第569話 「獅子」

 入った先は玉座の間というだけあって広い。

 青い絨毯に船をモチーフとした旗が等間隔で壁からかかっており、奥は垂れ幕のような物で遮られ、見通す事が出来ない。


 ……居るな。


 見えはしないが気配がする。

 俺は無言で空間内を歩き、半ばまで来た所で足を止めた。

 理由は目の前で変化があったからだ。


 ゆっくりと幕が上がり、玉座が露わになるが――おや?

 確かに王は居た。 ただ、少し予想外の姿だったので驚いたのだ。

 どうもこの国のイメージカラーなのか白を基調とした所々が青い全身鎧で、さっきの連中が装備していた奴と同様にあちこちに魔石が嵌まっているが――多いな。


 デザイン性を損なわないように配慮がなされているようだが、胸部や腰に加工された魔石がパーツとして組み込まれており、随分と高級そうな装備だなと言った印象だった。

 腰には剣が一本ぶら下がっているが――……まぁ、今はいい。


 問題はその顔だ。

 王の素顔は人間のそれではなく、顔には取り囲むように立派な鬣があるライオンに似た造詣で、どう見ても転生者だな。


 「あんたがこの国の王で間違いないのかな?」

 「……如何にも。 我がこの選定真国オフルマズドを統べる王――アムシャ・スプンタである」


 ライオンは重々しく口を開く。

 それを聞いて俺は小さく鼻を鳴らす。


 「転生者の名前とは思えんが、あんたが王で間違いないようだな」 

 

 一瞬、影武者の類かとも思ったが奴の装備は明らかに他と趣が違う専用装備だ。

 こんな個性的な装備を身に着けた奴が影武者とは考え難い。

 ふざけた名乗りはスルーするが、王と言う事がはっきりすれば充分だ。


 「……まずは問おう。 何の目的で我が国へと攻め入った?」

 「テュケと言えば分かるんじゃないか?」 


 無視しても良かったが、時間が欲しかったのでお喋りに付き合う事にした。

 大した事がなさそうであるならそのまま仕掛けるつもりだったが、こいつは可能な限り万全の状態で仕留めたい。


 俺の答えにオフルマズド王――自称アムシャ・スプンタは小さく目を細める。


 「アメリアの足跡を辿ってきたか」


 ……アメリア?


 意外な名前が出て来たので内心で少し首を傾げる。


 「テュケのトップは入れ替わっていると思っていたが?」

 「否だ。 あの組織はアメリアあっての物、あの女が死ねば滅び去るのみ」

 「……ほぅ、やはりここに居たのか」


 そう言ったが内心では少し混乱していた。 アメリアが生きているだと?

 あの時、確実に仕留めたはずだがどうやって逃げたと言うんだ? まさか、あれは偽物だったとかか?

 手段に関しては大いに気にはなるが、ここにいるなら今度こそ仕留めればいい。


 だが、アスピザルの依頼を達成できていなかったというのは面白くないな。

 後で何かしらの埋め合わせが必要か。

 

 「有用であったから客人として迎え入れたが、外敵を招き寄せる毒婦であったか。 一応、聞いておこう、あの女を差し出せば素直に軍を引く気はあるか?」

 「その言葉を素直に信じるとでも?」


 仮にオフルマズドがテュケを差し出したとしても、それが本当と信じられる程俺はおめでたい頭をしていない。 それに、こちらの戦力を見せた以上はここの連中は皆殺しにすると決めていた。

 

 「今度はこちらの質問に答えて貰おうか? あんたらはこんな所に引き籠って何がしたかったんだ?」


 オフルマズドは規模としてはウルスラグナやアラブロストルに大きく劣るが、技術力等ではそう引けを取らないだろう。

 これだけの物を用意できると言うのならもっと規模の拡大もできたはずだ。

 

 ……にも拘らず、わざわざ国力に上限を設けている理由が理解できなかった。

 

 アムシャ・スプンタは沈黙。 む、これ以上は引き延ばせないか?

