第764話 「陣裂」
クリステラへ兵力が集中すると言う事は、彼女を中心に敵が固まると言う事だ。
そんな状態を魔法で狙わない方がどうかしているとばかりに王国軍から魔法や弓矢と言った遠距離攻撃が雨のように降り注ぐ。
対するユルシュルの者達も即座に魔法障壁や装備品の付加効果を用いての防御を展開するが、次々と貫通してあちこちで爆発が起こる。
「『
王国軍の陣の中央、そこに設置された祭壇。
そこで一人の少女――モンセラートが光輪と背に赤い羽根を広げて祈りを捧げていた。
「撃てぇ! 撃って撃って撃ちまくれぇ!」
叫んでいるのは王国軍の指揮官たる騎士だ。
モンセラートの権能により強化された王国軍の兵達は普段とは比べ物にならない威力の魔法を連射。
射線上に味方はクリステラしかおらず、当の本人からも躱せるので遠慮なく撃ち込んでくださいと事前に言われているので容赦なく撃ち込む。
正義の権能の効果は凄まじく、本来なら能力が向上しているユルシュルの者達なら問題なく防げる攻撃も数発当たれば即死する程の物へと昇華されていた。
放たれた攻撃が絶え間なく着弾し続け、爆発が小刻みに発生し、ユルシュルの者達が次々と碌に反撃もできないままに死んでいく。
ユルシュルの者達も何とか反撃しようと後衛が魔法を打ち返すが、位置が悪く効果が出ていない。
クリステラが左翼で暴れ、他も抑え込もうと陣形を崩して彼女に集まって行った以上、当初左翼だった場所が戦場の中央となっている。
王国軍の後衛は戦場の中央に魔法を撃ち込むだけでいいが、ユルシュル軍の後衛は戦場の中央を飛び越えた先に居る相手を狙う必要があったので距離があり過ぎるのだ。
届きはするのだが、到達まで時間があるのであっさりと対処されてしまう。
そもそも王国軍は前衛を一人たりとも投入していないので、彼等が魔法道具を用いて防御を担う余裕がある事もこの一方的な展開に一役買っていた。
彼等が悉く攻撃を防いでくれるので後衛の者達は容赦なく戦場に攻撃の雨を降らす。
当然ながらユルシュル軍も黙ってやられていると言う訳でもなく、クリステラを無視して王国軍に斬り込もうとする者も現れたが――
ユルシュル軍の後衛の一角で爆発の様な物が発生。 冗談のように人が吹き飛ぶ。
いつの間にか敵の後衛が居る場所まで斬り込んだクリステラが後衛の者達を最初に使った巨大な鉄塊で殴り殺し始めたのだ。
「敵、来るぞ! 白兵戦準備!」
後衛の遠距離攻撃を潜り抜けて突っ込んできた一部の者達が王国軍の前衛へと肉薄。
防御を務めていた彼等は各々武器を構えて迎え撃つ構えを取る。
そして距離が瞬く間に詰まり――激突。 こうしてユルシュル軍対王国軍の戦いは本当の意味で始まる事となる。
――この時点でユルシュル軍の兵力は半数近くにまで減少していたが。
「だ、誰か! 早くあの女を止めろ!」
「ひっ!? こ、こっちにきた――」
その頃、ユルシュル軍の後衛は文字通りの阿鼻叫喚となっていた。
クリステラが巨大な鉄塊を振り回す度に斬撃――否、打撃の範囲内にいる者達が即死していくからだ。
当然ながら対峙している者達は後衛なので、白兵戦能力は強化されておらず遠距離に特化している。
攻撃に対する耐性は前衛の者よりはるかに低い。
かといって備えがない訳ではない。 魔導書によって召喚された悪魔達だ。
彼等は契約に従い召喚者を守る為にクリステラへと立ち向かうが、次の瞬間には召喚者諸共叩き潰される事となった。
流石の彼等も高速で突っ込んで来る鉄塊に耐えられる程、頑丈ではなかったようだ。
「さ、先にこの女を仕留めろ急げ!」
慌てて標的を変更してクリステラを狙うが、動きが速過ぎて即座に間合いに納められてしまうのだ。
そして彼等が魔法を放つより、彼女が聖剣を振るスピードの方が遥かに早い。
結果、彼等は何もできずに叩き潰されて行く。
いくらクリステラが速いと言えども全員を封殺できる程ではないので、当然ながら間合いの外にいる者達からの魔法攻撃には晒される事となるが――魔法が彼女を捉える前に鉄塊だけを残してその姿が消失。
