第773話 「煩慮」
用事を済ませたヴァレンティーナは小さく伸びをしながら屋敷へと戻ると、既に処理を済ませたシルヴェイラとメイヴィスが先に待っていた。
「おかえりなさい。 ヴァレンティーナ姉さま」
「あぁ、ただいまメイヴィス。 他の二人は?」
彼女が二人にそう聞くとシルヴェイラが小さく嘆息する。
「姉上二人は捕虜の尋問中だ」
「……あぁ、なるほど」
要はお楽しみ中かとヴァレンティーナはシルヴェイラの反応の理由を察した。
後でほどほどにするように言っておかないとと考えつつ、自分の席に着く。
「――報告は聞いているけど、一応確認しておこうか? 敵は一人残らず仕留めたと言う事でいいかい?」
「はい、敵は一人残らず処理いたしました」
「当然だ。 我等の地に土足で踏み込む愚か者など生かしておく道理などない」
ヴァレンティーナはだろうねと座った椅子に背を預ける。
末妹二人は方向性こそ違うが敵に対して甘い部分があるのだ。 シルヴェイラは潔癖な所があり、基本的に敵は殺してしまえと考えてさっさと殺してしまう。
そしてメイヴィスは純粋に甘い。 苦痛を与えないようにと直ぐに終わらせようとする。
裏を返せば遊びを挟まない分、一番容赦がないとも言えるのかもしれないが融通が利かないとも言い替える事も出来てしまう。
他の二人は感情的になる分、必要以上に苦痛を与えようとする傾向にある。
その為、敵を生かして捕らえたがるのだ。
どちらが正しいのかは一概には言えないが、個人の裁量に任せすぎるのは危険だろう。
ヴァレンティーナは今後の課題だなと肩を竦めた。
「さて、一先ずユルシュルの侵攻に関してはどうにかなったようだね。 問題はこの後だ」
「ユルシュル王への対処ですね」
「逆に侵攻をかけると言うのなら準備するが?」
淡々としているメイヴィスとやるならさっさと済ませようとするシルヴェイラ。
それを見てヴァレンティーナは小さく首を振る。
「いや、その必要はないよ。 王国とアイオーン教団に任せようじゃないか」
「……いいのか? 敵対が確定した以上、野放しにする事は姉上やロートフェルト様の意向にそぐわないのでは?」
「そうでもない。 さっきゼンドル君――ユルシュルの指揮官から話を聞く事が出来たのだけど、僕達があそこ攻める意味があまりないんだよ」
「それはどういう事でしょう?」
メイヴィスが不思議そうに首を傾げるのを見てヴァレンティーナは苦笑。
「確かに攻めればユルシュル王は仕留められるだろう。 ただ、彼等をここに嗾けた者達に関してはそうはいかない。 今回の一件は例の珍獣――おっと失礼。 ベレンガリア氏の妹君の仕業だ。 困った事に彼女達は転移魔石を保有しているので、行った所で取り逃がすのが目に見えている」
「だからと言っていかない理由にはならないのではないか?」
「残念ながらなるんだよシルヴェイラ。 ――そうだね。 今回の勝利、大きな要因は何だと思う?」
「……転移による奇襲と……こちら側に対する情報不足と言った所でしょうか?」
質問に答えたのはメイヴィスだ。
その答えに満足したのかヴァレンティーナは大きく頷く。
「概ね正解だ。 さて、ここで僕達が攻めてその妹君に逃げられるとどうなる?」
そこまで聞いて理解が広がったのかシルヴェイラがなるほどと頷く。
「つまりこのまま攻めた所で成果もなく情報を持ち帰られると言う事か」
「その通りだ。 妹君の立ち位置から察するに逃げる先はクロノカイロスの可能性が高い。 あそこはグノーシス教団の本拠で彼等は聖剣や魔剣に執着していると聞いている。 万が一にもこちらに興味を持たれると後々面倒事になるのは目に見えているからね」
