第583話 「撤収」

 「さて、まさかとは思うが逃げられるとでも思ってるんじゃないだろうな?」


 俺は使い手を失って逃げようとしていた聖剣を踏みつける。

 ウルスラグナの時も早々に何処かへと飛んで行ったからな。 こんな事だろうと思った。

 

 ……それにしても。


 使い手がくたばった途端、逃げ出すとは聖剣とか呼ばれている割には薄情な奴だな。

 ウルスラグナでは聖女とやらの手に収まっている所を鑑みると、次の持ち主を探して収まると言った所だろう。 つまり尻も軽いと。 

 

 こんなのが聖剣とは世も末だな。 あぁ、連中の話が事実なら本当に末なのか。

 聖剣は俺に踏みつけられているのがお気に召さないのか、弾き飛ばそうとするが二本の魔剣に干渉されているのか暴れてはいるが抜け出せないようだ。


 さて、まずやる事はこいつの処理だな。

 どうした物かと考えていたら、ふと手元の魔剣へと視線を落とす。

 そういえば良い物があったな。 俺は魔石に魔力を通して首途に連絡を取る。


 ――今どこだ?


 ――お、おぉ、兄ちゃん! 無事か! 今――。


 少し離れた所から無数の足音が響き、間を置かずしてサベージに乗った首途がスレンダーマン達を引き連れて現れた。


 「――一応、援軍連れて急いできてんけど、ちょっと遅かったかー」

 「いや、来た所で死んでただけだろうからタイミングとしては悪くないな」


 首途は俺の手にある魔剣と足元でもがいている聖剣を見て納得したように頷いた。

 

 「解放した途端にすっ飛んで行ったから、どこへ行ったんかと思ったらやっぱ兄ちゃんの所か」

 「あぁ、正直こいつがなければ負けていたな。 助かった」

 「役に立ったんならええわ」 


 そこでふとサベージの鐙に引っかかっているでかい鞘と鎖に気が付いた。

 やはり回収していたか。 大変都合がいいな。

 

 「そっちの鞘と鎖は使えそうか?」

 「おう、あんまり傷つけんように剥がしたからな。 ――何に……っていうまでもないなぁ。 そいつやろ?」

 「あぁ、妙な奴の手に渡って襲われても敵わんからな」


 俺は首途から受けとった鞘と鎖で聖剣を拘束。 しっかりと縛り上げると流石に抵抗できなくなったのか大人しくなった。

 さて、持ち帰るのは確定だが、どう処分した物か――。


 ……まぁ、後で考えればいいか。


 風通しが良くなったので、振り返って外の様子を見ると――もう終わりそうだな。

 どうも国の上空に展開されていた障壁が消滅したらしく、コンガマトーやサンダーバードがかなり高い位置から攻撃を仕掛けているのが見えた。 最後の詰めに使う第四陣が投入されている所を見ると、もう終わりが近いか。


 対するオフルマズド側は用意していた航空戦力が全滅させられたようで、一方的に攻撃されている所を見るともう反撃できる戦力が残されていないのだろう。

 地上部隊の方も敵の動きが急に悪くなったとかで一気に畳みかけている最中らしい。

 逆にこちらは負傷などで戦線離脱していた面子が回復して戻って来ているらしく、これはもう時間の問題だな。


 まぁ、連中の装備は性能こそ大した物だったが、状況から察するに聖剣からの魔力供給で賄っていたようだな。 失えば一気に瓦解する脆さを孕んでいた訳だ。

 それでも動いていたのは予備の魔剣から吸い上げていた魔力で何とか維持していたと言った所か。

 

 ……両方失ったのでガラクタになり下がったようだがな。


 「退路の封鎖は上手く行っているのか?」

 「ん? 儂はそこまでは知らんな。 ファティマの姉ちゃんにでも聞いたらどうや?」

 「そうだな。 流石に消耗が大きい。 俺はそろそろ引き上げる事にする」


 暗にお前はどうすると聞くと首途は少し悩む素振を見せる。

 

 「……もう消化試合みたいな物やし、儂も帰るわ。 そういや、例のアメリアとか言う女、生きとったらしいな」

 「あぁ、俺もさっき知った。 だが、妙だな。 確かに仕留めたはずなんだが――」


 思わず首を傾げる。

 あの状況でどうやって逃げたのかは気になるが、オラトリアムへ戻れば何か分かるだろう。

 

 「――どうでもええけど酷い格好やな」


 ……ん? あぁ、確かに我ながら酷い格好だな。


 着ていたコートも大穴が開いているし、防具類はほぼ全損か。

 我が事ながら随分と手酷くやられたものだ。

 俺は特に答えず小さく肩を竦めて、スレンダーマン達に戦場へ戻るように指示を出した後、首途を連れてオラトリアムへと撤退した。


 



 「ロートフェルト様!」


 戻るや否や出迎えに来たファティマにいきなり抱き着かれた。

 いきなりなんだ? 離れろ鬱陶しい。


 「苦戦の報を聞いて心配しました! それに、城から凄まじい衝撃が広がったとの報告も受けています。 あの時、一体何があったのですか?」


 要は報告しろと言う事か。

 それは理解したが、いい加減に俺の体をまさぐるのは止めろ。

 しかも何故臭いを嗅ぐ?


 「あー……兄ちゃんもお疲れみたいやから着替えやら済ませてちょっと落ち着いてからでもええんとちゃうか?」

 

 不意にかけられた首途の言葉にファティマは少し複雑そうな表情をした後、ゆるゆると俺から身を離す。

 

 「そうですね。 まずは少しお休みになってください。 最大の脅威である王が斃れた今、オラトリアムの勝利は確定したも同然です。 詳しい話は状況が落ち着いた時にでも――」

 

 そうだな。 取りあえず、少し休むとしよう。

 腹も減ったしな。

 


 

 「儂、地下におったからようわからんかってんけど、そんなに凄かったんか?」

 「らしいな。 実の所、俺も何が起こったのかよく分かっていないんだ」


 場所は変わってオラトリアムの屋敷にある大浴場。

 俺はデッキブラシで首途の装甲のような外殻をガシガシと擦っていた。

 

 「お、おぉ、ええぞ、外殻の隙間がええんや~」


 そうか。 そりゃよかったな。

 無心でブラシを動かしながら考えるのはあの空白の時間だ。

 あの瞬間、魔剣からの侵食を受けた俺は予備脳の制御を奪われた。


 同時に権能が強制的に起動。 魔剣の中に居た何か・・を模倣してそれに体の制御が奪われたのだ。

 その正体も薄っすらとだが予想が付いていた。

 制御が奪われた時間――一分にも満たない僅かな時だったが、俺はそれを垣間見たからだ。


 恐らくあれは奴の最期の瞬間だろう。

 仲間は全て斃れており、自らも拳は砕け、全身にどうにもならない程の無数の傷を負っていたが、それでもたった一人で戦い続けた男の魂――その記憶を。


 その命が潰える瞬間まで、誰かの為に拳を振るい続けた。

 周囲に誰も居なくなったとしても、世界のどこかで戦い続けている仲間の為にほんの僅かな時でも――。 


 「おぅ、兄ちゃんありがとな! やっぱ背中はやり辛くてなぁ」

 

 首途にかけられた声で我に返り、内心で首を振る。

 さっぱり理解はできないが、強い信念とそれを貫く意志の力は感じられた。

 そして、最後に何かを言われたような気がするのだが、あれは何だったのだろうか?


 思い出そうとしたが何故かできなかった。

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