先するとは無礼なと。

 

 「申し訳ありません。 お怒りはごもっともかとは思いますが、それにより私はこの栄誉を得られました。 この今日という出会いに感謝しております」


 サブリナは心の底から光栄ですと言った表情を浮かべつつ、コンスタンサに微笑みを向ける。

 それを見たコンスタンサはサブリナの信仰心に感心と頷き、溜飲を下げた。 

 表情を緩めたコンスタンサを見てサブリナは笑みのまま微かに目を細めて話を続ける。


 「お近づきの印と言う訳ではありませんが、特別な魔石をご用意させていただきました」


 サブリナはそう言うと連れている聖騎士に合図すると、持って来た荷車の幌を外す。

 そこには今までの物とは比べ物にならないサイズの魔石が大量に積み込まれていた。

 今までにグノーシス教団から貢物として受け取っていた魔石は精々、掌サイズの物だったが、今回は物が違う。 人の頭ぐらいのサイズの物まであり、魔石は日の光を浴びて煌いている。


 輝き方から不純物が殆どないにもかかわらず、あのサイズなのだ。

 どれほどの価値があるのかはコンスタンサも良く分かっていた。

 思わず目を見開いて魔石を凝視してしまう。


 その反応を見てサブリナは笑みを深くする。


 「気に入って頂けたようですね。 我々が用意した特別な魔石で、他では手に入りません」

 「え、えぇ、素晴らしい魔石ですね」


 コンスタンサは思わず呆けたように頷くが、視線は魔石に吸い寄せられたままだ。

 サブリナは柔和に笑んだまま「どうぞお納めください」と荷車を差し出す。

 そう言われて我に返ったコンスタンサは取り繕うように小さく咳払いをすると、護衛に連れていた天使兵が自分達が運んで来た荷車を引き渡しながらサブリナ達の持って来た荷車を回収。


 これでこの日の「下賜」は終了となる。


 「素晴らしい貢ぎ物でした。 きっと貴女達には天使様のご加護があるでしょう」

 「えぇ、ありがとうございます。 その魔石は我等が神から賜った恵み、きっとグリゴリの天使様にもお喜び頂けるでしょう」


 コンスタンサは満足気に頷くと他を率いて去って行った。

 サブリナ達は跪いてその背を見送る。 コンスタンサ達が去って、その姿が完全に消えた所で表情を消して立ち上がる。


 先程までの柔和な笑みが消えた事で別人のような威圧感を放つサブリナを見て、周囲の者達は寒気が走ったかのように身を震わせた。

 

 「さぁ、早く荷車を運びなさい。 中身を検めた後、オラトリアムへ送るように」


 部下に指示を出していたが、不意にサブリナは動きを止める。

 ある報告が入ったからだ。 二言、三言と<交信>で話をすると今までとは違う、裂けるような嗜虐的な笑みを浮かべて歩き出した。


 ――あぁ、お可哀想に。


 そう考えて堪え切れなくなったのか、微かに笑みが零れる。

 入った連絡の内容は最近までこの近辺に駐屯していたグノーシス教団の者達についてだ。

 暇そうにしていたので全員纏めてオラトリアムへとご招待して、現在はたっぷりと持て成しを受けて居るとの事だったのだが、何が不満だったのか色々と知っていそうな者達が全員死んでしまったらしい。


 「ケイティ殿が張り切っておられたというのに、ふふ――」


 戦力の大部分を下げていたので、この付近――正確にはアルドベヘシュトを拠点としていた者達だけだったが、招待する事は難しくなかった。

 ただ、その際にかなり抵抗されたので、残念ながら助祭、司教枢機卿は招待できなかったのだ。


 特に司教枢機卿はいつかオフルマズドで遭遇した娘と似た雰囲気だったので、向こうでたっぷりとオラトリアムの素晴らしさを教育・・してあげようと考えていたのだが、それが叶わなかった事は残念だった。

 ただ、残りのフリストフォルは捕え――ではなく、招待できたので、ケイティによる盛大な歓待が待っていたのだが――


 早い段階で爆散してしまったようだ。 他の者の歓待を見せて心を折――開いて貰おうとしたのだが、どちらにせよ喋れなかったようだったので意味がなかったのは残念だった。

 グノーシス教団の情報は可能であれば取れればいいと言ったレベルの優先度だったので、生き死にに関しては割とどうでも良かったのだ。


 ――最重要目的であるエルフとの接触には成功したのだから――


 全ては些細な事だ。

 あの森はそう遠くない内に本物の神による天罰が降るだろう。

 そう考えてサブリナは更に笑みを深くした。

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