第517話 「薙払」

 「…………あんまり言いたくないんだけど、言葉選ばずに言うよ? 君馬鹿でしょ」

 「あぁ、そうだな。 お前馬鹿なんじゃねえか? 何を考えてやがる」


 俺が策を披露したが、それを聞いた二人の反応はこれだ。

 これ以上ない位分かり易く確実な方法じゃないか。 一体何が不満だと言うんだ?

 成功すればどんな図体の化け物でも確実に殺れる必勝の策だ。

 

 「だが、確実だろう?」

 「……そうだね。 急所である脳か心臓に当たる物を探し出して外から掘削して内部に侵入して破壊。 確かに中から探してたんじゃいつまでかかるか分からないし、さっきみたいに吐き出されたら無駄になるからね」

 「で? 正面から突っ込んで穴を掘ると? 頭大丈夫か?」

 「確実だろう?」


 もう一度そう言うとその場の全員が黙った。

 よし、反対意見が出ないようだし、早速具体的な話に移るか。

 

 「ま、まぁ、取りあえずその方向で行くとして、あれの急所ってどこだろうね?」

 「……首の付け根じゃねぇのか」

 「普通に考えたらそうなんだろうけど、あれって付け根どうなってるんだろう? そもそもアレって体とかどうなってるんだろうね? 頭が沢山あるからヒュドラの類かな?」

 「あれが蛇か?」


 確かヒュドラって多頭の蛇だろ?

 視線の先で圧倒的な存在感を放つ硬質なそれは蛇と言うよりはワーム状の甲虫を思わせる。

  

 「はは、確かに形だけなら蛇っぽいけど見た目を加味すると蛇には見えないよね」


 アスピザルはふむと考え込むようにじっと巨大な化け物を見つめる。


 「頭はいっぱいあるけど、明らかに急所じゃないし……怪しいのはやっぱり付け根の方だよね」

 

 それは分かり切ってはいるのだが……。


 「で? その付け根ってどこだよ?」

 

 ヴェルテクスの言う通り、困った事に奴の首が突き出しているであろう付け根が見えないのだ。

 恐らくまだ地底に存在するのだろうが、やはり地割れから下に降りるべきか。


 「ロー? 何をしようとしているか察してるから先に言うけど、地割れに飛び込むとか無謀な真似はやめてよね」

 「ん? 首を伝って行けば辿り着くんじゃないのか?」

 「……こいつマジで言ってんのか――」


 俺の返事が理解できなかったのかヴェルテクスは絶句し、アスピザルは渇いた笑みを浮かべる。

 

 「あ、うん。 言うと思ってたから説明するとね。 あの怪獣はさっきまで地底に埋まっていた。 ここまでは分かるよね?」


 まぁそうだな。


 「ダンジョンだと思っていたのはその体内。 そこまではいい? 次に今まで通って来た道を思い出してみてよ。 明らかにこの国中に広がる形で横たわってた形になるよね?」


 そうだな。 今まで通ってきた無駄に長い道のりを思い出す。

 地図で見た形状を思い出すと、アスピザルの言う通りそんな感じの体勢で眠っていたのだろうな。

 

 「……で、その状態で起きた訳だよね? 胴体部分が都合よく露出してると思う?」

 「つまりまだ完全に埋まっている可能性があると?」

 「少なくとも僕はそう見てるよ。 だから無闇に地割れから突っ込んでも下手すれば生き埋めにされる可能性があるからちょっと様子を見た方がいいかもね」


 そう言ってアスピザルが肩を竦める。


 「跳ね起きたあの化け物がどう動くかも見た方がいいだろ。 無闇に突っ込むのはアホのやる事だ。 何をするにしても出方を見てからでいいんじゃねぇのか?」

 「そうだねー。 無闇に突っ込むのはアホのやる事だからね。 アホのやる事だからね!」

 

 アスピザルがやたらとアホアホと強調するので、俺は小さく息を吐いて肩を竦める。

 まぁ、慌てて仕留める必要もないか。

 

 「分かった。 しばらく様子を見るとしようか」


 それでこの場は締めとなった。




 

 街から離れた場所で生き残りが集まった仮設キャンプのような場所で戦いの準備をしていた。

 正直、関わり合いになりたくなかったので、俺達は様子を見た後そのままスルー。

 他の気になる事と言えば逃げたアンドレア達の事だ。 連絡を入れると奴はさっさと荷物を纏めて安全圏に退避していたらしい。


 そうかからずドゥリスコスの部下と合流して持ち出した資材ごと回収されるようだ。

 アンドレアは商会重役の席を用意して貰えると嬉しそうだった。

 それなりの量のタイタン鋼を持ちだせたので受け取る予定のドゥリスコスも満足しているとの事だ。


 さて、これで特に要らない気を使う必要はなくなったな。

 そして目下最大の問題である目標は――のたうつ様に頭を振り回して街を盛大に薙ぎ払っていた。

 

 「すっごいなぁ。 見てよ、家が吹っ飛んだよ! うわ、二階建ての建物が百メートルぐらい回転しながら空を飛んでる!」

 

 アスピザルの言う通り建物が薙ぎ払われ、景気よく宙に舞っていた。

 これはもうエンティミマスは駄目だな。

 奴を仕留めたとしてもタイタン鋼の採掘量が死骸から取れる分だけに――あぁ、そう言えば消えるんだったか。


 いや、そう言えばディープ・ワンの死骸は中々消えなかったらしいな。

 やはり図体がでかいと消えるのに時間がかかるのだろうか?

 だとしたら仕留めた後も多少の猶予はあるかもしれんな。


 「ねぇ。 あの怪獣、暫定でいいから呼び方決めようよ。 いつまでも化け物や怪獣じゃ分かり難いでしょ?」


 破壊されている街並みを眺めていたら不意にアスピザルがそんな事を言い出した。

 

 「そうか、ならお前が考えろ」

 「あれ? ここは前みたいにローが決める所じゃないの?」

 「言い出したのはお前だろう?」


 俺がそう言うとアスピザルは黙る。


 「や、まぁ、僕が決めて良いの? 文句言わない?」


 ややあってそんな事を言い出したが、俺は肩を竦めた。


 「余程の物じゃなければな」 


 うーんとしばらく悩んだ後、思いついたのかぴっと指を立てる。


 「『ミドガルズオルム』なんてどうかな?」


 ……意外だな。


 オルトロスにタロウとか付けていたセンスを考えるのならもっと斜め上の名前が飛び出す物かとも思ったが、まぁ良いんじゃないか?

 確かでかい毒蛇か何かだったな。 蛇には見えないが形は似ているし問題ないだろう。


 さて、呼び方が決まったデカブツ――ミドガルズオルムは執拗に街を破壊し続けている。

 見た所、自分の上に街があるのが気に入らないと言った所か?

 あの調子なら今日中にはエンティミマスは更地になるな。


 逃げ遅れたのは避難して来た連中の数を考えると死んだ数は総人口の七割と言った所か。

 控えめに言っても復興は絶望的だろうな。 いやはや、何でこんな事になったのやら。


 ……あぁ、俺の所為か。 すまんな。


 悪いとは欠片も思ってないが。 

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