第554話 「置殴」
解放した飽野は即座に再生させた羽を震わせる。
羽虫が飛ぶような耳障りな音が大音響で響き渡り、咄嗟に顔を庇った夜ノ森の全身に無数の細かい傷が刻まれたが、無視して突っ込む。
間合いを潰した夜ノ森の拳が繰り出される前に飽野は低空を高速で飛行。
瞬時に背後に回り、解放に合わせてスケールアップした刃で斬りつける。
入ったが手に伝わるのは硬い感触。
明らかにダメージが入っていない。 夜ノ森の装備も解放しているにも拘らず破損していない所を見ると、自分と同様の装備を使っているのだろうと飽野は分析。
なら剥き出しの部分を狙おうとして――咄嗟にのけぞる。
一瞬遅れて鼻先を何かが掠めた。 夜ノ森が振った腕だ。
それを見て飽野は内心で冷たい汗をかく。
明らかに自分の動きに付いてきていると悟ったからだ。 少なくともシジーロで遭遇した時点では飽野の夜ノ森に対する脅威度はそう高くなかった。
今までは鈍重な相手は当たらなければどうとでもなる相手だったし、面倒なので相手をする気もなかったので適当にあしらえばいいと高を括っていたのだ。
だが、逃げる事を許されず、スピードが徐々に通用しなくなってきている現状、飽野の脳裏には撤退の二文字が浮かんでいる。
それを内心で握り潰して高速で飛行。 ひたすら撹乱を繰り返して羽から斬撃や衝撃波を放つ。
彼女の羽は魔力を込めて震わせる事で風の攻撃魔法に似た現象を引き起こす事が出来るのだ。
振動のパターンを変える事で斬撃か打撃で使い分けられる便利な能力だったのだが――
斬撃は浅い傷しか作れず、打撃はガードを崩せない。
業を煮やして近寄れば鋭い攻撃が待っている。
飽野と言う女は戦士ではない。 何故なら彼女に取っての戦闘は一方的に安全な場所から攻撃するだけの作業であって、命を懸ける程の物ではないからだ。
命の危機があれば逃げだすので、尚更だろう。 その為、本人が戦闘経験と思っている物はただの結果でしかなく、彼女の血肉とはなっていないのだった。
対して夜ノ森はアスピザルと共に何度も死線を潜り抜け、命の危機も何度も切り抜けて生き延びて来たのだ。
二人の間にある最大の違いはその一点――所謂、戦う事に関する覚悟の差だろう。
だからこそ飽野には理解できなかった。 自分が一方的に攻撃しているにも拘らず、勝利するヴィジョンが全く浮かばない事に。
対する夜ノ森はじっと耐える。
飽野はひたすら羽を用いた衝撃波や斬撃で間合いの外から執拗に攻撃を仕掛け、反撃を許さない。
ガードを固め、魔法道具を使ってダメージを減らす。
スピードにはどうしようもない位の開きがあるので闇雲に仕掛けても無駄だ。
だから待ち続ける。 確実に当てられる時を。
出来れば解放される前に仕留めたかったが、使われる事は想定内だ。
夜ノ森は敵を見据え、機会を窺う。
攻撃を繰り返す飽野は若干ではあるが冷静さを取り戻しつつあった。
だがその反面、状況が見えて来る事によって焦燥感に苛まれつつある。
攻撃が通らない。 遠距離攻撃では仕留めきれない。
夜ノ森は石切程ではないが、転生者の中ではかなり頑丈な部類に入る。
その為、生半可な攻撃では致命傷になり得ない。 そしてお互い解放している以上、制限時間が存在する。 問題は景気よく攻撃を繰り返している飽野と動かない夜ノ森。
この状況で先に音を上げるのはどちらかと考えれば結果は火を見るよりも明らかだろう。
勝負に出ないと負けると飽野は察していた。 彼女の理性は繰り返し逃げろと囁く。
本音を言うのなら同意したい所だった。 基本的に飽野と言う女は勝負事が嫌いで、勝てる段階になってから出て来ると言ったスタイルだ。
仮に逃げ出したとしよう。 その後に何が彼女を待ち受けているのか?
勝敗にかかわらず、テュケは居場所を失う。
仮にこの防衛戦に勝利したとしても、逃げ出した者をあの王は許さない。
アメリアを連れて他所の国に逃げ出せば命は助かるだろうが、それ以外の全てを手放す必要が出て来るのだ。
オフルマズドは追手を差し向けてはこないだろう。 だが、この大陸での活動基盤を完全に失う。
特に今後の事を考えるとオフルマズドでの地位を失う事は緩やかな死を意味する。
その為、最低限の戦果を挙げた上で、この場を切り抜ける必要があるのだ。
隠れてやり過ごす事も考えたが、それが露呈した場合、即座に詰むので手も抜けない。
つまりこの状況を構成する全てが、飽野に逃げる事を許さないのだ。
大きく息を吸って吐き、攻撃を止める。
「あら? そろそろ逃げるつもりかしら?」
夜ノ森は攻撃が止んだのを見て挑発的にそう言い放つ。
「そうしたいのは山々なんだけど、逃げると後が怖いからここで決めさせてもらうわ!」
飽野はそう言って、最速の一撃を繰り出すべく意識を羽に集中。
高度を上げて地上を見下ろす。 視線の先に居る夜ノ森は静かに構えを取る。
――行く。
羽を全力で振わせ、今の自分に出せる最速で地上へと突撃。
どんなに夜ノ森の反応が良かろうがそれを越える一刺しで即死させる。
周囲に衝撃波を撒き散らしながら一気に肉薄。
夜ノ森は動かない。 それを見て飽野は内心でほくそ笑む。
行ける。 この最速の斬撃で一撃で首を落とす。 それで終わりだ。
瞬きの間に彼我の距離が――
――ゼロになった瞬間、夜ノ森の拳に打ち落とされた。
飽野は突っ込んだ勢いそのままに回転しながら近くの建物に突っ込み、次いで建物が耐え切れなかったのか崩落。 瓦礫の山となる。
夜ノ森は小さく息を吐く。 半ば賭けに近かったが勝てて良かった。
彼女は飽野を仕留める上で、どうしてもクリアしなければならない問題がある。
素早い相手を仕留めるにはどうしたらいいか?だ。
今までそれを考え、他からの意見を取り込んだ結果だったのだが――
「来る場所に当たりを付けて攻撃を置いておくって……」
これはハリシャのアイデアで、飽野の気性を聞いた彼女はそう言う手合いであるならば、全力を出せる場を作り、自分でも制御できそうにない速度を出させた上でカウンターを狙えばいいと助言。
どこを狙うかは完全に運任せだったが、飽野は戦闘経験がそこまで豊富ではない所を加味すれば、素直に急所を狙って来るだろうと考えたが大当たりだった。
飽野に余裕がなかった事と勝負を焦っていた事。
この二つの好条件もあって見事に決まり、結果的に自分のスピードで自滅したと言う訳だ。
夜ノ森は慎重に瓦礫の山に近づこうとしたが、念の為に近くに居たフューリーに砲撃を依頼。
魔導外骨格に装備されたスケールアップした銃杖の一斉射撃が瓦礫の山を吹き飛ばす。 済んだ後、更地になった場所を調べると鎧の残骸らしき物が見つかった。
中身はない。
当然だ。 転生者は死ねば消滅する。
「――ふぅ。 良かった」
同時に時間切れになったらしく体が縮んでいく。
強烈な脱力感に襲われながらも自分の出番はここで終わりかと夜ノ森は本陣に連絡を入れて転移魔石で撤退した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます