第650話 「履行」
「――ほ、本当に攻略してしまうとは、それもたったの一日で……」
街に戻った俺は早々に面会した店に向かい、ベレンガリアを呼び出した。
何だか微妙な顔で現れたベレンガリアは「まだ何かあるのか? 要求したいなら辺獄の問題を片付けてからにしろ」と言って来たのでもう片付けたから約束を果たせと言うと顔を引き攣らせてしつこく確認を取ってきたので、疑うなら自分で確認しろとだけ返しておいた。
しばらく時間を置いた後、納得したように頷く。
どうやら部下に確認に行かせたようだ。
「約束を果たせ。 こちらの質問に全て答えて貰おう」
「分かった。 ただし、事前に言っているように私自身、知らない事や答えられない事もあると言うのは理解して欲しい」
例の母体組織の事は喋れんと言うのは良く分かった。
俺が知りたいのは辺獄の事だ。 女王の頼みを聞くと決めた以上、情報は必要だ。
頭の中で質問を纏めながらベレンガリアに疑問をぶつける事にした。
「まずは辺獄と在りし日の英雄についてだ。 知っている事を全て話せ」
「……辺獄については専門ではないからあまりはっきりした事は言えない。 それを踏まえた上で聞いて欲しい」
そう言ってベレンガリアは話し始めた。
まず、前提として辺獄種の流出は魔剣の力が聖剣の力を上回った結果らしい。
その辺は薄っすらとだが察していたので、特に驚きはない。
「では、何故そのような現象が起こるかはわかるか?」
知らんな。 分からないと無言で首を振る。
「答えは死者だ。 この世界で生き物が死ぬと辺獄に攫われる。 それは知っているな?」
こっちでは常識だな。
無言を肯定と捉えたのかベレンガリアは話を続ける。
「何故それが起こるのかの答えでもある。 詳しい理屈までは分からんが、死者が発生すれば発生する程、辺獄は勢力を増し、それに比例する形で魔剣が強化される」
なるほど。 魔剣がやたらと殺したがるのはその辺が理由なのだろうか?
腑に落ちる点も多いので特に疑わずに先を話せと促す。
「ここで魔剣が強化されるとどうなるのかだが――」
話は最初に戻る。
要は辺獄の侵食の件だな。 魔剣の目的は辺獄からこちら側に侵攻する事にあるようだ。
それを阻んでいるのが聖剣であると。
防ぐ方法は魔剣を封印する事にあるようだが、これは根本的な解決にはならないらしい。
「この世界に辺獄の領域がいくつあるか知っているか?」
知らんので首を振る。
「各大陸に三、クロノカイロスに一つの合計十ヵ所だ。 どうも大陸に存在する三つで一つの括りとしているようだ」
「クロノカイロスの分は別計算と言う事か?」
「あぁ、どうも連中曰く、第一はかなり重要な位置だとかで、扱いが別になっているらしい」
理由は分からんが少し気にはなるな。 連中の事だから碌な物じゃないだろうが。
さて、死者が増えると魔剣が強化されるのは分かった。
その結果、辺獄の領域からアンデッドが噴き出すのも理解しできたな。
ただ、そうだとすると少し引っかかる点がある。
ヴァーサリイ大陸での事だ。 一つの大陸に三つと言うのは分かった。
ウルスラグナ、アラブロストル、オフルマズドの近くにそれぞれ存在が確認されており、他は見つかっていない事を考えると数も辻褄も合う。
だが、ザリタルチュの辺獄の領域からのアンデッド流出は起こったが、ウルスラグナのバラルフラームにそれが起こらなかった理由が不明だ。
オフルマズドに関しては魔剣が封印されていた事を考えると早い段階で塞がっていたのは想像に難くない。
疑問をぶつけるとベレンガリアは少し難しいといった表情をする。
「一応ではあるがヴァーサリイ大陸の情報は多少ではあるが得ているので、そこからの推論になるが構わないか?」
「あぁ、聞かせてくれ」
「まず、死者が増えると魔剣が強化され聖剣の負担が増える。 そこまでは良いな? ならここで疑問だ。 一ヶ所が塞がっていた場合、その塞がっている場所にかかる負担はどこへ向かうと思う?」
今回で言うとヴァーサリイ大陸での事か。 つまりはオフルマズド近郊――アーリアンラが担う筈だった負担の行先――あぁ、そう言う事か。 そこまで聞いて俺の脳裏に理解が広がる。
「つまり、アラブロストルの近くにあった辺獄の領域――アーリアンラが塞がっていた事で、本来そこにかかる負担が一番近くであるザリタルチュにかかったのか」
結果、アンデッドが湧きだしたと。 なるほど、その理屈で言うのなら魔剣が三本とも機能していない現状、ヴァーサリイ大陸が担う筈の負担を他の大陸が背負っているといった形になっているのか。
