第632話 「北上」

 サマサルポールの首都――名称はソドニーイェベリというらしい。

 北部は地形的に随分とさっぱりとしており、湿地帯を抜けて直ぐもそうだったが北へ行けば行くほど街道の整備が進んでいる。


 実際、俺が今いる場所に至ってはしっかり均された道が続いていた。

 さて、現在真っ直ぐに北を目指している訳だが、魔物の掃除も進んでいるようでこの近辺は比較的ではあるが安全のようだ。 俺からすれば、人が往来し、獲物が出ないので少しやり難いと言った所だろうか?


 荷物を抱えた獣人とすれ違う頻度が上がり、どいつもこいつもサベージを見て驚いていたが妙な勢力に捕捉されている以上は隠しても無駄だ。 このまま堂々と街へ向かうとしよう。

 あぁ、ちなみにだが、来る途中に何度か鬱陶しく後を付けて来る連中がいたが、案の定と言うべきか何をやっても記憶を引き抜けなかった。


 一ダースぐらい半殺しにして試した所で無駄と判断して湧いて来た連中は皆殺しにする事にしたが――何ともしつこい連中で、四、五十人は仕留めたと思うのだが、懲りずにまだ追加を送り込んで来る。

 その内の一部は例の鎖を持っていたので、貰っておいた。

 

 首途が色々試したいと言っていたので、ファティマへの連絡ついでにオラトリアムへと転移で送る。

 その際に、現状を報告すると何故か溜息を吐かれた。

 俺の行動に落ち度はなかったはずなので、連中の鼻が思ったより利いたというだけの話だろう。


 やった事と言えば精々、集落を消し飛ばしたぐらいなものだ。 目撃者もいないし、一体何がいけなかったのだろうか? それも含めて連中から吐かせるとしよう。

 ぼんやりとそんな事を考えていると遠くに目的地であるソドニーイェベリが見えて来た。


 その全容を見て俺はおや?と首を傾げる。 記憶にある物と違うな。

 まぁ、奪った知識は随分と古い物だったので多少の変化はあるだろうと考えてはいたが、いくらなんでも違い過ぎだ。


 街の背後に広大な壁が仕切りのように伸びており、物見櫓を擁した巨大な砦のような物も微かに見える。 何だあれは?

 さっぱり分からんが、中に入れば分かるだろう。

 近づけば近づく程に人の往来が増え、行きかう連中にやたらと武装した者が多い。


 ……雰囲気に覚えがあるな。


 記憶を探る間もなく答えに行きついた。

 あれだ。 ザリタルチュ侵攻戦の際の雰囲気に似ている。

 おいおい、氾濫が起きているというフシャクシャスラとかいう場所は遥か南だろうが。


 まさかこっちでも似たような事が起こっているとでも言うのか?

 そんな馬鹿なと思いつつ到着したソドニーイェベリで聞いてみると――その通りだった。

 辺獄の領域アパスタヴェーグ。 少し前からアンデッドが漏れだしてきているらしい。


 話を聞く限りザリタルチュの時ほど大量ではないらしく、数日に一度ぐらいの頻度で湧いて来るので間隔が短くなる前にこうして砦や防壁を作って備えていたようだ。

 

 「アンタ、運が良いぜ! ここしばらくはどう言う訳か辺獄種の襲来がなくて、前線は少し落ち着いている所だからな!」


 街に入る際に門番の男にそう言われたのだが、妙な話だなと内心で首を傾げる。

 魔剣が手元にあるので、辺獄の領域に関してはそれなり以上に詳しい。

 あの現象は魔剣が辺獄とこちら側の境界を緩めた結果、発生する現象だ。


 低頻度と言うのはまだ理解できる。 単純に魔剣が押し切れておらずにアンデッド共をあまり送り出せないのだろう。 だが、頻度が減るのはあり得ない。

 辺獄に居る限り、魔剣の力は増大し続ける。 結果、外で境界を締めている存在が力負けしてアンデッド共が現れるのだ。 つまり一度氾濫を許すと、頻度は下がらずに上がるしかない。


 それともアンデッド共が出る事を躊躇している? それも考え難い。 連中は一部の例外を除いて外に出て生きている奴を殺したくてたまらない――アンデッドと言うのはそう言った者達だ。 そんな連中が外に出るチャンスを棒に振る訳がない。


 そうなると考えられるのは何らかの要因が連中の侵攻を抑えている?

 可能性を考えたがあるとしたら――他の魔剣使いか?

 少なくともアンデッド共が出てきている以上はこの地の魔剣は健在だ。 それを抑えられる存在は考え得る限り同じ魔剣だ。


 仮に俺がアンデッドが外に出るのを止めようとしたとする。

 完璧にとは行かんが、遅らせる事ぐらいはできるだろう。

 果たして魔剣を使いこなせて尚且つ、ここを守る為に体を張るような奴が存在するのだろうか?


 魔剣は常に憎悪を謳い、殺せ殺せと喚きたてる。

 別に俺以外に使いこなせる訳はないと自惚れた事を言うつもりはないが、守るなんて行動が取れるまともな神経の人間が魔剣に操られずに踏ん張れるといった状況が想像できないのだ。


 実際、使っている俺の見解としては不可能とまでは行かんが難しい。

 特に魔剣の意に沿わない行動を取れば反発されるのは目に見えているからだ。

 それを撥ね退けて尚、自分の意思を通すのは少し現実的じゃない。


 ……気になるな。


 魔剣に関しては可能であれば情報を仕入れておきたいとは思っていた。

 アムシャ・スプンタとの戦闘で体の制御を一時的とはいえ、奪われたからな。

 付け加えるならその空白の時間に何が起こったのかさえ不明と言うのは流石に問題だろう。


 ただ、周囲の状況と自分の体の状態を見れば多少の予想は立てられる。

 チャクラ由来の攻撃を放ったと言うのは理解できるが、どうやって放ったのかが一切不明だ。

 瞬間的に第一から第六のチャクラに凄まじい量の魔力が巡ったのだけは分かったが、妙な点も多い。


 技の反動であろうダメージは全身にあったが、魔力の消耗はそこまでではなく、寧ろ肉体的な疲労の方が大きかったぐらいだ。

 あれから何度も推論を重ねたが、さっぱり分からなかった。

 どうやってあんな馬鹿げた威力の攻撃を叩きだせたのかがだ。 少なくとも俺の肉体が放った以上、再現する手段はあるのは間違いないと見ているが――現状では望み薄か。

 

 恐らく鍵は未だに使い方の取っ掛かりすらない第七のチャクラが関係しているのだろうが――

 

 「どうした物か」


 小さく呟く。 サベージがそれに反応してこちらをちらりと窺うが無視。

 空を仰ぐと日暮れが近いので、取りあえずは宿で休んでから明日以降の動きを考えるとしよう。

 辺獄と魔剣に関しては気になるが、差し当たっては鬱陶しく絡んで来る連中の処理からだな。


 ……いっその事、辺獄へ行って境界を抉じ開けて氾濫を誘発してみるか?


 そうすれば俺に構っていられなくなるんじゃないかとも考えたが――小さく息を吐く。

 凄まじく魅力的な名案だが、正体ぐらいは掴んでおきたいので最後の手段だな。

 魔法で軽く索敵すると、怪しい気配がいくつか引っかかった。


 俺はまたかと再度小さく溜息を吐いた。

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