第737話 「夜襲」

 葛西 常行だ。

 三波が死んだという話を聞かされて少し経った頃、北間達もそろそろ戻って来るらしく、ここ最近は教団――というよりはエルマンが受け入れの準備をしているようだ。


 ――で、そんな時期に俺は何をしているのかと言うと、工房から届いた道橋と飛さんの専用装備を受領して二人に引き渡している所だった。

 二人は体格に合った全身鎧を身に着けて、見た目だけならそれなりに強そうに見える。


 「どうだ? きつかったり動かし辛い所とかあったら早めに言ってくれ。 調整して貰うからな」


 俺達転生者の装備は教団お抱えの武具工房が請け負ってくれており、採寸から作成まで全て行ってくれている。

 俺の装備もここで作られた物だ。 職人も一応は教団所属と言う事になっており、アイオーン教団発足の際に結構な数が抜けたのでこちらも再編しつつ運営していると言った感じらしい。


 「あ、はい。 動き辛さとかは今の所大丈夫です」

 「やっぱり、こうしてすっぽり覆うのはちょっと息苦しいわねぇ」


 道橋は専用の全身鎧と言う事でやや興奮しているのか、少しだけ声が上擦っている。

 反面、飛さんは蛭なので鎧と言うよりは着ぐるみのように一体型となっているので、少し窮屈のようだ。

 

 「すんません。 鎧としての機能との兼ね合いもあって、あんまり緩い造りにはできないんですよ。 取り合えず、なるべく身に着けて過ごしてから気になる所があったらその都度に修正といった形になりますので何かあったら言って貰えたら出来る範囲で対処します」


 二人は体を捻ったり手足を動かしたりして具合を確かめている。

 そろそろ言語学習に関しては形になりつつあるので巡回任務ぐらいは任せようかと考えているからだ。

 定期的に行っている体育のお陰で体力も付いてきているので、二人にはそろそろ戦闘訓練も受けて貰うべきだろうと考えていた。


 道橋はともかく飛さんは戦闘に向いていないので戦力としては期待できないが、自衛ぐらいはできるようになって貰いたい。

 

 ……ただ、この辺はまだ先の話になりそうだな。


 戦闘に関しては訓練が形になってからと考えているので、武器に関してはまだ作っていない。

 取りあえずは形だけって感じだが、進んだと実感できるのはいいな。

 三波の事は多少ではあるが整理は付いた。 俺も立場上、いつまでもウジウジしてられないってのもあって自分でも強引に切り替えたって言うのもある。


 まずは二人。 後は残りのメンバーだが――流石にまだまだ先だな。

 

 「じゃあ引き渡しも済んだし、一応は備品なんで二人ともちゃんと自分で管理するように」


 それだけ言って俺はその場を後にする。

 今日は少し忙しくなりそうなので、予定はさっさと消化するに限るな。

 


 午前中に装備の引き渡しを済ませ、昼はミーナの所で食事を取って午後は執務室で机仕事。

 夕方になった所で約束の時間が近づいているので、教団の自治区を出て待ち合わせ場所へ。

 

 「――よぉ、悪いな。わざわざ呼び出すような真似をしちまって……」

 「いや、いいっすよ。 たまには別の所で飯を食いたいと思ってたんで」


 先に着いていた待ち合わせの相手が小さく手を上げる。

 冴えないおっさんと言った見た目だが、立派な聖堂騎士で教団の重要人物でもあるエルマンだ。

  

 「まぁ、立ち話もなんだし、さっさと店に入っちまうか」


 俺はうっすと頷いてエルマンと連れ立って歩き、近くの店へ入る。

 エルマンの行きつけの店らしく、店の隅の席に着いて慣れた感じで注文。 間もなくして酒が運ばれて来た。

 乾杯と小さくグラスを打ちつけてお互いに酒を呷る。


 「一度ぐらいはこうして話をする機会が欲しかったんでな。 ま、立場とか気にせずに気楽にやろうぜ?」

 「そっすね」


 最初はお互いの近況についてと、仕事の愚痴。 エルマンは相当溜まっていたのか、業務に対する不満を次々と口にする。 俺も釣られる形で日頃の不満をぶちまけた。


 「ったく分かるか? どいつもこいつも俺に変な仕事ばっかり押し付けやがって! お陰で常に胃が痛くてたまらねぇんだよ! 何故か小便まで真っ赤になるしよぉ!」

 「そっすね! こっちの苦労も知らずにどいつもこいつも自分の不満ばかり垂れ流しやがって! おまけにやっている事と言えば厄介事を増やす事だけとかふざけんなって感じっすよ!」


 エルマンは酔いが回ったのか、赤らんだ顔でそうだよなそうだよなと俺の肩をバシバシと叩く。

 

 「お前、話せるな! ったくこんな事ならもっと早くに誘っとくべきだったぜ」

 「ははは、そりゃどうも」


 俺は転生者なので酔わない――と言うよりはアルコールに対する抵抗力が強いのかいくら飲んでも酔えないのだ。 聞いた話では一定以上を流し込めば酔えはするらしいが、相当な量になるのであまり現実的ではないようだ。


 そんな理由で俺は専ら喰ってばかりでエルマンの愚痴に相槌を打ったり、自分の話をしたりして割と盛り上がった雰囲気で進む。

 ってかこのおっさんも苦労しているのか、愚痴の内容にかなり共感できるので思わず本気で頷いてしまった。


 「――まぁ、色々と振り回してくれたが聖女達ももうすぐ帰って来る。 そうすりゃ俺達の苦労も少しは減る筈だ」


 エルマンはそう言って酒を次々と飲む。

 おいおい、ちょっとペース配分を――




 「うーい、早く帰ってこーい……アホ聖女ぉ……」

 「ちょっと、しっかりしてくださいよ」


 夜も深くなり、辺りは真っ暗で光源は月明かりだけ。

 街も寝静まっているのか殆どの建物から明かりが消えている。

 そんな中を俺はエルマンに肩を貸して歩いていた。 エルマンは完全に潰れているのか、力なく俺に体重を預けて覚束ない足取りで歩く。


 鎧の装飾や腰に吊っている二本の短槍と剣がぶらぶらと揺れる。

 街を抜けてアイオーン教団の自治区へと戻って来た。 こっちは特に就寝が早いので、人気が完全に絶えて静かになる。 聞こえるのは俺達の足音だけだ。

 

 雰囲気に当てられたのか、少し火照った体に夜風が心地いい。

 そんな調子で歩いていると小さな異音を耳が拾う。 足音だ。

 それが複数。 こちらを包囲するように闇から闇へと移動する。


 「――はぁ、聞いてた通りか・・・・・・・


 そう小さく呟くと、俺はエルマンに肩を貸したまま空いた手で腰の剣に手を伸ばす。

 小さな風切音。 俺は小さく舌打ちして飛んで来た何かを剣を抜いて叩き落す。

 同時に闇から複数の影が現れる。 全部で八人。 外套に布を巻いて顔を隠しているが、人間にしては形がやや歪だ。 間違いなく人間ではなく獣人だろう。


 各々、変わった武器を持っているが、全て掌に納まる程度のサイズと言う事は隠し持っていた代物ってところか。

 確かここに来ている獣人は全員、武装解除されてるって話だったので普通の武器は調達できなかったのだろう。


 「八人って事はここに来た連中と入れ替わりで来た連中、全部がそうか」


 エルマンはそう言うとさっきまでとは打って変わり、しっかりとした姿勢で立ち上がって短槍を抜く。

 さっきまでのは演技ではなく、恐らく魔法道具か何かで酔いを醒ましたのだろう。 


 「大方、聖女の帰還を知って入れ替わりで帰るついでに魔剣を奪おうってハラだろう? この様子じゃ、あのジャスミナって女もいいように踊らされてたって所か」

 

 エルマンは心底白けたといった表情で鎧の装飾を毟り取って地面に叩きつける。

 それを見た獣人達は微かに動揺。

 