エロヒム・ザフキの所在に関しては掴まれてはいないだろうが、相手は大陸一つが丸ごと領土の世界最大の勢力だ。 将来的にぶつかる事にはなるだろうが、今はその時ではない。
ヴァレンティーナは防衛に徹すれば負けはしないが、勝ちもまた厳しいと考えている。
結局、戦争ともなれば最終的に相手を殴り倒さなければ勝てないのだ。
現状ではまだまだ戦力を蓄える必要がある。 その為、グノーシスやその他、得体の知れない勢力に情報を与えるような真似は避けたい。
「……つまりユルシュルに関しては放置と言う事か?」
「そうなるね。 また来るようなら対処するけど、こちらからは攻めない」
ヴァレンティーナはそう言い切り、シルヴェイラは納得したのか頷くがメイヴィスは微妙と言った表情を浮かべる。
「お話は分かりました。 ――ファティマ姉さまはそれで納得してくださるとは思いますが、肝心のロートフェルト様はどうお考えなのでしょうか?」
そう言われて初めてヴァレンティーナの表情が僅かに引き攣った。
彼女は基本的に遊びを挟みはするが、理詰めで物事を動かす。
何かを要求する場合もなぜ必要なのかの論拠を明らかにしてから納得させる形で話を進める傾向にあるのだ。
その為、彼女の提案は言っている事を理解できる者ならば大抵は分かったと頷く。
だが、その彼女にも主であるローに関しては納得させる自信がなかった。
ヴァレンティーナ・ニア・ライアードにとってローは一言で言うのなら御せない怪奇と言った所だろうか?
彼女達は生誕の際にファティマの記憶を下敷きにしているので、彼女がいかに彼を愛しているのかと言う事と彼がどう言った存在で何を考えているかの所感は知識として存在する。
――にもかかわらず、ヴァレンティーナはローという存在がさっぱり分からなかった。
自らの欲求に従って刹那的に生きていると解釈できなくもないが、その全ての判断を理性で行っているのがヴァレンティーナには欠片も理解できないのだ。
理性ではなく衝動で動く手合いであればまだ理解できはする。 愚かだがその衝動の矛先を安全な方に向けて誰も損をしないプランを提案する事も出来る筈だ。
だが、オフルマズド殲滅戦を経験して彼女はその考えを捨てた。
ローは戦力の詳細が不明の大国に対して、攻める事に何の躊躇も見せなかったのだ。
一通りの問題点を聞いた後、口にした言葉は「それで? いつ攻めるんだ?」だ。 明らかに正気じゃない。
いや、正確にはヴァレンティーナの常識に照らし合わせれば正気ではない、だ。
ローは彼女に理解できない思考ロジックを以って殴り込むと言った結論を出した。
そしてその姿を見て秋波を送り続けている姉の感性も理解不能だったが、考えても無駄と悟るには充分すぎる出来事だ。
「いや、流石にそれはない……だろう。 話せばわかって下さる……はずだ」
完全に否定できなかった。 現在、ローはヴェンヴァローカに居るが近々戻って来ると言うのは聞いている。 その際にユルシュルの襲撃の話をしてどう対処しますか?と判断を委ねるのは危険すぎる。
――そうか。 ならさっさと消し去ってしまえば解決だな。
なんて言い出したらどうしようとヴァレンティーナは本気で不安になってきた。
メイヴィスも似たような事を考えたのか表情が強張る。
シルヴェイラはどっちでもいいと考えているのでむっつりと黙っていた。 彼女は多忙なので、攻めないならさっさと仕事に戻りたいと考えていたからだ。
「……ま、まぁ、まずは姉上に話を聞こうじゃないか。 最終的な判断はそれからでも遅くない」
そう言って保留にしつつ、帰ってくる前にエルマンを唆して急ぎ攻めさせるかと考えを巡らせた。
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