第716話 「休息」

 凄まじい速さの斬撃を掻い潜りながら僕――ハイディは黒い人型の影「虚無の尖兵」を斬り倒す。

 斬られた「虚無の尖兵」は霧のように周囲に散るように消滅する。

 振り返ると周囲では立て直した討伐軍が僕と同様に他の「虚無の尖兵」と戦闘を繰り広げていた。


 数が少ないので勝っている物量を活かして複数でかかれば安全に仕留められはするけど、油断もしていられない。

 少ないとはいえ空の亀裂から定期的に湧いて来るので気が抜けないのだ。

 それに敵は「虚無の尖兵」だけではない。


 「辺獄種だ!」


 ――まただ。


 あれから僕達は空に走った亀裂の近くでひたすらに落ちて来る「虚無の尖兵」を狩り続けていた。

 理由はあれらを辺獄の外に出す訳にはいかないからだ。

 戦闘能力は辺獄種の比ではないし、放置しておくと無尽蔵に増える。

 

 それに真偽は不明だけどマクリアン枢機卿の話によれば、亀裂をどうにかしない限り辺獄の侵食も抑えられないそうだ。

 実際、状況は悪い。 魔剣と在りし日の英雄が消滅した事により、辺獄の侵食自体は止まった。

 

 だけど、止まっただけで未だにセンテゴリフンクスの近くまで侵食されたままなのだ。

 その為、定期的に湧く辺獄種のお陰で街から戦力を動かせない。

 キタマさんはミナミさんの事もあって一度ウルスラグナに戻るように言ったけど、彼は街に残ると言って防衛に参加している。


 多くは語らなかったけど「三波のやり残した事をやるまで帰れない」とだけ言っていた。

 彼もミナミさんの死に思う所があったのか以前の不貞腐れた態度は消えており、淡々としていたのが少し心配だったけど……。


 僕は殆どここに張り付きっぱなしだ。 聖剣のお陰で休みは最低限で良いけど、こうも連日だと流石に少し辛い。

 エイデンさんとリリーゼさんにも休むように言われているけど、流石にこの状況で僕が抜けると周りの負担が増えるので動き辛いのだ。

 

 別に死ぬまでここに居座るつもりはない。 グノーシス教団側に方策があるので、それが達成されるまでの話だ。 それが済めば僕達はウルスラグナへと引き上げる。

 ジャスミナさんにもその話はしており、転移魔石もこちらで管理させて貰っているので問題ない。


 当然ながら最初は彼女も魔石の引き渡しに難色を示したけど、当初の依頼は果たした上に犠牲者まで出ている以上、残った皆を守る為にも逃げ道は確保しておくべきだと思ったので今回は引かなかった。

 最終的には今回の件から即座に手を引くと言うと、流石に断れないと思ったのか渋々ではあるが引き渡しに同意。

 

 代わりに条件を出され、内容は戻る時は自分も連れて行って欲しいのと向こうでの最低限の衣食住の提供を要求された。 


 ……場合によってはウルスラグナへ逃げる事も視野に入れているのだろうか。


 この一件の収拾に失敗すれば彼女は立場を失う。 そうなればこの大陸に居場所がなくなるからだ。

 エルマンさん曰く「ウチに後ろ盾になって貰おうってハラだろうな」との事。

 僕もその意見は正しいと思う。 彼女は最低限の立場を確保しようとしているのだろう。


 受け取った転移魔石は念の為、確認したけど問題なく使えるようだ。

 その際にウルスラグナから援軍を派遣しようかという話もあったけど、状況を考えるといざと言う時にすぐ動ける人数の方がいい。


 退路は確保できているけど、問題はいつまで続くのかといった正確な日取りと――

 僕は少し離れた所にあるそれに視線を向ける。


 ――防衛対象だ。


 視線の先には巨大な柱。

 「虚無の尖兵」達はそれを狙っているようで、攻撃はそちらに集中している事もあって比較的ではあるが撃退が容易となっている。

 金属のようにも見えるけど、触れると生き物の様な暖かさと弾力がある奇妙な物体だった。


 あれは第三と第五の枢機卿達が変化した姿だそうだ。

 マクリアン枢機卿は「人柱」と呼んでいた。 あれが存在する限り、聖剣の代わりに辺獄の侵食と空の亀裂を抑える事が出来るらしいのだけど、あの闇の柱をどうにかしない事には難しいそうだ。


 今はその闇の柱を消し去る為の準備に必要な時間を稼いでいる。

 人柱は全部で三本。 それで何とか亀裂が広がる力と拮抗しているのでどうにかなっているようだけど、時間をかけ過ぎると亀裂が広がる力が増すので、一刻も早く閉じる必要があるとの事だ。 グノーシス教団が大急ぎで準備を進めているそうだ。


 柱は見た目以上に頑丈なので辺獄種では傷を付けるのは難しいらしいけど、「虚無の尖兵」であるなら可能との事なので、そういった意味でも撃破しておかなければならないとの事。

 蹴り技が主体なのか鋭い蹴撃を何度も繰り出してくる「虚無の尖兵」を斬り倒す。


 「虚無の尖兵」は手強いが動きが単調なので、攻撃の癖を見抜けば撃破はそう難しくはない。

 僕は乱れた呼吸を整えながら周囲を見ると、数が随分と減っている。

 これで一息付けそうか僅かに力を抜く。 もう今日だけでどれだけ倒したか思い出せない。


 「聖女様!」


 声をかけられて振り返るとエイデンさんとリリーゼさんが駆け寄って来た所だった。

 二人も疲労が酷い。 一度下がって貰って――


 「グノーシス教団が話があるとかで呼んでいます。 こっちもいい加減に疲労が限界なので休養も兼ねて一度センテゴリフンクスまで引き上げましょう」

 「聖女様、今の所は状況も落ち着いているし少し休みませんか? 聖剣があるから疲れにくいのは知っているけど体だけでしょう?」

 

 二人の顔には心配そうな表情が浮かんでいる。

 僕は少し悩んだけど、意地を張るのも違う気がしたので素直に頷く。


 「……分かりました。 一度下がって休息を取りましょう」

  

 キタマさんの様子も見ておきたかった事もあったので戻る時に確認しておこう。

 そう考えた後、現場の責任者である聖堂騎士に事情を説明して辺獄を離れる。




 しばらくぶりに見たセンテゴリフンクスは随分と様変わりしていた。

 街の南側には巨大な防壁が築かれ、防備が強化されている。

 後は――街のあちこちに破壊された建物が見えた。 辺獄種の侵攻により破壊された物だろう。

 

 防備を固める必要があったので、復興作業が後回しになっているのだ。

 かなりの死者も出たので、家族を失って呆然としている民も多いと聞く。

 特に親を失った子供を見るととても辛い気持ちになる。 どう現実を受け止めて良いか分からないといった表情、未だに家族が居なくなったと信じられないといった表情。


 見ているだけで胸が潰れそうになる。

 街の中ではそんな住民たちの姿が散見されるのだ。 正直、やり切れない。

 エイデンさん達も同じ気持ちなのか辛そうに目を背けていた。


 向かう先は街の中央にある砦。

 枢機卿や全体の指揮を執る者達はそこに詰めているので、話はそこで行う。

 部屋もあるのでエイデンさん達を休ませる事も出来る。

 

 ……話が済んだ後、少し休みを貰って前線に戻ろう。

 

 そう考えて僕は二人を連れて砦へと急いだ。

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