第688話 「意地」

 切っ掛けは分かり易い物だった。

 戦闘は膠着。 余裕がないのは両者に共通していたが、様々な要因が絡むこの戦場で最も幸運に恵まれているのは誰か?


 答えは聖女だ。 現れた外的要因は彼女に利する物だった。

 現れたのは真っ赤な羽を背負った少女――グノーシス教団第六司教枢機卿ヘオドラ・キルヒ・オーラム・カーカンドル。

 

 手には小柄な体躯には不釣り合いな大剣。

 服装は変わらずに枢機卿専用の法衣だったが、あちこちに魔石が嵌まった装飾が施されていた。

 変化はそれだけではなく、首には複数のペンダントに手にも腕輪や指輪がいくつか嵌まっている。

 

 「カーカンドル枢機卿!?」


 聖女の声には驚きの色が強い。

 明らかに権能を使用している。 彼女達枢機卿は負担を肩代わりする物がないと命に係わる程の負担がかかる筈だったからだ。

 

 当然ながらそれに例外はない。 その証拠にヘオドラの顔色はあまり良くない。

 それもそのはずだ。 彼女は各種魔法道具と装備で強引に権能を維持しつつ参戦したのだ。

 彼女が前に出る事は予定にはない。 だが、祭壇を失った事で権能による支援能力を失った彼女に戦術的価値はない。


 当初は下がって立て直す予定だったヘオドラ達だったが、センテゴリフンクスまで辺獄による侵食が及んでいる事を知り、逃げ場などないと悟ったのだ。

 逃げられないのなら魔剣をどうにかする為に動くべきだと彼女達は判断。


 ヘオドラは装備を固め、権能を強引に維持しつつ戦場を突破。

 残りの二人も既に近くまで来ている。

 持っている大剣は死んだ聖堂騎士が遺した物で、来る途中に拾った物だ。


 「『後ろも厳しい事になっています。 助けて貰っておいて申し訳ありませんが、一刻も早く英雄を仕留めねばなりません。 私達の事はお気になさらないで下さい』」

 「カーカンドル枢機卿……」


 聖女は何と声をかけていいか迷う。

 彼女の言葉の意味を正確に理解したからだ。 もう彼女は覚悟を決めており、生きて帰る気はもう――

 事情を詳しく知らないヤドヴィガはよく理解できなかったが、察したのか何も言わない。


 「『お二人とも、敵も消耗している筈です! ここで仕留めてしまいますのよ!』」


 ヘオドラはそう宣言すると真っ先に白金の聖騎士へと斬りかかる。

 権能で強化されているのかその動きは速いが、聖剣で強化された二人には及ばない。

 白金の聖騎士は突如現れた権能使いをさっさと消し去ろうと魔剣を振るうが――突如地面から縄のような物が飛び出し、絡め取らんと絡みつく。


 鬱陶しいと言わんばかりに魔剣で無効化し、ヘオドラを左の剣で両断しようと一閃したが刃が彼女に当たる直前で一瞬だけ停止。 その間に回避される。

 風の障壁と言う事を即座に看破。 彼の権能と魔剣で完全に無効化できていない所を見ると、範囲を絞って威力を上げた権能だろう。 ならばと権能の炎で焼き尽くさんとしたが、二人の聖剣使いはその隙を逃さずに斬り込む。


 白金の聖騎士は魔剣で風の障壁を剥がし、ヘオドラに蹴りを入れて吹き飛ばす。

 小さな悲鳴を上げてヘオドラが吹き飛んで行くが、それを一顧だにせずに右の剣で聖女の聖剣を、左の魔剣でヤドヴィガの聖剣を受ける。


 同時に周囲に視線を巡らせ、敵の増援を探す。

 拘束と防御を行った物は明らかにヘオドラとは別だ。 権能を扱っていると言う事は枢機卿クラスの敵が居る筈だからだ。


 それはすぐに見つかった。 居たのは上――つまりは空中だ。

 視線の先には不定形の緑と茶色の天使。 緑は楽器のような物を、茶は本のような物をそれぞれ持っている。

 

