第825話 「運命」

 『あの……この状況は一体……?』


 困惑の声を上げる弘原海に俺はこれからお前の世話役の面接を行うとだけ説明した。

 人数が居るから気に入った奴が居たら言えといって順番に見せて行く。

 流れとしては一体ずつ中に入れて体格や顔の造形を見せて反応を見る。

 

 弘原海の感触を確認した後、次に移るといったシンプルな流れだ。

 顔が馬なので表情は読めないが視線の動きや呼吸を見れば、何となく反応は読み取れそうなので問題はないだろう。 多分だが。


 最初の一人目を見せた時の反応をベースに変化を観察する。

 それなり以上に顔のパーツ配置には気を使ったので、顔面偏差値は極めて高い品揃えだ。

 二人、三人、四人と入れ替えて行くが、反応はそこまで変わらなかった。


 見た所、慣れて来たといった感じか?

 段々、リアクションが薄くなってきているな。 これもダメかなと諦めかけていると、途中で僅かに反応が変わったのがあった。


 クリステラとアメリア似の人形を前に出した時だ。

 少しだけ反応が違ったので大方、好みの造詣だったと言った所だろうか? まぁ、あいつ等の顔のパーツ配置はかなり整っていたからな。 見た所、アメリアの方が反応が良かった気がしたので、参考にしておこう。

 体格などにはこだわりはないのだろうかと反応を注意深く窺うが、これといった違いは見いだせなかった。


 一通りお披露目が済み、後は念の為にと用意した色物枠を残すのみとなったが……。

 

 ……これは駄目かもしれんな。

 

 まぁ、監視役にメイドとして最低一体は傍に置いておくつもりだったので、反応の良かった奴をベースに最適化した奴を――。

 そんな事を考えながら順番に見せて行き――最後の一体となった。

 次はどうした物かと考え、意見を聞く相手を変えるべきかと脳内で聞く相手をピックアップしていると不意に変化があった。


 弘原海が思わずと言った感じで、目を見開いて硬直したからだ。

 俺はその視線の先にある人形を見て――なるほどと納得した。

 取りあえず、どういう路線で行けばいいのかは分かったな。 効果はこの先次第か。


 俺は弘原海に宛がう人形をどうするのかを決定した。

 



 弘原海 顯壽。

 転生当時は十九歳。 大学生。 家族構成は両親と兄と姉が一人ずつ。

 家族仲は良好で、彼自身も目立ったトラブルもなく順調に人生を歩んでいったと言えるだろう。


 性格は明るく、人当たりはそれなり以上に良かった。

 運動、勉学共に成績はそれなり以上に高く、天才肌というよりは要領が良いタイプだろう。

 彼の持ち味はその集中力にある。 基本的に始めた事は気を散らさずにやり切るので、その性格が要領の良さに繋がっているのだろうと、彼自身はそう自己分析していた。


 顔立ちは整っている方だったので、高校に入って少し経ってから数名の女性から告白され交際を行った事もあり、女性の扱いに関してもその頃には多少ではあるが手馴れていたが……。

 

 ――そこで問題があった。


 何故か女性との交際が長続きしないのだ。

 当然ながら異性に対して魅力は感じる。 だが、そこまでだった。

 友人関係を築く分には全く問題なかったのだ。 しかしそれ以上ともなると何故か踏み込む気になれず、最初にできた彼女とも早い段階で別れ話を切り出し平謝りして円満に別れた。


 ――とは言っても随分と泣かれたので、それ以降の女性との交際はお試し期間を設けた上で判断させて欲しいと予防線を張ってから付き合うといった形を取る事となる。


 それでも付き合った女性とは長続きしなかった。

 体は異性に反応しても何故か心が欠片も動かないのだ。 その為、そう言ったチャンスは幾度となく訪れたが、その全てを棒に振る形となってしまった。 そして最大の問題はその逃したチャンスを惜しいと思わなかった事だろう。


