第805話 「巨砲」
『何?』
流石にこの展開は想定していなかったのかバササエルが驚きの声を漏らす。
何故なら全てを吸い込む影の障壁が炎に包まれて焼け落ちたからだ。
「やっぱりこれは効くのか……」
それを成したアスピザルは急激な消耗で膝を付く。
同時にバラキエルの光の障壁もヴェルテクスが権能で強化した空間歪曲で破壊。
この瞬間、両者の障壁が完全に無効化される。
――よし、ええぞ。 やれ!
その瞬間、首途は部下に命令を出す。
彼の指示を受けた二体のスレンダーマンがロングバレルの銃杖――ライフルとして作成されたそれを発射。
加工された魔石は過たずに二体の天使に命中。
当たっただけなので二体の天使には何の痛痒も与えられていない。
『何のつも――』
バラキエルが何か言いかけた瞬間、魔石が効果を発揮し、二体の天使が消失。
発射した魔石は転移魔石を弾丸として加工したものだ。 転移先は滑走路の中央。
大した距離は移動していないが、二体が固まって
――撃てぇ!
グリゴリの天使達は状況を瞬時に把握し、何がしたかったのだとやや困惑を浮かべつつも攻撃を再開しようとしたが、足元から発生した信じられない規模の魔力の奔流に気が付き咄嗟に障壁を下に展開。
同時に彼等の真下の地面が赤熱、巨大な火柱がその姿を呑み込んだ。
「うわ、何あれ……」
アスピザルは目の前の光景に思わず絶句。 滑走路の中央から巨大な――巨大すぎる火柱が上がり、二体の天使を呑み込むのを見ていたが、尋常じゃない大きさだった。
攻撃の感じからザ・コアの砲をスケールアップした物だと言うのは容易に想像が付くが、規模が文字通り桁違いだ。
「……まともに当てたら王都ぐらいなら一発で消し飛ぶんじゃない?」
明らかに都市や国自体を攻撃するような威力だ。
あれならかつて獣人国に現れたディープ・ワンですら一発で撃墜できるだろう。
やったかな?と火柱が消えた辺りに目を凝らすと――
「はは、嘘でしょ……」
――アスピザルは信じられないとばかりに呆然と呟く。
二体のグリゴリは健在だった。 だが、無傷とは行かなかったのか両者とも体の大部分が炭化し、羽も数枚焼け落ちていた。
『おのれ、小癪な真似を――』
『よせ、この損傷では聖剣を得たとしても我等の体が保たん。 ……混沌の者共よ、此度は引こう。 だが、忘れるな。 我等は再び聖剣を求めにこの地へ赴くと』
怒りを示したバササエルをバラキエルがそっと制し、一方的にそう言うと周囲で戦闘していた天使達も動きを止めて上昇。 どうやら撤退するようだ。
オラトリアム側も追撃はしない。 する余裕がないからだ。
天使の群れが元来た方角へと消えて行くのを眺め――見えなくなった所でアスピザルは気が抜けたのか、その場に仰向けに倒れる。 解放を使用したのでしばらく動けない。
「ちょっと!? ヴェルテクス君!? しっかりして!?」
夜ノ森の慌てた声にアスピザルは視線をそちらに向けると、権能を再使用したヴェルテクスは全身から血を流してもう動いていなかった。
彼女は動かないヴェルテクスにポーションを振りかけると、倒れたアスピザルを担いで研究所へと駆け出す。 アスピザルは休めばどうにかなるが、ヴェルテクスは死んでいないだけでかなり危険な状態だからだ。
「負傷者の搬送急げ! 治癒魔法使える奴は全員集まれ! ポーション類は在庫がなくなっても構わん、全部持ってこい!」
首途が怒鳴るように指示を飛ばし、動ける魔導外骨格が負傷者の搬送や救助を行っていた。
大破した魔導外骨格の装甲を剥がし負傷したパイロットを救助、傷の具合を確認して搬送。
「急患よ! 誰かお願い!」
叫びながら飛び込んで来た夜ノ森を見て首途は目を見開く。
彼は指示を出すのも忘れ、全てを放り出して彼女の下へと駆け出した。
「ヴェル坊! おい、ヴェル坊しっかりせぇ!」
瀕死の重傷を負った息子の状態を見て、流石の彼も狼狽を隠せなかった。
下手に触れず声をかける事しかできず、焦った調子で治癒魔法が使える者を呼び続ける。
