第620話 「鍋食」

 翌日から瓢箪山さんのラジオは続き、少しずつ慣れてきたようで喋るのが滑らかになってきていた。

 数日でいい感じにできている所を見ると、もしかしたら才能があったのかもしれないなぁ。

 お昼の娯楽として皆からの評判も悪くないので、番組はこの調子で続くとか。


 ……取りあえず、好意的な意見を纏めて報告書を出して置いたけど、いい結果に終わって良かった。


 「――寒い」


 思わずそう呟いて身を震わせる。 すっかり冬になってあちこちに雪が積もっている。 これでも毛深いので寒さには強いつもりだけど、ここまで寒いとちょっと厳しい。 日が傾いているのも手伝って本当に寒いなぁ。

 そんな中を私はオークさん達と一緒に荷車に積んだ食料を引きながら歩いていた。

 これから首途さんの所へ宅配の予定だ。


 オラトリアムの境界を越えてライアードへ入り、サブリナさんの教会と巨大なオベリスクの近くを通る。 教会ではいつの間にか増えた大量の神父やシスターさん達が、焚火を囲んだり、雪かきをしたりしていた。 何人かと目が合ったので会釈して通り過ぎる。 少し行くと首途さんの研究所が見えて来た。

 研究所でも焚火をしているのかあちこちから細い煙が上がっているのが見える。


 到着した所で警備のレブナントさんに引き渡しの手続きを行い、仕事はおしまい。

 

 ……何だけど、折角だからちょっと挨拶していこうかな?


 そう思い立った私はオークさん達を先に帰して許可を貰った後、施設内へと足を踏み入れる。

 ここって見る度に雰囲気が変わるから見てて楽しいんだよね。

 今日はどうなっているかな――


 ――修羅場でした。


 ドワーフさん達が怒鳴りながら壊れた魔導外骨格の修理をしているという光景が広がっている。

 終わった機体は地下の格納庫へと移動して順番待ちしている機体が修理用のスペースへと入った。

 中でも一番目を引くのは他の機体と比べても分かる大きな機体だ。


 確かサイコウォードだったかな? なんか凄い機体らしい。

 そして一番見た目が酷い有様だった。 あちこちが高熱に曝されたかのように溶けており、手足も酷い事になっているらしくほぼ分解されて骨格と内部構造が剥き出しで丸裸の状態だった。


 そんな中、激しく動いている人が居た。


 ……あ、緑の人だ。


 緑の人は作業の手伝いをしているのかあちこちに走り回って荷物運びや簡単な作業をしているようだった。 何かと目立つからすぐ視界に入るなぁ。

 な、何をやっているんだろう? 手伝いなのは分かるけど、何だか必死過ぎて怖い。 それぐらい彼の動きには鬼気迫る物を感じるなぁ……。

 手の空いたドワーフさんに「コン・エアーの修理を……」と言ったりしていたけど、相手にされてなかった。 移動中は何だかぶつぶつと「くそ、あの矢さえなければ……」とか言っていた。


 何を言っているんだろう? 首を傾げつつ、邪魔になるといけないので近くのドワーフさんに首途さんの居場所を聞いてその場を後にする。

 そろそろ夕食の時間らしく、居住エリアに居るらしいので行ってみようか。


 「お、嬢ちゃんやんけ、こっちに来とったんか」


 噂をすれば何とやら。 向かっている途中で籠いっぱいの肉と野菜を抱えていた首途さんと出会った。

 

 「どうもこんばんは! 宅配で来たので挨拶だけでもと思って――」

 「ほぅ、なら暇やな。 良かったら飯食っていくか?」

 「え? いいんですか!?」

 「おぉ、ええよええよ。 人数多いから一人ぐらい増えても一緒やから遠慮せんでええぞ」 


 わ、やった! 首途さんの所、ご飯美味しいから食べて良いのならご馳走になろう!

 ちょっと図々しいかなとは思ったけど、いいかなと首途さんについて行った。

 

 「今日は鍋やからいくらでも食ってええよ」

 

 鍋! どんな鍋だろう、楽しみだなぁ。

 わたしはわくわくしながらついて行ったんだけど――その数十秒後、ちょっと早まったかなと後悔した。


 


