第681話 「分断」
事前に人がいない事は確認していたので誤射の心配はない。
光線で辺獄種を薙ぎ払い、三波は手に持つ「真・浄化の剣」(浄化の長剣)を振り回して次々と切り刻む。
彼女の持つそれはクリステラも扱っている剣と同規格の物だけあってその殺傷力は極めて高い。
加えて魔力を纏っている事で周囲の辺獄種もその輝きに惹かれて集まって来るのは彼女にとっても好都合だった。
――そうだ。 もっと集まって来い。
彼女は派手に暴れながら移動。
追って来る辺獄種の数が増え続けている事を確認しつつ、街の外へと向かう。
戦いつつも冷静に戦況を俯瞰。 まず、最悪な事にこの状況をひっくり返す事は現状では不可能だ。
辺獄種が街の外から次々と湧いてきては押し寄せてきているので、全滅させる事ができない。
事前に聞いていた「辺獄種を相手に持久戦は自殺行為」という話その物の状況がこの街の有様なのだ。
その為、撃退すらも不可能なので、前線の聖女達がどうにかしてくれる事を期待するしかない。
三波は聖女ハイデヴューネという女性を心から信じている訳ではない。
本音を言うのなら苦手としていた。 あのバイザー越しでも分かる真っ直ぐな視線を感じると何故か居心地が悪くなるからだ。
最初はいきなり現れてグノーシス教団を中傷するふざけた女と言った認識だったが、蓋を開けるとグノーシス教団は非道な人体実験をしていて彼女の掲げる正義とは真逆の組織だったと明らかになった。
それ以降、三波は彼女をまともに見れなくなってしまったのだ。
――分かっている。
今となってはその理由ははっきりと理解できていた。
ただ単に自分が間違っていたと認める事が出来なかっただけだ。
結果、やる気を失って部屋で引き籠り――
「――情けない!」
彼女は自分を叱責するように声を上げ、剣を振るう。
辺獄種達が次々と両断されて消滅するが、後から後から増援が現れる。
包囲された所で全力で跳躍。 空中で照準を定め両肩のギミックを展開。
「『
光線攻撃を真下に繰り出して密集した辺獄種達を薙ぎ払う。
その繰り返しだ。 危機に陥っている聖騎士やヴェンヴァローカの兵が居れば助けに入り、下がって砦で防備を固めるように言って次へ。
敵を斬る。 斬る。 斬り続ける。
時折、囲まれて噛みつかれるが、鎧のお陰でダメージはそこまでではない。 構わずに振り払って叩き潰す。
街の中心から南側へと徐々に進み、引き付けられて来る辺獄種の数も行けば行くほどに増えて来る。
絶対正義光線は消耗が大きい事もあるが、誤射の危険があるので空中からでしか使えない為、剣で処理していくしかない。 それにさっきから何度も使用しているので、もう何発も撃てないのだ。
使いどころは慎重に選ぶべきだろう。
肩で息をしながら三波は敵を屠り続ける。
ここで粘れば粘る程、街の中央にある砦へ向かう辺獄種の数が減るからだ。
聖女達、討伐隊が負ければどう足掻いても全滅する事は明らかだが、三波は努めて考えない。
それを考えてしまうと全てが無為に思えてしまうからだ。
――だから――
「今の私にできる事は聖女達の勝利を信じて、ここで戦い抜くのみだ!」
自らを鼓舞するように彼女はそう叫び剣を握る手に力を籠める。
向かって来る辺獄種を迎え撃とうとするが、即座に両断された。
何だと視線を向けると、大鎌を肩に担いだ北間の姿がそこにあった。
「――でけぇ声で叫びながら暴れてる奴が居ると思ったら三波さんかよ」
「北間君か! 無事だったんだな!」
三波の様子に北間は苦笑すると肩を竦め、近くの辺獄種を鎌で切り裂く。
「なんとかな。 それよりそっちこそどうしたんだよ。 すっかり元気になっちまって、何かいい事でもあったのか?」
北間の質問に三波も同様に苦笑で返す。
「少しあってな。 初心を思い出したと言うべきか……」
「良く分かんねーけど、やる気になってくれて助かるぜ。 正直、さっきから殺っても殺っても減りやしねぇから、嫌になってたところだ」