「ここは私に任せて貰おう」
そう言って駆け寄ってきたのはシルヴェイラだ。
明らかに戦闘職の彼女だったが、何をする気だと首途と夜ノ森はやや訝しむ。
「この負傷、治癒では間に合わん。 だから傷を
彼女はそう言うと魔導書を展開。
「<
同時にシルヴェイラの全身から爆発するように血が噴き出す。
「ぬ、ぐ……」
彼女は小さく呻くと片膝を付き、逆にヴェルテクスの呼吸は安定し始めた。
権能『配分的正義』。 正義の権能の一つで、味方にしか影響を及ぼさない物だ。
その効果は負傷や魔力の分散と分配。 自身の魔力を他者に分け与えたり、自身の傷を配下に分散する事も可能で、逆に魔力を吸い上げたり今回のように他者の傷を肩代わりする事も可能となる。
「可能な限り負傷をこちらに移しはしたが、完治した訳ではない。 治療をしないとまだ危険だ」
「お、おう、すまん! 誰か、治療を頼む!」
ぞろぞろと研究所に常駐している治療班が群がり次々と二人に治癒魔法を使用しポーションを投与。
一先ず、死ぬような事にはならないと悟り、首途はほっと胸を撫で下ろす。
「……ヴェル坊を助けてくれてありがとうな」
「いえ、こちらこそ助かりました」
首途は夜ノ森に小さく頭を下げると、彼女は小さく手を振る。
「そんな事より、アス君を休ませたいのだけど――」
「それやったら仮眠室を使うたらえぇ」
アスピザルは夜ノ森の肩に担がれたまま弱々しい動きで顔を上げる。
「我ながら情けないけどちょっと休めば動けるから……。 ごめん、ちょっと寝るね」
だるそうにそう呟くとかくりと頭が落ち、寝息を立て始めた。
「あの坊主は大丈夫なんか?」
「はい、解放を使って疲れただけだから一、二時間も休めば動けるようになると思います」
アスピザルの解放は肉体に変異が起こらない代わりに精神面での消耗が激しいらしく、一度使えばあのように眠って回復を図ろうとする。
本人曰く、威力を絞れば疲れるだけで済むそうだが、今回は全力だったので意識が落ちたようだ。
「そんな事より被害状況はどうなっているんですか?」
「……ざっと確認した限り、連中は馬鹿正直に正面から来ててな。 儂等が戦り合うたので全部やったようや。 他には被害は出てへん」
「そうですか。 ここで食い止められたのは良かったのかもしれませんね」
「本音を言うなら北から来てくれたら臣装が使えたからもうちょっと楽やってんけどなぁ」
臣装はパンゲアの影響下でしか力を発揮できず、現在の範囲は旧オラトリアム領全域とその周囲、後はティアドラス山脈の一部となる。 その為、研究所は効果の範囲外だった。
ただ、魔力を引く都合上、局所的に研究所の地下までパンゲアの根を伸ばしているが、外までは手が回っていないのだ。
要は敷地内なら臣装を使えたので実際、滑走路内ではかなり優位に戦えてはいた。
ただ、問題はあの二体の天使だ。 グリゴリの天使――バラキエルとバササエルの二体の戦闘能力は極めて高く、臣装を用いても厳しいと首途は考えていた。
「次に来るまでに対策を練らないと……。 さっきのはもう使えないんですか?」
「……ちょっと厳しいな。 無理矢理動かしたからあちこちぶっ壊れよったわ。 修理以前に作り直しかもしれんなぁ」
あれは首途が地下でコツコツと作っていた兵器の
本体部分に直結していたのだが、一発撃っただけであの有様だった事を考えると他に付けた方がいいかもしれないと思考の一部で改善点を纏める。
「まぁ、どっちにしろ今はできる事をやろか。 対策やら方針に関しては兄ちゃんやらファティマの嬢ちゃんと話してからになるやろ」
「そうですね……」
センテゴリフンクスでの戦闘も片が付いたとの事だったが、ローが負傷したので回復を待って戻るとの事。
夜ノ森はグリゴリへの対処に対する不安を感じつつも今はできる事をしようと考えた。
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