 兄に相談したが、流石に歳もそう離れておらず、異性との交際経験がなかった彼の兄は困惑しつつも「単に合わないだけかもしれないので、いろんな女性と接してもう少し様子を見てはどうか?」と微妙なアドバイスを送り、彼の姉は散々悩んだが「気の持ちようかもしれないので、この子と決めたら結婚するぐらいの気持ちを込めるとか?」とこれまた微妙な意見を貰った。


 彼の兄と姉は真剣そのものだった弟の質問に熟考した上で答えたが、納得のいく物ではなかったようだ。 彼の悩み――心の中で引っかかっている物はその存在感を徐々に増していった。

 一時、迷走してまさか自分は同性愛者か何かなのかとも考えたが、肉体は女性にしっかりと反応するのでそれはあり得ないと内心で否定。


 なら俺は一体何なんだと頭を抱えていた。

 彼の悩みとは裏腹に日常は回り、時間は進む。 そしてある日、彼の心の中にあった疑問――その答えが唐突に訪れた。

 高校二年生、ある日の出来事だ。 迷子になっている子供を見つけ、交番まで送り届けている時だった。


 アッシュブラウン――というよりは灰色寄りの髪に先端にウェーブがかかっており、外国の血が入っている所為か顔立が日本人からやや乖離しており、人形のような美しさと幼さによる可愛らしさが同居した非常に整った顔立だった。


 その娘は不安から怯えていたが、必死に慰めた結果、笑顔を引き出す事に成功した瞬間に彼は自分で自覚できなかった性癖に気が付いてしまったのだ。

 交番に送り届け、タイミングよく来ていた親に引き渡し感謝されて帰宅。

 自室のベッドに倒れ込んだ彼は驚愕の余りしばらく震えていた。


 そう震えていたのだ。 心が。 どんな女を見ても欠片も動かなかった心が激しく動いていた。

 世界にあんなに無垢で美しい存在が居るなんて、何故気付かなかったのだろうか。

 そして自分の性癖の正体と危険性を自覚して、彼は決心した。


 ――俺は生涯、独身と童貞を貫こうと。

 

 人生最大の疑問に答えが出た瞬間。 彼は一定以上の年齢に達した異性に対する興味を失った。

 街で可愛らしい少女を見かけると不審に思われない程度に目で追って満足する。

 美しい花は手折る物ではなく愛でる物だ。 ささやかだが、それだけで彼は満たされていた。


 そんな日々を送っていたが、運命の日が訪れる。

 ボール遊びをしていた女の子が、友達が投げた球を捕球できずに道路に弾いてしまう。

 同時にトラックが突っ込んで来る。 それを見た彼は躊躇う事は一切なかった。


 幸いにも道路の反対側で距離がそう離れて居なかった事が幸いし、少女の命を救う事には成功したが――彼の人生はそこで終着を迎える事となった。

 

 だがその後、彼はこの異世界で新たな生を得る事となる。

 新たな家族との出会い、別れ、そして復讐の牙を研ぎ続ける日々と決着。

 それにより燃え尽きた彼の心。 茫漠とした日々に色褪せた全ての風景。 手にした聖剣ですら、今はその辺の棒きれと同程度の価値しか見いだせなかった。


 何もかもがどうでもいい。 生きているのも死んでいない事と、家族の死に関わったグリゴリの残党が生き残っているからどうにか気力を奮い立たせているが、少しずつ心が弱って行っているのを感じる。

 危ない所を救ってくれたエゼルベルトや気を使ってくれるヒストリアの皆には感謝しているし、食事や世話役を宛がって、どうにか元気づけようとしてくれているローにも申し訳ないと思いつつもどうにもならないと諦めていた時だった。


 不意に彼の耳が小さな足音を拾う。

 同時に弱々しく鼓動する心臓――否、心が大きく脈打った。

 

 ――何だ? 何だこれは?


 彼は自分に起こった突然の変化に戸惑いを隠せない。

 その原因は向かって来る足音にあるのは分かっている。 だが、一体これは何なのだ。

 座り込んでいた体が無意識に立ち上がる。

 

 足音が近づき、ややあって停止。

 部屋のドアが開かれ、その先に彼は――弘原海 顯壽という男は死後の異世界にて本物の運命の姿を目の当たりにする事となった。

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