第578話 「誘引」
炎を纏ったエドゥルネは咆哮と共に炎の羽を大きく広げて一気に羽ばたくように振るう。
再度、前に出たのはサイコウォードだ。
サブリナ達はそのままその後ろに隠れ、アスピザルはサイコウォードの前面に障壁を展開する。 同時に炎が波濤のように押し寄せて来た。
サブリナが事前に<交信>で味方に警告。
それを受けて、周囲で戦闘を行っていた者達は即座に離脱、防御手段がある者や体が大きい者は小さい者の盾になるように立ち塞がる。
――そして炎が周囲にある全てを呑み込んだ。
レブナント達は事前に警告を受けていたので一切油断せず、魔法を行使できる者や付与が施された装備を身に付けている者は惜しげもなく使用。 全力で抗う。
エドゥルネが放った炎は権能を用いて発生させた物だけあって、威力は桁外れであった。
アスピザルの障壁は耐え切れずに一瞬で蒸発。 サイコウォードの装甲を徐々にだが溶かす。
時間にして数秒の出来事ではあったが、齎した被害は甚大と言える物だった。
レブナント達は半数近くが深い損傷を負い、耐え切れなかった者は炭の塊となって崩れて消える。
それだけを見れば状況はオラトリアムに取って圧倒的に不利になったと言えるかもしれないが、炎はその場に居た者を
彼等は戦闘に集中しており、余裕がなかった事もあったが、枢機卿であるエドゥルネが自分達を傷つける筈がないと根拠のない信頼を抱いていたので逃げに入った敵を追撃する為、防御行動を取らなかったのだ。
その結果、彼等は碌に対策を講じる事もなく、炎に焼かれる事となった。
鎧のお陰か大半は生きていたが、鎧の隙間から煙を吹いて苦し気に呻く声を微かに漏らしており、戦闘不能となっている。
「うわ、ひっどいなぁ。 味方もお構いなしか」
アスピザルは炎をやり過ごした所でサイコウォードの陰から周囲を確認。
サブリナは<交信>で被害状況の確認と戦闘が難しい者には撤退を指示。
「サブリナさん。 ちょっといいかな?」
「何でしょう?」
「彼女の攻撃なんだけど、気付いた事があるんだ」
サブリナはそう言われて、周囲を確認。
ややあってアスピザルの言いたい事を理解した。
「威力の差異ですか?」
「うん。 レブナント達は即死した者も多いのに聖騎士や聖殿騎士は焼けているけど、比較的ましな状態だ」
アスピザルの言葉を裏付けるかのように聖騎士達は苦痛の声を漏らしており、死者がほとんどいない事が良く分かる。ただ、傷は深いらしく、動いている者が一人もいない。
「……調整していると言う訳ではなさそうですが……」
「僕は何度か権能を使って来る相手と戦った事もあるから、その経験で言わせて貰うと、彼女の炎は対象に対する感情の機微で威力が変わるんじゃないかな?」
サブリナはアスピザルの意見になるほどと納得する。
エドゥルネの炎は相手に対する感情――恐らく怒りの量で威力が決定するのだろう。
結果、敵であるレブナント達は即死する程の威力になり、聖騎士達は死なない程度に焼けただけで済んだ。 無傷と行かなかったのはエドゥルネが聖騎士達に対してある程度の怒りを抱いていたからだろうとサブリナは推測した。
少し煽っただけで簡単に冷静さを欠く精神状態では成果を出さない味方に対して、使えないと断じて怒りを抱くくらいはやりそうだと想像できる。
「理解しました。 それで? 能力の考察で終わりですか?」
「まさか。 そっちに案がないなら僕の案に乗らない?」
「……話は逃げながら聞くとしましょうか」
サブリナはそう言うと同時にサイコウォードの陰から飛び出して走る。
もし、エドゥルネが怒りの衝動のまま力を振るっているのなら行動を読むのは難しくない。
今の彼女が最も怒りを抱いている存在はサブリナに間違いないからだ。