その間、瞬き一つ分ぐらいの時間かもしれないと首だけになったユルシュルの騎士の一人は、くるくる宙を舞う首だけになって考える。
何故なら気が付いたらこの有様だったからだ。
確かに巨大な鉄塊を振り回すクリステラは厄介だろう。 だが、鉄塊がない状態だと動きが速過ぎてまともに捉えられないのでどちらにせよ手が付けられないのだ。
しかも性質の悪い事にクリステラは敵の密集している所にわざわざ飛び込んで、両手に持ったエロヒム・ギボールと浄化の剣を霞むほどの速度で振り回し、次々と敵を血祭りにあげる。
クリステラはこれ程の敵を屠っているにもかかわらず、その心は凪いでいた。
何も感じない。 聖剣による強化は圧倒的で本来ならかなりの脅威になるであろう魔導書使いですら全く問題にならないのだ。
常人なら力に酔うかもしれないが、彼女の胸中にあるのはこれはあまり良くないと言った感想だった。
確かに聖剣は強い力ではあるが、それに頼った戦い方は自らの力と技を曇らせる。
以前であるならそこまでの考えに至れなかったが、彼女は既に見てしまっていたからなのかもしれない。
遥かな高みを。
辺獄の領域バラルフラーム。
そこを守っていた「在りし日の英雄」その圧倒的な技の冴えを。
一切の無駄のない剣。 最小の動作での回避、的確な攻撃。 全てにおいて彼女の理想とする戦闘を体現したような存在だった。
あの後も当時を思い出しながら鍛錬を続けていたが、現状では欠片も真似出来る気がしない。
せめて剣だけでもと何度も素振りを繰り返したが、どうしてもあの美しいとすら感じる軌道を描けないのだ。 あれと比べると自分の剣の何と不細工な事か。
無駄に入った力、無駄の多い動き、無駄だらけだ。
聖剣を得た今ならあの辺獄種ともそれなり以上に戦えるとは思うが、勝てる光景が微塵も想像できない。
――どうすればあの高みに手が届くのでしょうか?
皆を守る為の力が欲しいという気持ちに嘘偽りはないが、あの高みに手を掛けたいという望みも彼女の中にははっきりと存在した。
それ故に彼女は慢心しない。 聖剣と自分の力を切り離して考え、更なる高みを目指す。
敵との間合いが開いたのでエロヒム・ギボールの能力で鉄塊を精製し刃に纏わせる。
今回は横に薙がずに縦に振り下ろす。
何故ならもう充分に斬り込んでいるので敵の本陣が目視できる位置まで来ていたからだ。
後はそこまでの道を付ければいい。
振り下ろされた巨大な鉄塊は敵陣を文字通り斬り裂き、その先に居る大将――ゼルベルの姿を曝け出す。
ゼルベルとクリステラの視線が合う。 クリステラはこいつかと狙いを定め、ゼルベルは恐怖に顔を引き攣らせる。
「だ、誰か! あの女を仕留めろ! 鎖と鞘を! 早く!」
ゼルベルが周囲に指示を飛ばすがクリステラは鉄塊を外して真っ直ぐに突撃。
彼の部下――ユルシュルの精鋭が即座に割り込んで一斉に鎖を使用。
魔法を付与された鎖が意志を持つかのように彼女の聖剣を縛らんと殺到するが、当然ながら対策されている事はクリステラも想定していたので特に動揺せず、浄化の剣で全ての鎖を切断。
聖剣を隠すように下げて浄化の剣で片端から鎖を切り刻む。
鎖は聖剣と魔剣には絶大な効果を誇るが、それ以外には効果が薄いので浄化の剣の前には無力だった。
そして聖剣で強化されたクリステラを相手に二度目はない。
鎖を嗾けた者達は次の瞬間には脇を抜けられ、すれ違い際に斬られて即死。
崩れ落ちる頃にはゼルベルを間合いに捉えていた。
「おのれぇぇぇ!」
副官のダボリスがゼルベルを守らんと割り込むが、悪魔と同化し強化された彼の反応速度を以ってしてもクリステラの剣は認識できる物ではなかった。
他と同様にすれ違うと同時に袈裟に両断。 ダボリスの末路には目もくれず、クリステラは真っ直ぐに向かって来るが、ゼルベルは恐怖で硬直して動けない。
聖剣が自分に迫って来るのをゼルベルは他人事のように待つ事しかできなかった。
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