第572話 「来歴」

 昔の話をしよう。

 オフルマズドという国がまだ壁に覆われておらず、まだ門戸が広く開かれていた時代だ。

 当時のオフルマズドの正式名称は祭壇救国オフルマズド。


 世襲制で王の一族が代々治めている穏やかな国だった。

 かと言って何の問題もなかったと言う事もなく、近隣国との小競り合いなどもあって平和とは言い難かったが、それでも活気に満ち溢れていたのだ。


 オフルマズドが近隣諸国の侵攻を悉く追い返していたのは、ある風習によるところが大きい。

 彼等の最大戦力は異形の者達――転生者と呼ばれる者達だ。

 そう、オフルマズドは古代から転生者の存在を伝え聞かされ、彼等の保護を積極的に行っていた。


 国は転生者を客として遇し、彼等もまたそれに応える。

 特に彼等の齎す知識は様々な富を与え、オフルマズドは成長を続けて来たのだ。

 そしてもう一つ。 オフルマズド最大の力にして最強の刃。


 聖剣エロヒム・ザフキとそれを操る王女たる担い手の少女の存在だった。

 彼女はまだ年端もいかぬ子供と言っていも良い年齢だったが、他者を慈しむ清い心の持ち主で、その笑顔に救われた者は多い。


 後にアムシャ・スプンタと名乗る男も彼女に救われた者の一人だった。

 この世界に転生し、右も左も分からなかった男は最初に降り立った地の過酷さから逃れる為に一人孤独な旅を続けていたのだが、海を越えた先での出会いに心から感謝し、少女と少女の愛した国を守る為に死力を尽くす事を誓っていた。


 だが、その誓いはある日に砕け散る事となる。

 当時のオフルマズドはグノーシス教団との接点が少なく受け入れる為の交渉を行っている最中だった。

 男が交渉の為に海を渡り、グノーシス教団の本国――クロノカイロスに居た時にそれは起こる。


 辺獄の領域アーリアンラの活性化に伴う辺獄種の流出だ。

 辺獄種の軍勢が外へとなだれ込み、オフルマズドは建国以来最大の危機を迎える事となった。 

 これに対抗する為に彼等は聖剣の担い手を筆頭に転生者を中心とした大規模な討伐隊を編成し、攻略に乗り出したのだ。

 

 男がその結果を知ったのは帰国してからの事だった。

 

 ――結果、アーリアンラの攻略には成功したものの、転生者は辺獄にて全員死亡。


 そして戻ってきたのは僅かな兵士と――拘束された魔剣。 そして使い手を失った聖剣だった。

 男は絶望の涙を流し、少女の後を追おうとしたが運命はそれを許さなかったのだ。

 聖剣が次の持ち主にと選んだのは男だった。


 その結果、男は死ねない運命を背負わされてしまう。

 自殺を試みれば聖剣が阻止してしまい、死ぬ事が不可能なのだ。

 度重なる非情な現実に男の心は悲鳴をあげ――ついに致命的な変化を齎した。


 少女を守ると誓った男は少女の思いの残骸である国だけ・・を守る防衛装置と化したのだ。

 そうなった男の行動は早かった、聖剣を用いて玉座を簒奪。

 守る為に外界との接続を最低限にし、国名を改めた。


 こうして誕生したのが選定真国オフルマズド。

 国に選ばれた者だけが住まう事を許される閉ざされた地だ。

 その過程でこの世界の行く末を知った男は自らの心と同様に国を強固に鎖し、力を得る為に外部の人間も最低限ではあるが迎え入れた。


 ――ただ、転生者を自らの配下として膝元に受け入れる事だけは許容できなくなってしまった。


 男の世界は少女とオフルマズドの二つで構成されており、少女を守れなかった転生者を彼は欠片も信用しなくなってしまったのだ。

 加えて、裏切る可能性が欠片でも存在する要因――忠紋が効かない者を置く事に抵抗があったと言う事もそれに拍車をかけた。


 結果的に外的要因であるアメリアが現状――他勢力の侵攻を招いた事を考えると男の考えは正しかったとも言えるだろう。

 アムシャ・スプンタは現れた目の前の敵に対しても必勝を確信していた。


 魔剣を使いこなしていた事には驚いたが、彼にとってそれは脅威とはなり得ない。

 聖剣エロヒム・ザフキ。

 第三の聖剣にしてオフルマズドに存在する最強の力。


 その能力は短時間の未来予知と行動予測。

 対象の数秒後の未来と、蓄積した戦闘経験から相手の行動を予測する演算にも似た力を持っている。

 加えて、無尽蔵とも言える魔力とそれにより本来なら莫大な魔力を用いなければ使用できない装備を身に纏う事で彼を超越した存在たらしめていた。


 その力は辺獄の外であるならば在りし日の英雄にすら届き得るだろう。

 オフルマズドの王たるアムシャ・スプンタの力はこの世界でも屈指とも言える。 

 圧倒的なその力で彼は目の前の敵――ローに対しても完全な優位に立っていた。


 放たれる攻撃は全て意味を成さず、聖剣の一撃は刻一刻とその身に深い傷を与えて追い詰める。

 腕を、足を、胴体の一部を失っても即座に再生させて魔剣を振るい続けるローにアムシャ・スプンタは微かに嫌な物を感じていたが、滅すれば同じ事と最後の一撃を叩き込むべく一気に踏み込んだ。


 ローは最期の抵抗とばかりに魔法等を撃ち込んで迎撃を行うが、その悉くを意に介さず前へと出る。

 聖剣は相手がどう動くかの予測が出来ていないが、自分に何か起こるような結果は出ていない。

 行けると勝ちを確信。 この戦いを終えれば自分が出て行って直接敵を滅しようと考えていた。


 本来なら彼は臣装の機能を維持する為にこの玉座を動けないのだが、この体たらくでは自分で行った方が良いと判断。

 彼女の愛したこの国を土足で踏み荒らす者は悉く滅すると誓い、同時にこの事態を招いたアメリアも処分する事を決めていた。


 ――やはりオフルマズドを守れるのは自分しかいない。


 他に頼ろうとするからこのような事態を招くのだと、周囲への失望と共に目障りな侵略者を間合いに納め、とどめの一撃を――


 ――瞬間、聖剣から過去に経験のない程の強い警告が伝わる。


 アムシャ・スプンタは大きく目を見開く、一体何事かと考える間もなく気が付けばその体が吹き飛ばされ玉座の間の床を転がっていた。


 「な、何……だと?」


 訳が分からない。 何故なら自分がこのように無様に地を這う姿は全く見えていなかったからだ。

 視線をローへと向けるとある変化が起こっていた。

 魔剣だ。 柄から闇色の何かが伸びてローの胴体を侵食し、その一部を黒く染めていた。


 そしてその口から――


 「『Περσονα人格 εμθλατε模倣ψομπελ強制 ενψηαντ付与 Τηε ηερο οφ παστ■■ δαυς■■ 』」


 ――そんな言葉が紡がれた。

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