第820話 「報連」

 戦後の処理を部下に任せ、俺――エルマンが真っ先にやった事はオラトリアムへ連絡する事だ。

 さっきの火柱について聞きたかったが、ファティマから帰って来た反応は意外な物だった。

 今は忙しいので後でこちらから連絡すると早々に切られてしまったのだ。


 明らかに余裕がなかったので、意外だと思いながらもグリゴリがオラトリアムにも襲撃をかけた事に確信を深めた。 だが、同時に疑問も発生する。 


 ……ほぼ確定だとは思うが、仮にオラトリアムを襲撃したのがグリゴリだとしよう。 連中の目的は一体なんだと言う事だ。


 今回、グリゴリが王都に来た目的は聖剣と魔剣だ。

 単純に考えるのならオラトリアムにも聖剣か魔剣が存在していて、連中がそれを狙って襲撃をかけたと言った所だろうか? 流れ的にも自然だし、襲撃された事にも納得が行く。

  

 少し話した感じファティマの口調には余裕こそなかったがそこまで逼迫した物も感じなかった。

 恐らくだが撃退には成功したが、かなりの被害が出たと言った所だろう。

 だが、この仮説が正しければオラトリアムは何らかの手段で聖剣か魔剣を押さえていると言う事だ。


 魔剣は無理だろうが聖剣を運用できるというのであれば追い返すぐらいならどうにでもなるだろう。

 それに、あそこの得体の知れない戦力群なら仮に撃破したとしても驚きはない。

 

 「だが、仮に聖剣だとしたら何処の聖剣だ?」


 思わず呟く。 現在、俺が居るのは自分の執務室だ。

 盗聴などを防止する魔法的防御が施されているので、他所と連絡を取ったり一人で考え事をするには良い場所なので悩むのは大抵ここでだ。


 数も不明だが、仮に聖剣であったなら最も怪しいのは大陸南部に存在したであろう一本だろう。 辺獄の領域が存在した以上、聖剣が存在しない訳がない。


 聖剣が放置されているとは考えられないので、管理していたのは最南端にあった国家――オフルマズドだろう。 現在は滅んで存在しない国家だが、滅んだ経緯も不明な点が多い。 

 以前にマネシアが調べた限りでは一夜にして滅び、いきなり廃墟になったという恐ろしい話だった。


 国民は一人残らず行方不明。 建物すらも消え去っており、文字通りの更地になっていたようだ。

 仮にオフルマズドに存在していた聖剣だったとしよう。 それが大陸の反対側であるオラトリアムにあると言う事は、連中が滅ぼして奪い取ったと言う事になる。


 距離があり過ぎるという問題はもはや考える意味がない。

 転移魔石という距離を無視できる代物がある以上、仮に世界の果てだろうと連中は侵攻できる事になるからだ。

 

 「……それにしても解せない。 何の為にオフルマズドを滅ぼす? 連中に何の得があった?」


 ファティマの性格を考えると意味もなく侵攻するという事は考え難い。

 

 ……聖剣が狙いだったのか?


 オラトリアムは俺達も知らないような聖剣の価値を知っていて集めている?

 そこまで考えていやと首を振って否定。 それは考え難い。

 聖剣が欲しいならわざわざオフルマズドを滅ぼさずに適当に理由を付けて聖女から取り上げればいいからだ。 クリステラが手に入れている事も知っているので、本当に必要なら奪わない理由がない。


 なら、オフルマズドの崩壊にオラトリアムは無関係?

 それも判断に困る。 だとしたらグリゴリに襲われる理由が分からなくなる。

 連中が魔剣と聖剣を求めている以上、オラトリアムが襲われたのなら保有している可能性が高い。


 ……なら魔剣か?


 聖剣と魔剣は対になっていると聞くが、所在が分からない魔剣はこの大陸に限って言うのなら多い。

 特にクリステラの持っているエロヒム・ギボールと対になっている魔剣の所在が不明なのは気になっていた。 それに南部に存在する筈の魔剣も聖剣と共に行方不明と聞いている。


 分かっているだけで二本の魔剣の所在が不明なのだ。

 保有しているとしたらそっちか? 連中はグリゴリと同様に何らかの理由で聖剣ではなく魔剣を集めている? なら何でサーマ・アドラメレクを奪いに来ない?


 「……駄目だな。 情報が足りん」


 状況がオラトリアムの怪しさを物語っているが、肝心の取り仕切っているファティマの思考と一致しない。 要は連中がオフルマズドを滅ぼす合理的な理由が出てこないのだ。

 これは俺が知らない何かがあると結論付けて動くべきなのか?


 現状、アイオーン教団は聖剣を二本、魔剣を一本保有している。

 はっきりしている他の聖剣魔剣の所在はグノーシス教団が聖剣と魔剣を二本ずつ。

 別物と考えるのならグリゴリが聖剣を二本。 持ち出せている時点で魔剣も同数押さえている可能性がある。

 

 後は隣の大陸で消滅したのが一本ずつに最後はリブリアム大陸北部に一本ずつ。

 残りは所在不明。 それを世界のあちこちで取り合っている?

 いよいよもってモンセラートの言う「携挙」の存在が現実味を帯びてきた。


 聖剣と魔剣の消失による「虚無の尖兵」の発生。

 切っ掛けとなるのが聖剣と魔剣である以上、集めるというのは理解できなくもないが……。

 

 「集めてどうするのかがさっぱり分からんな」


 今回ばかりは流石にファティマに聞いた方がいいかもしれない。

 ここは連絡が来るのを待つしかないだろうと考えていたが、その機会は思ったより後の事だった。

 ファティマから連絡があったのは翌日だったからだ。 半日も待たされないと思っていたが、ここまで遅れると言う事は余程の事態と言う訳だろう。


 俺はグリゴリから襲撃を受けた事とその目的が聖剣と魔剣である事、最後に敵に聖剣使いのエルフ――いや、ハイ・エルフを名乗るブロスダンとアリョーナと名乗る二人の聖剣使いの存在。


 ――なるほど、お話は分かりました。


 ファティマは最後まで俺の話を聞いた後、気になった事を順番に質問してきた。

 グリゴリの特徴と能力、戦力構成。 そして最も詳しく聞いて来たのがブロスダンについてだった。

 一応、聖女達の所見も併せて伝えたのだが、妙にそこにだけ食いつきが良かった印象を受ける。


 質問に答えながらどう切り出した物かと悩む。

 出来れば話だけで済ませたいが、次の襲撃を考えると少しでも情報が欲しい。

 危険だがどうしてもオラトリアムの持っている情報が必要だ。


 俺は何度も深呼吸を行い、止めてくれと悲鳴胃痛を上げる体を宥めて覚悟を決める。

 ファティマの質問が一通り済んだ所で俺は切り出した。


 ――こっちからも少し聞きたい事があるんですが構いませんかね?

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