第655話 「出張」
今日は普段と違い、飛び込みの仕事が入ったのでいつもと違うメンバーでの移動だ。
私とオークさんが十数名とジェルチさんとその部下、護衛に凄い黒い人とその部下の黒い人達。
物々しいメンバーだけど、それには理由があった。
今回の仕事は食料の宅配と言う事なんだけど、ダーザイン食堂の出張を試験的に行うと言う事でジェルチさん達が同行している。
黒い人達は護衛だ。 その理由は宅配先にある。
行先は大森林。 届け先は物資の集積場で、魔石や木材等をオラトリアムに運ぶ際の中継基地だ。
以前まではシュドラス経由で森の入り口まで運んで引き渡すという形を取っていたけど、転移魔石と言うのを利用した転移装置のお陰で移動が一瞬になった。
道中の危険がなくなったので、大量の物資を運べるようになったのだ。
……とは言っても全く危なくないと言う事はない。
開拓が進んだとはいえ、まだまだ森は危ないのでこうして護衛の人に付いてきて貰っている。
「……いつも言っている事ですが、向こうに着いたらこちらの指示には従うように。 特に今回初めての者も居るだろうからその辺は特に注意するように」
凄い黒い人――イフェアスさんが恒例の注意喚起を行う。
わたし達に出来るのは守られ易いように黒い人達から離れないようにする事だ。
「りょーかい。 こっちは物売りが仕事だし余計な事はしないわ。 皆も単独行動は厳禁、珍しいからってフラフラしちゃダメよ!」
ジェルチさんが真っ先にそう言って部下の人達にそうやって声をかける。
部下の人達も了解と言って各々頷く。
簡単な説明などを行って出発。 輸送隊が荷車で物資を輸送し、それを囲むように黒い人達。
ジェルチさん達はわたし達の後ろについて行く形になる。
陣形を維持したままオラトリアムの外れへと移動。 向かうのは山脈の近くにある砦。
転移装置がある場所だ。 砦と言っても中は大きく開けた空間で、巨大な魔法陣の様な物が描かれた台がある。
警備の人に挨拶して中へ入れて貰う。
全員で魔法陣に乗った後、係の人に装置を起動して貰って転移。
風景が一瞬で切り替わる。 初めての時は随分と驚いたけど、慣れてしまえばどうって事はない。
陣形を維持したまま外へ。
建物の外には全く別の光景が広がっていた。 切り拓かれているとはいえ森の真ん中なので視界には大きな木が沢山見える。
「物資の引き渡しが終わったら始めちゃってください」
「ん、分かった。 もうちょっとしたら店開きするから準備しなさいよー」
わたしが声をかけるとジェルチさんが了解と頷き、部下の皆さんが荷車に掛けていた幌を取ったりと準備を始める。
集積場と言うだけあって色々な物がある。 運びやすいように立方体にカットされた魔石や表面が削られて滑らかになっている丸太が大量に保管されている。
視界の端ではトロールさん達が巨大な荷車に魔石や丸太を積んで転移施設に運び込んでいるのが見えた。
同様に別の転移施設からも続々と様々な物資が運び込まれているのが見える。
あちらは採掘都市リソスフェアと直通なので向こうからの物品が流れて来るらしい。
引き渡しの手続きを終え、昼休みの時間になったのでダーザイン食堂の出張店がオープン。
ジェルチさん達が声を張り上げて客の呼び込みを始める。
物珍しさもあるのか瞬く間に人が集まって来た。 ジェルチさんは笑顔で接客し、次々とお弁当を売って行く。 その後ろでは彼女の部下の人――ヘルガさんとエリサさんが、何やら客の買っている商品を見てメモを取っているのが見えた。 後で聞いた話だけど、売れた商品の統計を取っていたみたいだ。
ジェルチさん曰く、売れる物と売れない物の傾向を掴んでおきたいらしい。
首領がその辺、大雑把だからあたし達がちゃんとやらないと――彼女は笑顔で言っていた。
黒い人達は周辺に布陣して周囲の警戒。 ここは大きく開けており、集積場の敷地を取り囲むように塀が設けられているが、森の魔物は飛行する種も多いので稀にだけど塀を乗り越えて奇襲をかけて来る事件もあったので、備えは怠れないらしい。
思った以上に盛況なのでわたしも店を手伝って商品を捌いて行く。
……と言うかこれ、売れ過ぎなんじゃ――
瞬く間に荷車に積んだお弁当だけでなく、それ以外の嗜好品も次々と売れて行く。
あれよあれよという内に――
「……売り切れちゃった」
「一応、売れ筋の調査って目的もあったんだけど……全部売れたら統計もクソもないじゃない……」
この結果はジェルチさんも予想外だったのか呆然としていた。
振り返ると、大波を乗り切った反動なのか皆、疲れ果ててその場に座り込んだり水を飲んだりしている。
「ん? 騒がしかったけど何だったんだ?」
不意に声がしたのでそちらに視線を向けるとやや大柄な女性――あれ?
見覚えがある顔をした女の人が部下のシュリガーラさん達を引き連れて現れた。
日に焼けたのか浅黒い肌に軽鎧、背には巨大な棍棒――首途さんの工房で見たけど……ザ・コアだったかな?――を背負い、長い髪を乱暴に纏めているのでやや粗暴な印象を受けるけど、凄い美人さんだ。
何処で見たかなと考えたけど、すぐに思い至った。
ファティマさんとメイヴィスさんに似ている。
女の人はわたしに気付くとあぁと理解したかのような表情を浮かべた。
「そう言えばオラトリアムから出張は今日からだったか。 売れ行きは――っとその様子じゃ好評だったみたいだな」
何と言うか、男っぽい喋り方だけど、美人さんだから絵になるなぁ……。
「確か梼原だったか? 私とは初めてだったな。 シルヴェイラ・ディデ・ライアードだ」
「あ、はい。 梼原 有鹿です! 収穫班の班長やっています! よろしくお願いします!」
「あぁよろしく。 取りあえず初日の掴みは上々と言った所か。 どうだ? 継続的に売れそうか?」
シルヴェイラさんの視線はわたしではなくジェルチさんへ向かう。
質問は彼女に向けてだろう。
ジェルチさんは困った表情で肩を竦める。
「申し訳ないんだけど今の所は何とも。 品は一通り用意はしてきたんだけどご覧の通り全部売れちゃってね。 今日は初日の物珍しさあってだろうから、ちょっと様子を見てからになるわね」
「ふむ。 少し長い目で見るべきか。 ここでの事に関しては姉上に一任されている以上、販売に関しての判断は私が行う」
「えぇ、それは勿論。 使えそうなら使ってもらえるとこっちも販売の口が増えて助かるわ」
「よし、いいだろう。 では、こちらでの販売の許可を出すので十――いや、二十日程様子を見て最終判断はそこで下すとしよう」
シルヴェイラさんはジェルチさんにどうだと視線で問いかけるとジェルチさんは了解と頷く。
「正直、こういった細かな販売はこっちではあまりやっていないからな。 給金を持て余している奴が増えて来てどうにかしたいと思っていてな。 期待しているぞ」
「了解。 取りあえず、貰った期間は頑張ってみるわ」
話が済んだのかシルヴェイラさんは部下の人を連れてその場を後にした。
「姉妹って話だから顔はよく似てるけど、雰囲気全然違うわねー」
「そ、そうですね」
取りあえず上手く行って良かった。
しばらくぼんやりしていたけど、シルヴェイラさんが完全に視界から消えた所でイフェアスさんが帰るぞと声をかけて来たので皆で慌てて帰る準備を始めた。
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