第806話 「白旗」
俺は島内の屋敷でひたすらファティマの護衛が持って来る食い物をバクバクと食って回復に努めていた。
本調子とは行かないが、だいぶ調子が戻って来た所でファティマが報告をしに現れる。
どうやらオラトリアムでの戦闘も片付いたようだ。
「あっちにも大物が出て来たのか?」
「はい、バラキエル、バササエルと名乗った上位個体らしき者が現れたようですね」
……俺が出くわした奴と併せて合計で四体。
遠征で四体も出している事を考えると、五、六体じゃ利かない数がいそうだな。
思った以上に厄介だ。 また来るだろうし、効率良く処理する方法を考えた方がいいだろう。
次は間違いなく二体以上だ。 オラトリアムで迎え撃つとして、四体以上で来られると厳しいな。
どうにか辺獄に引き摺り込めれば二、いや三体までならどうにでもなるか。
「……どう思う?」
「…………難しいと言わざるを得ません」
俺は食事の手を止めてそう聞くと、ファティマから帰って来たのは絞り出すような返答だった。
「まずはグリゴリの戦闘能力。 オラトリアムとセンテゴリフンクスでの戦闘結果を見る限り、現有戦力では厳しいと言わざるを得ません。 相手が単独であるなら撃破も可能かと思われますが、こちらの戦力を見せてしまった以上は最低でも三体、私が逆の立場であるなら六、七体は投入しますね」
「……五体は流石に厳しいな」
少なくともこちら側で戦えば高確率で殺されるな。
いや、連中は俺の肉体にご執心のようだったし、捕まるだけで済むか?
……まぁ、間違いなく碌な事にはならんだろうがな。
「恐らく三体でも厳しいかと。 グリゴリの目的は魔剣と聖剣です。 なら、最低限の対策は練っていると見ていいでしょう。 ロートフェルト様は辺獄に引き込むおつもりのようですが、その目論見は高確率で失敗するかと」
「対策を取られていると?」
「間違いなく」
なるほど。 なら辺獄へ引き込むのは無理という前提で臨むべきか。
尚更、難しいな。 いっそエロヒム・ザフキを餌に誘き寄せて罠にでもかけるか?
「最大の問題は情報が足りなさすぎる事です。 敵の戦力構成――最低でもあのグリゴリが何体居るのかだけでも把握しておきたいですね。 可能であればグリゴリの本拠であろうポジドミット大陸の情勢も知りたい所ですが……」
それは流石に難しいだろう。 どの程度あの大陸を支配しているかは知らんが、少なくとも結構な規模の拠点を構えていると見ていい。
「それだけではありません。 わざわざ他所の大陸の聖剣や魔剣を狙って来た事を考えると、あの大陸の魔剣と聖剣を押さえている可能性があります」
確かグノーシスが二本押さえているという話は聞いた事があるな。
それを除外して所在が知れているのを差し引くと――
「――つまり連中は最低でも二本の聖剣と魔剣を保有していると?」
「はい。 投入してこなかった所を見ると出し渋っているか使い手の選定がまだかのどちらかかと思われますが……」
……まぁ、楽観できる状況でもないか。
「場合によっては聖剣使いを投入してくる可能性もあるのか」
グリゴリに加えて聖剣使いまで来られると流石にお手上げだな。
これは魔剣を捨てて夜逃げでもするべきだろうか? いや、どっちにしろ連中は俺の体に興味があるようだし追って来るだろうから無理だな。
「はい、現状で出来るのは急ぎオラトリアムへ帰還し防備を固める事でしょう」
流石のファティマもこの状況はお手上げのようだ。
相手の情報が致命的に不足しているので、対策を立てようがないと悔し気に表情を歪めた。
「敵に主導権を明け渡すのは業腹ですが、現状ではどうしようもありません。 厳しいですが、どうにか次の襲撃を凌いで突破口を切り拓くしかないでしょう」
「まぁ、さっさとオラトリアムに戻って防備を固めるぐらいしかやる事がないと言う事か」
ファティマは小さく頷く。
まぁ、攻め込むにも連中は海の向こうで、こちらは本拠の位置を完全に捕捉されたと。
一方的に攻められる状態に持って行かれたので、取れる方策が防衛一択なのは辛い所だ。
……面白くはないが、攻めてきた連中をどう返り討ちにするかを考えた方が建設的か。
そう言えば聞き忘れた事があったな。
「オラトリアムも襲われたのは分かったが、被害はどの程度出たんだ?」
大抵の奴は死んだ所で最悪、作り直せばいいが首途とヴェルテクスには死なれると困るな。
首途は替えが利かないし、ヴェルテクスはまだ約束を果たしていない。
生きていればいいが……。
「首途は無事です。 ヴェルテクスは一命を取り留めましたが重傷。 他は改造種と魔導外骨格にかなりの被害が出ました」
迎撃したのは首途の研究所でだったので、オラトリアムには被害は出なかったらしいが防衛に出た連中には相応の被害が出たようだな。
「ヴェルテクスに死なれると困るし、さっさと戻るとしよう」
残っていた食事を全て平らげると転移魔石を持って来いと言いかけた所で、不意にファティマが表情を変える。 どうやら配下からの連絡を受けているようだ。
「どうかしたか?」
「いえ、それが……」
俺が聞くとファティマは判断しかねると言った表情で歯切れの悪い返事が返ってきた。
「この島に近づく者が現れたようです」
「何だ、もう嗅ぎつけられたのか?」
だったら勝ち目がないのでさっさと逃げるとしようと言いかけたが、ファティマの反応から違うと言う事が分かった。
どうやらグリゴリではないらしいが、判断に困るような連中らしい。 ただ、西から来ているので無関係とも考えられないと。
埒が明かないと考えた俺は直接見た方が早いと判断して屋敷を出る。
「転移魔石の用意をしておけ、不味い相手だったらさっさと逃げる」
「お、お待ちください! せめて相手の正体を確認してから――」
……正体すら不明なのか。
グリゴリだけでも手一杯なのに、これ以上の面倒事は流石に困るな。
何かは知らんが、敵なら魔剣の第二形態を喰らわせて強さを測るとしよう。
無理なら逃げればいいしな。
屋敷の外で何故か珍獣女から魚を貰っていたサベージに跨って港まで行けと指示を出す。
「ちょ、まだ触ってないのに!?」
後ろで何かを言っていた珍獣女を無視してそのまま迫ってきている連中とやらを確認するとしよう。
島はそう広くないのでサベージの足ならすぐだった。
方角は西なのでそちらに視線を向けると大型の帆船が一隻、こちらに近づいて来ているのが見える。
取りあえず魔剣の光線を喰らわせようかと考えていたが――
「――確かに判断に困るな」
その理由は船が何故か白旗を上げていたからだ。
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