道理であちこちで辺獄の領域からアンデッドが湧きだしている訳だ。
魔剣を二本押さえている以上、俺の所為か? すまんな。 まぁ、悪いとは欠片も思っていないが。
どちらにせよ話を聞く限り、遅かれ早かれアンデッド共は湧いてくるようだし些細な事か。
「では次だ。「在りし日の英雄」あの連中は何だ?」
何らかの要因でアンデッド化したのは理解できるが、女王はともかく転生者である飛蝗まであぁなるのは理解できない。 そもそも転生者は死体が残らないのだ。 あのような姿になるのは道理に合わない。
「悪いがそれに関しては私も良く分からない。 実物を見た訳でもない上、さっきも言ったがそもそも転生者や辺獄に関しては私は専門ではないのでそこまで深い情報を持っていないのだ」
それを聞いて俺は小さく首を傾げる。
「その口ぶりだと専門家がいるみたいだな」
俺がそう言うとベレンガリアは渋い表情を浮かべる。
「……いるには居る。 流石に紹介はできないが、ポジドミット大陸に行く機会があれば探すと良い。 エゼルベルトという男だ」
「そいつが転生者に詳しいと?」
「あぁ、少なくとも私よりは深い情報を持っているだろう」
「……あんたと似た立場の人間と解釈しても?」
ベレンガリアは答えずに小さく頷く。
なるほど、残りの大陸にもしっかりとこの手の連中が生息しているようだ。
そいつに聞けば転生者関連の事情は多少分かるかもしれないと。
過剰な期待はしないが覚えておくとしよう。
それにしても使えん女だな。 仮にも組織のトップが物を知らなさすぎないかとも思ったが、これには事情があるようだ。 聞けば前任の母親が急逝したので、引き継ぎが満足に成されていないらしい。
ベレンガリア自身の知識も母親の残した資料を漁って得た物だったようで、要は又聞きレベルの知識だと言う訳だ。
内心で嘆息。 まぁ、今まで得た情報や知識と矛盾しないので信じてもいいが、この女自身の価値は現状では低いと言わざるを得んな。
女王の一件がなければ聞く事を聞いたら契約の履行を以って処分する予定だったのだが、状況が変わった以上はどうした物か……。
……最終的な判断は話を聞き終わってからにするとしようか。
迷いはしたが現状の処理は保留と言う結論に落ち着いた。
さて、真偽はさておき基本的な知識は得たので、そろそろ本題に移らせて貰うとしよう。
「では次――というより、今回の本題だな」
「……さっきから言っているが、辺獄に関しては専門ではないので答えられる事にも限度があるのだが……」
「それは聞いてから判断しろ」
女王の事は言う必要はないのであの時に見た闇色の柱と、空間が割れて奇妙な奴に襲われた事だけに要点を絞ってアパスタヴェーグで俺が遭遇した事を話した。
聞いている途中、ベレンガリアの表情は終始訝しむような物で、動揺の類は見受けられなかった所をみると今一つ理解できていないようだ。
何度も話したわけではないので上手く隠している可能性もゼロではないが、こいつは直情的な性格――要は何かあれば顔か態度に出る気性と思われる。
つまりは話している途中、特に表情が動かなかった事を考えると本当に大した事は知らないのかもしれない。
……辺獄に関しては当てが外れたな。
収穫がなかった訳じゃないのでそこまでの失望はないが、肩透かしを食らったのは確かだ。
まぁいいと思い直し、専門分野であろうグリモワールとやらの事をメインに聞き出すとしよう。
可能であれば製法も入手したい所だが――その辺は貰ったサンプルをオラトリアムで解析させればいい。
首途辺りなら嬉々として取り組むだろう。
そんな事を考えながら話題をそっち方面にシフトさせようとした所で、ベレンガリアの隣にいた柘植が懐から魔石を取り出し、小さく「失礼」と言って少し離れた所に移動。 何やら話し始める。
話している途中、急に柘植が動揺したので明らかにトラブルがあった事が分かった。
通話を終えた柘植はベレンガリアに近寄って何事かを囁く。
「なっ!? それは本当か?」
「……恐らくは――」
何があったかは知らんが随分と動揺している。
ベレンガリアは少しの間、ブツブツと思索に耽っていたがややあって我に返りこちらに向き直った。
「問題が起こった。 そちらの話ともあながち無関係ではなさそうだ」
少なくとも余り歓迎できそうな話ではなさそうだ。
かと言って聞かないといった選択肢はないので俺は黙って話せと促した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます