第512話 「主観」

 「……持ち主から剥がせない剣。 いつか聞いた聖剣の話と少し似ていやがるな」


 ヴェルテクスがぽつりと呟く。


 「あ、ヴェルもそう思った? こっちでは割とよく聞く話だよね。 伝説の聖剣、選ばれた者にしか扱えない聖なる剣だっけ?」


 アスピザルは俺の魔剣を一瞥。


 「でもローのそれを見る限り、選ばれた者にしか扱えないと言うよりは選ばれたらいつまでも付き纏われる感じだね。 前にちらっと言ってたけど、デメリットは例の声が聞こえるって奴以外はないの?」

 「……そうだな。 それと剥がせない事に目を瞑れば、使える武器ではある」


 何せどれだけ乱暴に扱っても壊れないからな。 ついでにメンテナンスも一切やっていない。

 寧ろ壊すつもりで使っているんだが――

 魔剣をちらりと見る。 刃はおろか、柄にも傷一つ付いておらず、手に入れた時と全く変わらない。

 

 「恐らく壊れないと言うよりは壊せない・・・・類の武器だろうよ」

 

 ヴェルテクスがそっと手を伸ばすが近づけた瞬間、魔剣からドス黒い光が威嚇するように漏れる。

 それを見て無言で伸ばした手を引っ込めた。


 「……出来れば調べたい所だがヤバすぎて触るのは無理か」

 「うわ、よくやるね。 僕なんて触るのも嫌だよ」

 

 アスピザルは若干引き気味だが、視線は魔剣から離れない。

 

 「ローはその剣についてどう思っているの? ヴェルもさっき言ってたけど聖剣との関係とか怪しさ満載だけど?」

 「知らんし、興味もない。 ただ、聖剣と同類かもしれないって話はあり得るだろうな。 聞いた話だがウルスラグナで活躍中の聖女とやらが見せびらかしている聖剣も本人しか使えないらしい。 ……まぁ、無関係とは考え難いな」


 精々、魔剣と同系統か複製品――いや、辺獄での連中に見せられた記憶を見る限り、聖剣の方が後発か? となると魔剣が原形と言う事になるが――調べようにもどうした物か……。

 実の所、手掛かりはなくはない。 他の辺獄の領域か手近な所でウルスラグナにあるもう一本の魔剣。 領域に関しては、バラルフラームは攻略済み。 ザリタルチュは恐らく健在だろうが、飛蝗に会うのは避けたいので消去法でこの大陸にある最後の一つ――オフルマズドの近くにある「アーリアンラ」と言う事になるが、位置が悪いな。


 聞けばバラルフラームにも尋常ではない強さのアンデッドが居たと言う話だ。 この様子だと残りの一ヶ所であるアーリアンラにもあの飛蝗と同格のアンデッドがいると見て間違いないだろう。 そう考えるとリスクが大きすぎる。

 

 「そっかー、ヴェルは魔剣に興味あるみたいだけど、僕はそのアンデッドの街って言うのに興味があるな。 真面目な話、僕達転生者は自身の事に無知すぎるからね。 最低限、転生とあの姿になるメカニズムだけでも解明しておきたい所だよ」

 「解明だけでいいのかよ? ジジイもそうだがお前等転生者ってのは別の場所から飛ばされて来たんだろ? 帰りたいとか言った望みはないのか?」


 ヴェルテクスの質問にアスピザルは馬鹿々々しいと手を振りながら鼻で笑って答える。


 「はは、ないない。 ローには前にも言ったかな? 同じ見解みたいだし改めて言うよ。 僕もローもね、とっくに・・・・死んでるんだよ・・・・・・・。 終わった向こうでの人生をどうやって続けろって言うのさ? そんな下らない事を考えている暇があったらこっちで死なないように立ち回る方がよほど建設的だよ」 


 アスピザルは笑みのまま言い切る。 俺にはそれが無理をしているようにも強がっているようにも見えない。 少なくともこいつは本気で日本への帰還を下らない事だと断じている。

 ヴェルテクスもそれを察したのか俺へと視線を向ける。 何だ?「お前もそうなのか?」とでも言いたいのか?


