第812話 「戻帰」

 『無事に仲間の仇を討ち、他のグリゴリも仕留めてやろうと考えていたのですが……』


 弘原海はサムサペエルを仕留めた事で緊張の糸が切れたのか、攻撃を喰らいながらも逃げ切った後、それ以上の事をする気力が湧かなくなったのだそうだ。

 そうしてぼんやりしていた所にエゼルベルト率いるヒストリアが現れそのまま保護されたというのが、こいつがここに居る経緯らしい。


 別に心が壊れた訳ではないが、何か大事な物が抜けてしまったというのは本人の言葉だった。

 やる気がない訳ではないが、気持ちを奮い立たせる何かがなくなってしまったと。

 なるほど。 俺はエゼルベルトを一瞥すると小さく目を伏せる。


 「……一応、何とかしようと手は尽くしましたが、ワダツミさんの心に空いた穴は埋まりそうにありませんでした」

 

 メンタルケアを行いはしたが効果はなかったと。

 

 『グリゴリを許せない気持ちはまだ俺の中では燻ってはいます。 ただ……』

 『その感情を燃やす為の燃料がない、か』


 ……話は分かった。

 

 俺は後ろのファティマを一瞥。 頷いたのを確認し、弘原海には邪魔したなと一言告げて部屋を出る。

 

 「……どうでしょうか? 僕達は組むに値しますか?」 


 弘原海の居た部屋を出た後、ややあってエゼルベルトはこちらを窺いつつ訪ねて来る。


 「即答はできんな。 少し考える時間をくれ」

 「分かりました。 ではその間は――」

 「食料ぐらいなら分けてやるから、この島に滞在するといい。 細かいルールはこっちのファティマにでも聞いてくれ」


 面倒な事は全てファティマに投げた後、俺は船を出る。

 後ろでファティマがエゼルベルトにやや早口で何かを言った後、追いかけてきた。

 

 「……どうされるおつもりですか?」

 「取りあえず、オラトリアムに戻る。 グリゴリへの対処も兼ねて、連中をどうするかはそこで話すとしよう」

 「分かりました。 では転移魔石の準備を致しますので、少々お待ちください。 エルジェー、マリシュカはヒストリアの監視。 変化があればすぐに報告するように」


 ファティマは護衛二人に指示を出すと<交信>で連絡。

 しばらくすると魔石を持ったレブナントが転移魔石を持って来たので、ファティマとその護衛の一人とサベージを連れてオラトリアムへと転移。 一度、帰還する事となった。



 

 大森林を経由してオラトリアムへと帰還。

 表面上は普段とそう変わらないが次の襲撃に備えての準備を行っているので、よく見ると割と物々しくなっている。


 特に首途の研究所は戦場と化しているようだ。

 損傷した魔導外骨格の修理は急ピッチで行われており、研究所の作業員が総出でかかっているとの事。

 向かう場所はその研究所だ。 実際に戦った首途達の話も聞いておきたかった事と、個人的な用事もあったので会議は屋敷で行わずに研究所の方で行う事にしたのだ。


 ……これはまた、手酷くやられたな。


 研究所とその周辺は酷い有様で、戦闘の痕跡だろうクレーターのような物があちこちにできていた。

 中でも酷いのは研究所の裏手――滑走路等がある場所だったのだが、その中央に巨大な大穴が開いている。 穴の開き方から察するに地底から地面を穿ったような感じだった所を見ると、アレを使ったか。


 ……完成は遠いと聞いていたが、一応は実用に至っていたのだろうか?


