第780話 「戦様」
ベレンガリアは城の上部にあるテラスで街の外へと出撃したユルシュル王の戦いを見守るべくそこに居た。 脇には獣人二人と保険にと用意しておいた護衛が一人。
第四小鍵を使用したユルシュル王はこの地では最強の存在だろう。
少なくとも彼女の思いつく限り、最大の戦力だ。 本来なら第五小鍵を使わせたかったが、何をどうやっても起動しなかったので実用化まで至っていない。
第四小鍵で聖剣の相手が務まるかに不安があるが、これ以上はどうにもならない。
勝利は難しいだろうが、隙の一つも作って欲しいと彼女は祈っていた。
配下の獣人達には乱戦の隙を突いて聖剣を奪うように言っており、例の鎖と鞘も持たせている。
ベレンガリアは危険ではあるが何とか奪うようにと念押しして送り出したが、まず成功しないだろうなと考えていた。
国境付近での戦闘結果を見ればあの女――クリステラが高い水準で聖剣を使いこなしており、奪われる事への対策もしっかりと行っているので、はっきり言って強奪は現実的ではない。
それでも強行したのは可能性がゼロではないからと言う事と、口減らしという意味合いがあった。
今回、投入した獣人部隊は
グノーシス教団の力を背景に他よりも大きな利益を供給する事を餌に自勢力に引き込みはしたのだが、そろそろ邪魔になって来たのだ。
ベレンガリアの今の本拠はクロノカイロスに存在する。 あそこはグノーシス教団の本拠であり、完全に教団の教義に染まっているので獣人の存在は許容されない。
要は獣人の部下は連れて帰れないのでここで使い切ってしまおうと考えていたのだ。
彼女は基本的に腹心と言った部下はいない。 最終的に他者は裏切る――否、信用しきれないので、体は許しても心を許せるような人間はいない。
だからこそ、どんなに気に入らない相手だろうと自己を殺して擦り寄れるし、どれだけ気に入った相手でも平気で切り捨てられる。
そこに恨み等の感情はない。 何故かと問われると彼女はこう答えるだろう。
だって自分が幸せになる為に必要だからだ、と。
実際、彼女は他人を陥れ、切り捨てれば切り捨てる程に地位が向上し、状況は好転していった。
それが今の彼女を構成する最大の要素であり、人生で培った哲学なのかもしれない。
他者の死や生命を吸い上げる事で自分は幸福になれる。
姉を蹴落とした結果、彼女は組織の頂点へ登り詰め、部下を犠牲にすれば有用な情報が手に入った。
他者を養分として成長する花、いつしか彼女は自身をそう定義するようになったのだ。
そう、養分だ。 ここにいる連中も姉もグノーシス教団の連中ですら彼女にとっては自分が輝く為の養分。 自分が大輪の花を付ける為の礎。
だから、ユルシュル王にも自分の養分となるべくその役目を十全に果たして欲しい。
その為には支援を惜しまず、手間をかけて大規模な儀式も行った。
結果、限界まで強化されたユルシュル王は現在、街の外でクリステラと対峙している。
彼女の振り回す巨大な鉄塊を粉砕し、そんな半端な攻撃では自分は止められないと言わんばかりのユルシュル王。
クリステラは真っ赤に輝く聖剣を静かに構え、ユルシュル王も悪魔との融合により魔力で生み出された剣を応じるように向ける。
ベレンガリアは魔法で強化された視力で二人の戦いを注視。
その周囲では戦闘が始まり、一部――彼女の聖剣強奪の命令を受けた者が比較的近くで戦いつつ隙を伺う。
――始まる。
最初に仕掛けたのはユルシュル王だ。
強化された人外の身体能力は刹那の間に彼我の距離を消し去り、その頭部に斬撃を見舞おうとして――その刃が半ばから折れ飛んだ。
「……え?」
ベレンガリアは何が起こったのか理解できなかった。
視力と身体能力強化の併用により、どんな素早い動きも見逃さないと意識を集中していたのだ。
ユルシュル王の動きは注視する事で辛うじて追えていたのだが、クリステラの動きは何故かさっぱり見えなかった。
剣を振って当たると思った次の瞬間には剣が折れていたからだ。
ユルシュル王もそれは同様だったらしく、慌てた様子で下がって立て直そうとしていたが遅かった。
胸の辺りに線が入り血が噴き出す。
――え? 斬ったの? いつ?
ベレンガリアにはさっぱり見えなかった。 クリステラの動きが霞んで見えるだけで何をやっているのかがまったく分からないからだ。
ただ、ユルシュル王の傷の深さは良く分かった。 胸だけでなく背中からも血が噴出している所を見ると、胴体を貫通する程の斬撃を受けており、普通なら致命傷という事がだ。
あれだけ苦労して強化したユルシュル王がこんなにあっさり?
流石にこの展開は想像していなかったのか、ベレンガリアはぽかんとクリステラを見つめる。
確かに聖剣は強力な武器である事は聞いており、グノーシス教団が必死に集めている代物であるとも認識していた。
感じから祭具の類として重要視していると考えていたので、限界まで強化した魔導書ならある程度は食い下がれる物と期待していたのだが、見通しが甘かったようだ。
距離がある所為でベレンガリアには聞き取れなかったが、クリステラの口が言葉を紡ぐように動く。
恐らく降伏勧告なのだろうが、ユルシュル王の性格上、そんな事は許容できないだろう。
ユルシュル王は斬られてそのまま崩れ落ちる物かとも思ったが、咆哮を上げて権能を強化。
クリステラに言われた事が余程癇に障ったのか、その表情には憤怒が張り付いていた。
権能を強化した事により、吸い上げる魔力量が増加。 結果、その傷が逆回しのように塞がり、肉体が更に巨大化。
剣を投げ捨てて素手で殴りかかる。 凄まじい拳のラッシュがクリステラを襲うが、事も無げにその全てを回避してユルシュル王の足を切断。 バランスを崩した所でクリステラが軽く跳躍し、拳を振り上から下へと振り下ろす。
頭頂部を殴られたユルシュル王はそのまま顔面から地面に叩きつけられた。
どれ程の力が籠っていたのか、地面にめり込んだユルシュル王の頭部を中心に地面に放射状の亀裂が走った。
――あぁ……これは駄目だ。
ユルシュル王の情けない有様を見てベレンガリアはこれは駄目だと諦めた。
聖剣の情報だけしか持ち帰れないのは業腹だが、エロヒム・ギボールの情報さえあればある程度の失態は帳消しにできる筈だ。
そう考え、ユルシュル王が死んだら転移で引き上げようと考えていると背後から足音。
弾かれたように振り返るといつの間にか近くまでここには居ない筈の人間が来ていた。
射殺すような視線をベレンガリアに向けているのは、剣を構えたゼナイドだ。
咄嗟に二人の部下が庇うように割り込んでゼナイドの前に立ち塞がった。
「……貴様が諸悪の根源か!?」
「何の話でしょうか? 私は貴女のお父上に必要な物を提供しただけですが?」
睨みつけるゼナイドにベレンガリアは内心の動揺を押し隠しながら余裕の態度でそう返した。
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