 出来るならもう少し引き伸ばしたかったが――


 「この世界に訪れる滅びに抗う為」

 

 おや? 答えてくれるのか。

 だが、アムシャ・スプンタの口から出た答えを聞いて内心でやや呆れる。

 またそれか。 どいつもこいつも終末論に染まりすぎじゃないか?


 「ここ最近、似たような話をよく聞くな。 あれなのか? この世界は近い将来に滅ぶ予定でもあるのか?」

 

 グノーシス、四方顔に続いてオフルマズドもか。


 「具体的に何が起こるかは知らんが、差し詰めここはシェルターとでも言いたいのか?」

 「その通りだ」


 即答。 それを聞いてなるほどと俺は考えた。

 要はその滅びとやらをやり過ごすのに都合のいい規模に抑えて戦力や規模の拡充を行っていると。

 つまりここが外部からの干渉に強かったのは、どちらかと言うと守り易い形を取る事を優先したと言う訳か。


 ……まぁ、それも中に入ってしまえば脆かったがな。


 ここの不自然さの一部に納得はしたが、全てにではない。

  

 「もしよければ具体的な内容を教えて貰えるとありがたいが?」

 「世界を呑み込む影が現れる」

 「……悪いが俺の頭で理解できるように説明して欲しいんだが……」


 アムシャ・スプンタは沈黙。 どうやらそれ以上を答える気はないようだ。

 どいつもこいつも勿体ぶる。 まぁいい、その時が来れば嫌でも分かるだろう。

 そしてそろそろお喋りも終わりか。 理由はアムシャ・スプンタの雰囲気が変わったからだ。

 

 明らかに戦闘態勢に入ったのが分かった。 これ以上のお喋りをする気はないと言う事だろう。

 まぁ、それならそれでいい。 ただ、最後に一つ、どうしても聞いておきたい事がある。


 「始める前に聞いておきたいのだが、あんたは魔剣に何か心当たりがあるんじゃないか?」


 俺の質問の意図が理解できなかったのか、アムシャ・スプンタから訝しむ雰囲気が伝わる。

 伝わらなかったか。 何故そんな質問をしたのかと言うと、さっきから――というより、こいつの顔を見た瞬間に魔剣から流れて来る魔力が増大した。


 同時に凄まじいまでの怒りが伝わって来る。

 どうも俺の腰にぶら下がっている魔剣は目の前のライオン野郎を八つ裂きにしたくて仕方ないらしい。

 ここまで極端な反応は初めてだな。 こいつの何が魔剣の気に障ったのだろうか?


 やはり、奴の腰にぶら下がっている剣が原因か?

 アムシャ・スプンタは俺の言葉の意図を考える気はないようで、剣をすらりと引き抜く。

 現れた剣は透き通った黒い刃に内部には文字のような物が瞬いていた。


 以前にウルスラグナで見たアレと色こそ違うが、デザインに共通点が多い。

 間違いなくアレだな。 聖剣だ。

 しかも以前にアメリアが使っていた時のように拘束されていない。


 垂れ流している魔力と雰囲気で紛い物や複製品にはとてもじゃないが見えなかった。

 明らかに本物だ。

 

 「理由は知れた。 最早、言葉を交わす必要はなし、オフルマズドに害をなす賊よ。 我が聖剣エロヒム・ザフキの前に斃れるがいい」

 

 聖剣か。 アメリアと戦った時にも感じたが得体が知れない以上、初手から全開で行く。

 時間も充分に稼げたし、さっさと死ね。

 俺は周囲に展開していた<茫漠>を解除。 そこには無数の円盤が回転しながら大量に展開していた。


 会話の最中にせっせと作っておいたのだ。

 その数は三百を越える。


 ――殺れ。


 俺が指示を出すと無数の円盤達が唸りを上げながらアムシャ・スプンタへと殺到した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る