 ――Σεραπηιμクラス


 彼はその正体に即座に当たりを付ける。

 最上位の天使。 本来なら一部とはいえ完全な形で呼び出すのは不可能に近いが、辺獄でなら命と引き換えにすれば限定的ではあるが顕現が可能だ。


 数的不利を悟った彼は即座に戦い方を切り替える。

 権能の炎を効果範囲を最大にして撒き散らす。 威力は散るが、個別に対応していたのでは処理が追いつかないと判断したからだ。


 こういう場面で救世主の欠点が浮き彫りになる。

 複数の権能を扱えるのは強みではあるが、併用の弊害として威力が著しく落ちるのだ。

 格下の大軍を相手にするにはこれ以上ない程の強みを発揮するが、裏を返すと一定以上の強さの敵が複数現れると途端に効果が薄くなり、多くの場面で劣勢になりがちになる。


 彼は前衛、後衛、支援と何でもこなせるが、突出した物を持っていないと言う欠点があった。

 どの場面でも味方のポテンシャルを最大限に引き出す戦いを得意とし、前衛が足りなければ前に出て、後衛が足りなければ後ろに下がる。 そして両者が足りていれば支援に入ると、どんな場面でも邪魔にならない貴重な存在ではあるのだ。 だが、あくまで味方が居るという前提があっての物でもある。


 その為、単騎で敵と戦うという場面は彼が最も不得手とする物であったのだ。

 しかし、聖剣の相手を任せられる存在が居ない以上、彼自身が前に出る必要があった。

 自らの欠点を彼はよく理解していた。 だからこそ、分断後の各個撃破を狙ったのだが、失敗した以上はこうなる事は必然だったのかもしれない。


 彼の冷静な部分はもう諦めるかと囁き続けるが、ふざけるなとくだらない思考を叩き潰す。

 聖剣が二本、Σεραπηιμ級――枢機卿が三人。

 全ての撃破はもう不可能だ。 だからこれは彼の最期の意地となる。


 対する枢機卿達も焦っていた。 ヘオドラはともかく、ローランドと彼の同僚であるホーネッカーは肉体を失っているので時間がもう残されていないのだ。

 二人が行った天使の召喚はかつてマーベリックという枢機卿が行った物と同様で、命と引き換えに上位の天使を呼び出す奥の手だったが、聖剣使いが二人がかりで押されている現状を見れば行かざるを得なかった。


 本来なら彼等には別の役目があったのだが、そうも言ってられない。

 最悪の事態への備えは他の者達に任せればいいだろう。 そう判断した彼等は命を代価に参戦。

 緑の天使と化したローランドは手に持つ楽器をかき鳴らし、権能で周囲の味方を癒しつつ防御を行い、ホーネッカーは土を操って拘束を狙う。


 両者とも権能を介した物なので簡単には防げない。

 彼等は白金の聖騎士相手の最適解である「処理が出来ない攻撃で飽和させる」を図らずも実行できていたのだ。


 彼の複数の権能は十全に効果を発揮せず、負荷だけが増大。

 このまま行けば必然の敗北が彼を打ちのめすだろう。

 だが、彼も英雄の一人。 この程度で折れる心は持っていなかった。


 どれだけ絶望的な状況だろうと、彼は彼自身に折れる事を許さない。

 盟友との誓いと贖罪の為、勝機を引き寄せる。

 その結果、この世界に穴が開く事になったとしてもだ。


 魔剣を失えば彼自身も存在を維持できなくなり、間違いなく仇に取り込まれるだろう。

 そうなったとしても、ここで無為に朽ちる事だけは断じて許容できない。

 あの汚物共に捕まれば過程はどうあれ、結果は変わらないのだから……。

 

 ――最後に勝負をかける。


 彼が決断している間にも三人の猛攻は続いている。

 聖剣を受け、躱し、ヘオドラの斬撃をいなしつつ、敵の拘束と防御を無効化して剥がす。

 

 「このっ! こいつ、しぶといねぇ!」


 ヤドヴィガも限界を越えていたが、後少しで仕留められるという希望が彼女を奮起させていた。

 白金の聖騎士は必死に攻撃を凌ぐ。 もう反撃が難しくなり、守勢に回るしかなくなったが、まだだとひたすらに機を窺い続ける。


 「ヤドヴィガさん。 最後まで油断をしないように!」

 「分かってるけど、後少しだってのに――」


 焦りからだろう、ヤドヴィガの斬撃が大振りになった。

 

 ――ここだ。


 これが最後の一手。 外すと後がない。

 彼は魔剣を真っ直ぐに突き出し――

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