 場所は変わって首途さんの家の一室――正確には研究所の一角で彼が居住区として扱っている一室だ。 かなり広く、真ん中には大きな掘り炬燵。

 わたし達転生者でも扱えるようにサイズを調整しているのだろう。

 そして見合ったサイズの巨大なテーブルにこれまた巨大な鍋でぐつぐつとかなり減ってはいるが、大量の具が浮かんでいた。


 水炊き鍋だったかな? とても美味しそうだ。

 それだけだったら良かったのだけど、問題は囲んでいる人達だった。

 まずは首途さんの息子さんのヴェルテクスさん。 この人怖いからちょっと苦手なんだよね。


 ヴェルテクスさんはちらりとこちらを一瞥したけど、特に反応をせずしょりしょりと大根をおろして、自家製のポン酢らしき物をかけていた。

 その対面にちょっと前からここで働いているハムザさん。 この人はちょっと言っている事が分からないし何かいきなり早口になるから苦手だ。


 そして最後にオラトリアムで一番偉いローさんが居た。

 な、何故!? ローさんもヴェルテクスさんと同様にこっちをちらりと見た後、無言で茶碗にご飯をよそってヴェルテクスさんに渡していた。


 その渡されたヴェルテクスさんは別の器に大根をおろして、同様にポン酢をかけてローさんの方へ置いているのが見える。

 二人は無言で頷いて鍋から具をよそってもそもそと食べていた。


 「おぅ、嬢ちゃん好きに食ってくれ。 おーい、具の追加持って来たったぞ!」

 「遅せぇぞジジイ。 さっさと入れろ」

 「炬燵から動かん癖に何を偉そうな事言うとんねん。 ほれ、入れるから待っとれ」


 首途さんが持参した具材を次々と投入。 鍋が具で満たされる。

 こうして凄いメンバーでの鍋が始まった。 


 「しょ、所長! 私の考えたアイデアを見て頂けませんか!」

 「あ? なんや? 見してみぃ」


 ハムザさんはキラキラした目で首途さんに図面のような物を見せていた。


 「魔導外骨格用の新武装ですが、例のミサイルを参考に思いつきました。 大型の物に小型の物を内蔵して空中で分解、周囲にばら撒くのです! どうですか!?」

 「あぁ、クラスターミサイルか。 儂もやったけど<照準>に引っ張られて全部くっ付いて行きよるから意味ないぞ。 それやったら普通にでかいミサイル作った方がマシやな」

 

 ……と何やら良く分からない話をしており、


 ローさんとヴェルテクスさんは無言で黙々と食事を続けており、わたしもちょっと居心地が悪いけど、鍋は美味しいので注意を引かない程度に具をよそって食べる。

 あぁ、美味しい。


 「そういや、兄ちゃん。 出発はいつ頃にするんや?」


 しばらく経った所でハムザさんとの話が一段落した首途さんがローさんに話しかけていた。


 「春になってからだな。 日枝の話では冬の海は危ないから行くにしても春以降にしておけと言われた。 どちらにせよこっちでの作業を片付けてからになるからしばらくは居る事になる」

 「作業? 確か、こっちの分は一段落ついとるし、ファティマの姉ちゃんの所の案件か?」

 「あぁ、スレンダーマンの増員と減った改造種の補充と増産だな」


 二人は食事をしながらテンポよく会話をしているのを見て改めて首途さんの顔の広さを知った。

 あのローさんとこんなに仲良くできるなんて凄いなぁ。

 

 「何や、あいつ等を増やすんか?」

 「近い内にそっちに話が行くだろうが、人型のレブナントの中から見込みがありそうな奴を改造して欲しいらしい。 連中の有用性はオフルマズドの殲滅戦で証明されたからな」

 「儂としては増えるのは嬉しいけど、この調子なら表に出すのも視野に入れとるんか?」

 「多分な。 目立つ武装を外して外での警邏にでも使うつもりなんじゃないか?」


 うん。 結構、というかかなり危ない会話をしているようだし、聞こえない振りをしておこう。

 わたしは何も知らないし聞いてない。

 そんなわたしの思いを知ってか知らないでか、二人の会話は続く。


 「――そう言えば、例のギミックの具合はどうや?」

 「あぁ、あの玩具だな。 正直、最初に見た時は何に使うのかとも思ったが、発想の転換だな。 剣の間合いの内側での攻撃手段は欲しかったので、かなりありがたかったな。 流石だ」

 「気に入ってくれて何よりや、でも兄ちゃんの体は何でもできるから弄りがいがあるなぁ。 ただ、改造したら絶対に上手く行くから張り合いはないけどなぁ!」


 そう言って首途さんはがははと笑う。

 

 ……あぁ、これ絶対ダメな奴だ。


 改造とか不穏なワードまで出て来た。

 知らない振りしたいけど、目の前で会話されると気になってしまう。

 振り切るように食事に集中――してたんだけど……。


 「所長! 玩具とはどんな物なのですか!?」


 ハムザさんが質問していた。 この人、あの会話に入って行けるとか凄いなぁ!

 

 「ん? あぁ、確か遊びで作った試作品がポケットに入ってたはずやけど――あ、あったあった」


 首途さんが取り出したのは――何あれ?

 サイズは手の平に乗るぐらいで、材質は金属かな?

 形状は二重丸みたいな感じで真ん中に穴が開いた――輪っか?

 

 「見とれよ」


 首途さんが魔力を込めると丸の外側がくるくると回転した。

 あ、知ってる! おもちゃ屋さんで見た! 確かハンドスピナーってやつだ。


 「名付けて『魔力駆動回転具 スクリーム』や。 最初は魔力の強さを計る為の計測器のつもりで作ってんけど、ちょっとおもろい使い方を思いついてな。 兄ちゃんに協力して貰った訳や」

 

 どう見てもただのハンドスピナーなんだけど、さっきの会話を聞く限り武器? なのかな?

 明らかに殺傷能力がなさそうな玩具にしか見えないんだけど――

 わたしの疑問はこの数分後、ローさんが行った実演を見て解消された。

 

 余りにも酷かったので、わたしはそっと記憶の奥底にしまいこんだ。

 そんな事よりお鍋美味しかったです。

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