第738話 「工事」

 『はい、皆さんこんにちは! 今日もオラトリアムラジオ、略してオララジの時間がやってまいりました。 メインパーソナリティーは毎度おなじみ瓢箪山 重一郎がシュドラス城放送局からお送りします』


 時刻は昼頃、場所はオラトリアムの路上。 舗装された道で作業を行っている者達が居る。

 複数人のトロールやオークにゴブリンだ。 瓢箪山のラジオが響いているのは道の隅に置かれた小型のラジオ。 スピーカーと一体型なので音は小さいが、持ち運びがし易いという利点がある。

 トロールとオークは巨大なポールを慎重に運び、ゴブリン達は地図の様な物を見ながら指示を出している。


 『皆さん最近、いかがお過ごしでしょうか? 俺は昨日、隣の大陸まで呼び出されて用を済ませた後、夜の放送が控えているのでそのまま帰って来ました。 ぶっちゃけ、皆さん俺を酷使しすぎじゃないでしょうか? 転生者なんで多少過酷でも平気ですけど、もうちょっとほんの少しぐらい労わってくれると俺、嬉しいな――あ、はい、すいません。 夜の放送でスケジュール調整がヤバいのでもう一回隣の大陸行きはマジで勘弁してください。 ってか、あんたギリギリ間に合うレベルを見極めようとしてません!? ひっ!? 何で無言で笑うんっすか!? その笑顔怖いから止めてくれません!?』


 ゴブリンは持っている地図を見ながら地面に印をつけると、シャベルを持ったオーク達が慎重に穴を掘る。

 少し深めに掘ると巨大な木の根の様な物が露出。 ゴブリンが穴に降りると木の根にナイフで傷を付ける。 その後、オークが手を伸ばしてゴブリンを穴から引っ張り出す。


 入れ替わりで別のオークが穴に降りて傷を付けた部分にドリルのような物で穴を開ける。

 少しの間、作業を続けて穴が一定の大きさになった所で完了。

 オークが軽く手を上げて合図した後、穴から這い出すと、入れ替わりにトロールがポールの一本を穴に刺し入れ、先端部分を木の根に開いた穴にはめ込む。


 嵌まったと同時に木の根から軋む様な音がして空いた穴が締まり、ポールが固定される。

 少し間を空けて露出部分の端にある部分が点灯。 煌々と明かりを灯す。

 動いた事を確認した後に穴を埋めて、しっかりと土を叩いて固める。


 ゴブリンは地図に印をつけるとオークとトロールを引き連れて次のポイントへと向かう。


 『では今日も恒例のお便りコーナー行きますね。 えーっと、最初のお便りは――ラジオネーム『元護衛その一』さんからのお便りです。 ありがとうございます。 『いつも相棒と楽しく聞かせて貰ってます。 朝早い勤務なので夜の方は聞いていませんが、演奏コーナーは特に楽しみにしています。 頑張ってください』 ありがとうございます! 皆の応援で俺は頑張れてますよ! はい、では次のお便り行ってみようか。 えーっと、次のお便りはラジオネーム『元護衛その二』さんから――あれ? 同じ……じゃないな。 字が違うし。 えっと何々『いつも楽しませて貰ってます。 あんまり気の利いた事は言えませんが頑張ってください。 後、演奏コーナーのリクエストも受け付けていると聞いたので、良かったらジャズって奴をまたお願いします』 ありがとうございます! あんまり自信なかったけど、頑張って練習したかいがありました! さて、お便りはこの辺にして、では次はお天気コーナーに入ります』


 彼等はどう言う理屈で地面に埋まっている木の根にポール――街灯を突き刺せば点灯する理由を理解していないが、言われた通りにやれば言われた結果が出るので疑問を挟む必要がないのだ。

 与えられた仕事はあくまで街灯の設置。 与えられたノルマを達成して給金を貰う。

 

 難しい事は何もない。 彼等が考えるのはミスしない事と支給された金銭の使い道だ。

 今回の仕事はかなりの大口なので報酬も大きい。

 どう使おうかと報酬の使い道に思いを馳せる。 ゴブリンは家具の新調などを考え、オークは新しい武具を買ってみようかと思い、トロールは美味しい物を腹いっぱい食べようと妄想する。


 BGM代わりのラジオも彼等の作業効率を上げる事に一役買っており、作業を行う彼等は緊張しつつも少し楽し気だ。

 

 『――以上が今日の昼から明日の朝までのお天気となります。 さて、お便りコーナーを早めに切り上げた事にちょっと疑問だったんじゃありませんか? 何と本日はゲストにお越しいただいています! いやぁ、ありがたい! 俺一人だと間が保たないと言うか保つのに苦労すると言うか――ま、まぁ、細かい事は置いといて自己紹介からどうぞ!』

 『どうもこんにちは! アスと言います! 知らない人ばかりだと思いますが、普段はダーザイン食堂でウェイトレスやってます!』

 『はい、元気のいい挨拶をありがとうございます! いやぁ、俺ってば前回のゲストといい、可愛い子ばっかり来てくれて嬉しいなー! あ、やべ、また鼻の下伸ばしてるって怒られ――ない? あれ? 今回はセーフなんですか? 何で笑って――』

 『ちょっとー、プロデューサーさんと仲が良いのは分かるんですけどこっちの相手をしてくれると嬉しいなー?』


 設置が終わったのでトロール達は未設置の街灯を慎重に抱えて肩に担ぎ、ゴブリン達の先導で進む。


 『あぁ、ごめんごめん。 ところで俺とどっかで会った事ない? なーんか君の顔に見覚えがあるんだけど……』

 『えー? なに? ナンパ? 瓢箪山さんって気に入った子にそう言った事しちゃう感じなの?』

 『ちょっ!? 違うってマジで見覚えがあるような気が――ゴホン、取りあえずそのダーザイン食堂について聞いてもいいかな?』

 『はいはーい、僕も働いているダーザイン食堂ですが、商店街に二号店、少し外れた所に本店があるよ! 二号店は完全に食堂になっているけど、本店の方は日用雑貨等、武器以外の大抵の物は取り扱っているので注文してくれれば取り寄せるので気軽にご相談を!』

 『はい、ありがとうございます! 食堂なのに雑貨店みたいな事やってるの?』

 『そうだよ~。 食堂が思ったより受けたからちょっとずつだけど手を広げてる感じかな? 他の店と被らないように気を付けてはいるけど、僕達って傘下だけど外様に近いから頑張らないとね!』

 『あー、それ何となくだけど分かるわー。 俺もここに入る前に色々あってねー。 折角だしアスちゃんはどう言った経緯でこっちに?』

 『えーっと? うん、大丈夫かな。 以前にここのトップ――ロートフェルトさんと組んで色々やっててね。 その縁で雇って貰えたんだよ』

 『今、プロデューサーとアイコンタクトした事がすっげー引っかかるけど、スルーするとして。 割と穏便に入った感じなんですね。 俺なんて前に居た組織が壊滅して、路頭に迷った所を――まぁ、拾って貰った? 感じですよ』

 『大変だったね? あそこで隠すか嘘吐いてたら今頃死んでたよ?』

 『……え? ちょっ、何で知ってんの?』

 『そろそろ演奏コーナーの時間じゃない?』

 『……その意味深な笑顔がすっげー怖いけど、敢えて触れずに続けますね。 はい、お時間が来たので演奏コーナーに入ります。 折角リクエスト貰ったので、今日はジャズ系で行ってみようかな? 聞いてください曲名は――』


 ラジオから瓢箪山の演奏が流れる。

 作業員達は聞きながら手を動かす。 しばらくの間、演奏が続く。

 数曲の演奏が終わってやがて時間が来たようで終了となって止まる。


 『前から知ってたけど、やっぱり上手いね。 前の放送で独学って言ってたけど本当?』

 『ありがとう。 オフルマズド――っつか前に居た所って割と暇でね。 やる事ないから手慰みに支給されたこれをずーっと弄ってて、故郷の曲とかの再現とかやってたらそこそこ弾けるようになった感じかな』

 『へー、それでもこれだけ弾けるなら充分すごいよ!』

 『はは、ありがとう。 さて、そろそろ時間だけど、今日の放送はどうだった?』

 『うん。 まあまあ、楽しかったよ。 生で演奏聞けて良かった』

 『ま、まあまあっすか。 割と手厳しいっすね。 次までにトークの練習しとくから良かったらまた来てくれない?』

 『いいよ。 ただ、僕も色々と忙しいからスケジュールに都合が付いたらね?』

 『それで充分だよ。 もう一人で枠いっぱいの時間を保たせるの結構大変で――あ、やべっ』

 『グアダルーペさーん。 彼、一人で寂しいってー! 良かったらアシスタントやってあげたらいいんじゃないかな?』

 『ちょーっ!? おま、何を言っちゃって――あ、止めてこっち来ないで、マジで無言の笑顔が怖すぎるんですけど……あ、これ駄目な奴だ』


 ガタガタと何かが走る足音が響く。


 『あ、瓢箪山さんはちょっと用事が出来たみたいだから、僕が締めますね。 今日も聞いてくれてありがとうございました。 本日のお相手は瓢箪山さんとゲストのアスでした! またねー! あ、後、ダーザイン食堂をよろしくー』


 ガチャガチャと片付ける音が響き――放送が終了した。

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