 施設内に入ると損傷した魔導外骨格が修理の順番待ちをしており、ドワーフやゴブリンの工員が忙しそうに走り回っていた。 

 奥に視線をやると特に損傷が酷く目立つ機体が修理されているのが見える。

 サイコウォードだ。 完全に分解されて骨格のみの状態だったが、あちこちが歪んでいる事から相当のダメージを受けている事が窺えた。


 作業している横を通って奥へ向かうと――


 「兄ちゃん!」


 ――出迎えに来た首途が現れた。


 「そっちも襲われたって聞いとったから、大丈夫やとは思っとったけど心配したぞ」


 首途は俺の体のあちこちをバシバシと叩く。

 

 「いや、ほんま無事でよかったわ」

 「何とかだがな。 一度、首から下を失ったので膝に仕込んでいたスクリームがなくなってしまった。 在庫があるなら後で分けてくれ」

 「分かった。 直ぐに用意するか?」

 「いや、あるなら会議の後でいい。 ヴェルテクスの様子はどうだ? 派手にやられたと聞いていたが……」


 サベージをたまたま近くに居たマルスランに預け、歩きながらお互い現状の確認を行う。

 魔導外骨格と施設の損耗についてとヴェルテクスの負傷の詳細。

 聞けば例の調整前の魔導書を持ち出して自滅してしまったようだ。


 解析に回した際、設計上の制限を全て取り払った持っているだけで危険な代物だったらしいが、強引に動かして権能まで使ったらしく、反動であちこちがガタガタになったらしい。

 シルヴェイラのお陰で一命は取り留めたが、今は動かせないようだ。


 後はアスピザルが戦闘の疲労で倒れたぐらいか。 そっちは既に回復しているので問題ないとの事。

 研究所内部にある会議に使用されている広い部屋へと入ると、そこにはアスピザルと夜ノ森、後はシルヴェイラが席に着いて待っていた。


 アスピザルは小さく手を上げ、夜ノ森とシルヴェイラは小さく会釈。

 俺、ファティマ、首途の三人が席に着いた所で開始となった。 頭数が少ないのは他の連中は復旧作業や再度の襲撃に備えてあちこちで警戒に当たっているからだ。


 「まずは現状の確認を行います。 現在、オラトリアムはグリゴリという敵性勢力による攻撃を受けています。 戦力構成は天使――グノーシス教団で定められている中位の存在と同等の物と思われる雑兵と個体名称を持った巨大な天使。 後は現在、未確認ですが敵の本拠であるポジドミット大陸にエルフ、ハイ・エルフが存在すると思われます」

 「天使に関しては見てんけど、エルフって実際はどうなんや? 連中と戦り合うたっちゅう話は聞いとったけど、どの程度の強さなんかは今一つ分からへんねんけど……」


 ファティマによる簡単な現状確認が終わり、最初に質問をしたのは首途だ。

 そう言えば連中の里を滅ぼしたのは首途が参加する前か。

 エルフ自体は一部の洗脳した連中を使用人として屋敷で使っているので、知ってはいるだろうが脅威度の認識はできていないのだろう。


 「人間に比べ、魔法に長けた種族で独自の魔法等も扱っており、弓なども得意だったようだ。 身体能力自体はそこまで低くないが、余り頑丈ではないので近接すると脆い。 少なくとも以前に戦り合った時の経験だけで言わせて貰うなら大した事のない連中だったな」

 

 俺がそう答えると首途は納得したように頷く。

 次に質問を口にしたのは挙手したアスピザルだ。


 「じゃあハイ・エルフは?」

 「エルフの上位種という括りだが、実質は支配階級だな。 本当かは何とも言えんがグリゴリが品種改良を行い、憑り付くのに都合のいい構造らしいな」 


 当人たち曰く進化したとか言っていたか?

 実際は首輪を付けられた上、モルモットにされているだけなのだからどこまでも救えない。


 「うわ、じゃあエルフって二重構造の支配体制なの? それで? 肝心の戦闘能力は?」

 「そんな所だな。 エルフをハイ・エルフが管理し、ハイ・エルフをグリゴリが管理すると言った形を取っていた。 連中はエルフ共に神と崇められていたな。 戦闘能力は連中が憑依しない限りはエルフに毛が生えた程度で大した事はなかった」


 質問に順番に応えるとアスピザルは若干、渋い表情をする。


 「……随分とあれこれ口出ししてくる神様だなぁ……」


 アスピザルの感想には俺も同感だったのでそうだなと頷いておいた。

 会話が途切れた所でファティマが話の続きを始める。

 次は連中の目的についてだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る