「嫌でもやらなければこの街は終わりだ。 来る途中に助けた者達には下がって立て直すように言ってある。 最低限、避難が完了するまではここで引き付けるぞ!」
戦いながら二人は背中合わせになる。
「いや、マジっすか? もう、訳分かんねー数になってるんだけど、避難の完了って伝わるようになってんのか?」
「知らん」
北間の疑問をバッサリと切り捨て、そう言い放つ三波を見て彼は肩を落とした。
「……マジかよ……」
周囲は埋め尽くさんばかりの辺獄種の群れ。
味方は――街のあちこち――主に南寄りで散発的に戦闘の物と思われる音が響いている。
どうやら彼等と同じように考えて敵を引き付けている者達が居るようだ。
そのお陰で多少は散っているようだが、彼等はもう街の南端に近い位置に移動していたのでこの防衛戦においては最前線にいると言ってもいいだろう。
南側に視線を向けると街の外から見えた山の景色の一部が切り取られ、出来の悪いパッチワークのように黄昏色の荒野と空が広がっていた。
二人は見るのは初めてだが、あれが辺獄で間違いないだろう。
「あんなの本当にどうにかできるのかよ……」
北間は思わず弱音を吐くが、武器を振るう手を緩めない。
どうにかして貰わなければ困るのだ。 その為にも逃げる事はできない。
だから思わず出たのは愚痴のような物だ。
「ってか三波さん! 例のなんとかビームは使わないのかよ?」
「あぁ、ここに来るまでに派手に使ったからな。 後二発と言った所だろう」
「おいおい、何かいいニュースはないのかよ!?」
「悪いが、今ある物でやるしかないぞ」
「何があるんだよ!? 出来るだけ踏ん張りはするが、死にたくねぇから適当な所で下がるからな!」
三波は小さく笑う。
「勿論、正義と信念だ」
真っ直ぐにそう言い切った彼女に思わず北間は渇いた笑い声を上げる。
「はは、まぁ、らしいっちゃらしいか」
本来、三波と言う女はこう言う奴だったと北間は思い出す。
良くも悪くも思い込みが激しく、真っ直ぐに突っ走る。
今回ばかりはそれがいい方向に作用したのかと北間は考え――ガシャリと彼ら以外の鎧が発する重たい足音が響く。
そちらに視線を向けると辺獄種が居たが、明らかに他と趣が違う。
所々が脱落した全身鎧に手にはやや大振りな長剣。 雰囲気が聖堂騎士に似ているのは鎧のデザインの所為だろうと北間は考えた。 前線で戦っている奴がゾンビ化したのかと嫌な想像が頭を過ぎったが、辺獄種の身に着けている鎧は明らかに長い年月を経た風化の痕跡がある。
――そして――
明らかに強そうだ。 普段ならもう少し気楽に相手が出来たが、今は不味い。
彼も三波もここまでの戦闘でかなり消耗している。
北間は口腔に溜まったつばを飲み込む。 ヤバい。
周りの相手をしながらでやれるか? ゾンビなので本物の聖堂騎士程じゃないかも知れないが、技量だけでも同格なら厳しいと彼は考える。
何故なら彼等転生者は基本的に身体能力で押していくバトルスタイルだからだ。
それが通用しない相手とは分が悪い。 それを埋める為に開放という切り札があるが、こんな所でそれを使えば時間切れになった瞬間、間違いなく死ぬ。
「北間君。 周りを頼む。 あいつは私が相手をしよう」
「おい、明らかにヤバそうだろうが! ここは協力して――」
辺獄種の騎士は凄まじい速さで斬り込み、三波が応じるように剣で受ける。
北間は咄嗟に援護に入ろうとしたが、他の辺獄種が割り込むように彼に向かって来た。
「クソがっ! 分断かよ!?」
辺獄種の騎士の技量は明らかに三波より上で、彼女は受けに回らざるを得なかった。
そのまま押される形で下がる。 結果、北間との距離がどんどんと離れて行く。
その状況に危機感を覚えたが、どうにもならなかった。
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