つまり、彼女が囮になればエドゥルネは高い確率で喰らいついて来る。
そしてその予想は正しかった。 サブリナの姿を視界に収めたエドゥルネの反応は劇的で、唸りとも叫びともつかない咆哮を上げながら炎を放つ。
サブリナは背の翼を大きく振るわせて急上昇。 エドゥルネも同様に炎の翼を大きく羽ばたかせて追撃に入った。 それを見てアスピザルは小さく安堵の息を漏らす。
予想通り、喰らいついたのでエドゥルネに関してはサブリナの頑張り次第でどうにでもなるからだ。
一先ずアドバイスをする為に生き残ったレブナントに声をかけてサブリナに必要な事を伝える。
――とは言ってもそんなに難しい事ではない。
内容はシンプルで適当に煽って逃げ回る。 それだけだ。
アスピザルはローから権能の概要を聞いていたので、その弱点も良く理解していた。
あの能力は強力な反面、代償に魂と大量の魔力を要求する。
簡単に言うと燃費が凄まじく悪いのだ。 本来なら枢機卿であるエドゥルネは聖堂に代償を肩代わりさせてほぼ無制限に扱えるが、その聖堂はサイコウォードの砲撃で吹き飛んで使い物にならない。
その為、彼女は自前の魔力で権能を維持しなければならないのだ。 加えて、飽野の針で新しい何かを植え付けられたお陰でその場では死なず、新たな権能を獲得したのだろうが理性も消し飛んでいるので、あれでは獣と変わらない。 適当に消耗させれば勝手に自滅するだろう。
都合のいい事にサブリナと言うヘイトを一身に集めている存在も居るので、あの調子で逃げ切ってくれれば遠からず勝手に死ぬだろう。
アメリアを取り逃がした事で内心は穏やかではなかったが、闇雲に探しても無駄なので一先ず、この場をどうにかする事を優先した。
傷が酷い者には既にサブリナが撤退の指示を出していたが、それ以外の者も消耗が激しい。
一度下げて休ませるべきだろう。 それに――
近くに転がっている聖騎士達を見る。 聖堂騎士の三名も息がある所を見ると捕らえるつもりだったのだろうと考え、撤退するレブナントに拘束を依頼。
同時にオラトリアムへ連絡して現状の報告とレブナント達の撤退許可を得た後、指示を出す。
レブナント達は素直に従い、次々と転移魔石で撤退していった。
代わりに治療の終わった者や予備の人員が現れる。
「さて、グノーシスは片付いたけど、僕はどうしようかな」
アスピザルは手の空いている者に息のある聖騎士達の拘束を指示しつつ、どうした物かと考える。
テュケの拠点はヴェルテクスとアブドーラ達で陥落させたらしく、資料類の引き上げと意外な事に捕虜を取ったらしい。 現在は拘束して状況が落ち着き次第、移送する手はずになっている。
その点はアスピザルも同じ考えだ。 捕虜に何かされても面倒なので、移送は全てが片付いてから行うつもりだった。
ヴェルテクスはともかくアブドーラが思い留まるとは意外と思いながら、行くべき場所を考える。
一番魅力的なのは撤退だが、怠慢と言われるのも嫌なので、少し働いて手柄の一つでも立てておこうと彼は思っていた。
「まぁ、選択肢は城か――遊撃かな?」
城を一瞥。 上部が消し飛んだのを見て選択肢から除外。
何が起こっているかは不明だが、ローが健在である以上は問題ないだろう。
それにあんな派手な事が起こった場所に近づきたくないので、比較的気楽な遊撃に入って味方の支援に入ろうと決めた。
ちらりと空を一瞥すると、サブリナとエドゥルネが戦闘――というより一方的に攻撃されて逃げ回っているのが見える。
この場に居てもやる事がないので、戦闘結果を見届けたら動くとしよう。
そう考えてアスピザルはアメリアの事でやや後ろ髪を引かれつつ戦闘の推移を見つめていた。
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