 「盗聴用の魔法道具だったんだろ? 付けたのは聖女が行ってから数日後って所か? 上手く付けてくれたが、気付かねぇ訳ないだろうが」


 今回は単純なサシ飲みではなく、魔剣を奪いに来るであろう馬鹿の釣りだしという目的があった。

 この話を持ちかけられたのは数日前。 エルマンに筆談で盗聴されている事を伝えられ、それを逆手に取って妙な事を企んでいる獣人の処理をしてしまおうと言う事だ。


 何人がグルなのかがはっきりしなかったので、こう言った面倒な手順を踏んだのだが……。


 ……まさか全員とはな。


 正直、これはこれで良かったのかもしれない。

 容疑者を抱え込むぐらいなら全員処理できるなら後々気楽だ。

 

 「……魔剣を渡せ。 さもなくば聖女達は戻れなくなるぞ。 大人しくこちらの要求を呑むのなら――」


 獣人の一人が魔石を懐から取り出すが、エルマンは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


 「馬鹿が。 俺がお前等みたいな胡散臭い連中にいつまでも命綱を握らせる阿呆に見えるのか? よく見ろ、とっくにすり替えてるに決まってるだろうが」


 獣人が魔石を見ると目を見開く。


 「通信魔石の方はすり替えてないから気が付かなかっただろう? 見た目だけとは言え似せるのには苦労したぜ。 大人しく捕まって知っている事を素直に吐くなら命だけは保障するが?」

 「っ! なら殺して奪うまでだ!」

 「そう来ると思ったぜ」


 獣人達が一斉に襲いかかって来たので、俺は前に出て斬り込む。

 

 「打ち合わせ通りに前衛を頼む。 悪いが俺は後衛だ」

 

 エルマンがそう言いながら槍を回転させると煙が噴き出し、ただでさえ悪い視界が完全にゼロになる。

 同時に俺は自身の固有能力で周囲の風景に溶け込む。

 俺はカメレオンと混ざっているので、こうやって姿を消す事が出来る。


 まぁ、剣の腕は二流もいい所なのでこうして奇襲を仕掛けて足りない腕を補っているのだ。

 位置関係は大雑把に把握していたので問題ない。

 手近に居た奴の首を正面から斬り飛ばす。 一人。


 仲間がやられた事に反応して斬りかかってきたが、俺の姿を認められずに一瞬迷いが出た所を後ろから斬って二人。 次に舌を伸ばして先端に仕込んだギミックを展開。

 毒針が飛び出し突き刺さる。 苦しむ様なうめき声と倒れる気配。 三人。


 俺が姿を消している事に気が付いて気配を頼りに斬りかかって来る。

 接触して力勝負に持ち込もうとしているが、身体能力はこっちの方が上だ。

 それに武器の差もあるので鍔迫り合いに持ち込んで力でねじ伏せる。 相手の武器が壊れ、そのまま体を両断。 四人。


 煙がゆっくりと晴れて来る。

 周囲に気配がないな見回すと、エルマンが溜息を吐いておりその足元には二人の獣人が倒れていた。

 二人とも首を一突き。 明らかに一撃で仕留めている。 まだ息があるのか、獣人は細い息を吐いている。

 

 これで六人。 残りは――


 「――逃げたみたいだな」

 「追いますか?」

 「いや、この辺は包囲しているから逃げられんよ。 何とか捕らえて色々吐かせたいが――こりゃ駄目だな」


 エルマンがそう言うと倒れていた獣人達が爆散。 死体が消滅する。

 振り返ると俺が仕留めた連中もいつの間にか死体が消えていた。

 気が付かなかっただけで爆散していたようだ。


 「何人仕留めた?」

 「四人ですね」

 「分かった。 ふぅ、つきあわせて悪かったな。 今夜はこれで終了だ」

 「あ、はい。 お疲れっす」


 エルマンは次は普通に飯に行こうと言い残し、やる事があると姿を消した。

 俺も剣を鞘に戻した後、ほっと小さく息を吐く。


 「……帰るか」


 明日も早いし早く寝よう。

 俺は宿舎へと戻る為に歩き出した。

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