 「そうだな。 俺も概ね同意見だ」


 肩を竦めて、同意を示す。 何せ過去形で語って流せる程度の話題だからな。

 はっきり言って心底、どうでもいい。

 あのゴミ屑を想起させるからどちらかと言うと不快ですらある話題だな。


 「他の転生者は帰りたいとか人間に戻りたいとか馬鹿みたいな事言っているけど、あいつらは転生って言葉の意味理解してるのかな? 記憶があるだけで僕達は新しい人生を始めているのに、帰るとか言っちゃってるからさ。 はっきり言うけど、おめでたい頭してるなって心底思うよ」

 

 過去に何かあったのか奴の語り口にはやや怒りが乗っていた。

 察するに奴の言うおめでたい事を力説した奴がいたのだろう。 そう言えばと思い出す。

 グノーシスに居る蟻の転生者がそれっぽい事を言っていたな。 死ぬほど鬱陶しい奴だったし会話する価値もないので次に見かけたら即殺そう。


 ヴェルテクスは納得したのか触れるのは不味いと判断したのか、それ以上は特に追求しなかった。

 

 「アスピザルの言う事ももっともだが、問題はそのおめでたい連中が帰還や人間に戻すと言う胡散臭い餌に釣られて今後、襲ってくるかもしれんと言った所だ」

 「……テュケの連中か」


 連中はグノーシスと同様に転生者を積極的に取り込んでいる。 

 今後、どちらとも戦り合う事になる事を考えると割と避けては通れない問題なのかもしれんな。

 もしオフルマズドが当たりであった場合、それなりの数の転生者とも戦り合う事になりそうだ。

 

 「あ、や、ごめんね。 ちょっとそれ絡みで前に腹立つ事があって、えっと――」


 空気を悪くしたとでも思ったのか、不意にアスピザルが取り繕うようにそんな事を言い出したのでそれに乗っかるとしよう。


 「まぁ、魔剣は碌な物じゃないから手を出そうとは考えん方がいいな。 それより、さっきのゴキブリ――ブラトディアの事を考えた方が良いんじゃないか?」

 「そ、そうだね。 流石に驚いたよ。 単体での脅威度はそこまでじゃないけど、数が多いから一度捕まると不味いね」


 確かに数が多い上にそれなり以上に頑丈なので、殺される冒険者が多いのも頷ける話だ。

 

 「距離があるなら魔法で侵攻を食い止められるけど、足元から来られると流石に防ぎきれないね。 咄嗟だったけどさっきのやり方で上手く行ったし、僕が抑えてローとヴェルで焼き払うのが最適解かな?」

 「俺は構わんがそっちはどうだ? 大技だったみたいだし、連発できるのか?」


 魔剣は少しずつだが魔力を生成するので少し休めば魔力は回復する。 その為、間を置かずに攻めてこない限りは問題ない。

 ただ、ヴェルテクスの光線は明らかに燃費が悪そうだったので、無理をさせ過ぎるのは不味いのではないのかとも思ったのだが……。


 「舐めるな。 お前等の言う通り消耗は激しいが回復手段は用意してある」


 そう言ってコートを捲るとポーションと魔石が大量に縫い付けてあった。

 魔力を回復させる類の代物か。 この辺の備えを怠っていない所は流石だな。

 

 「うわ、そのポーション高級品じゃない? やっぱり金級ともなるとお金持ってるんだねー」

 「問題がないなら構わんだろう。 そろそろ出発するぞ。 今日中に次の分岐ぐらいまで進んでおきたい」


 俺が立ち上がると他もそれに倣う。 

 

 「分岐って後いくつぐらいある感じ?」

 「後五つだな。 次の分岐まではこのペースなら数時間と言った所だろう」

 「オッケー。 じゃあ今日のゴールはそこになるんだね」


 行程の消化は基本的に日の最初にどこからどこまでと決めて移動を行う。

 途中、魔物に遭遇した場合は位置を覚えて回収班に連絡を入れる。 このダンジョンの特徴として一度全滅させると次までしばらくのインターバルが出来るので、他に回収される前にアンドレアとドゥリスコスが用意した手勢に回収を行わせている。


 その際にギルドに提出する部位や装甲は分け、残りはこちらの取り分と言う訳だ。

 一応、アスピザル達には報酬を支払う約束をしているので儲けは分けるつもりだ。

 次に野営の場所に到着すると、交代で見張りを行い他が休むと言う形を取るが、どうせ俺は眠れないので大半を受け持つ事にした。


 アスピザルが流石に悪いと言っていたが、代わりに食事の取り分を増やせと言ったら納得してくれた。

 魔石を利用したランタンの灯りを囲むように休む者は眠りにつく。

 流石にどこからでも魔物が湧くので熟睡とは行かないが全員が慣れた物で、きっちりと短時間で疲労を抜く術を心得ているようだ。 


 今日も俺が見張りを行い、他は眠りについている。

 さっきまでトラストが起きていたが少しでいいから寝ろと強引に休ませた。

 ぼんやりとランタンを眺めていると不意にアスピザルが身を起こす。


 「やぁ、ちょっといいかな?」


 今度は何だ?

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