第511話 「蜚蠊」
「……というかさっきからミミズ擬きばっかりでいい加減飽きて来たね」
不意にアスピザルがぼやくようにそう呟く。
ネマトーダの襲撃が数十を超えたので、言葉通り飽きて来たのだろう。
ヴェルテクスに至っては欠伸をしている。
索敵系の魔法は通らないが、気配は消せてないので対処はそう難しくなかった。
特徴としては連中はダンジョンの壁や床の内部を移動しているようで、接近すると微かに振動が伝わる。
加えて出現地点の壁や床の形状が変化して隙間ができるので、予測も簡単だった。
もう最後の方は早く出て来いよと待っていたぐらいだ。
現在地は探索済みのエリアの半ばを過ぎた所だろうか。
あれから数日が経過しているのでペースを考えると中々順調と言える。
「うーん。 まだネマトーダとしか戦ってないから何とも言えないけど、これぐらいなら赤の上位の冒険者なら――というよりはあの防御を突破できる手段があるなら苦戦はしないだろうから、稼ぐ場としては悪くないんだけど――うーん。 何か引っかかるなぁ」
「何がだ?」
少し気になったので聞いてみると、アスピザルは釈然としない表情で首を傾げる。
「……ローはさ、ダンジョンに入るのって初めて?」
「いや、ウルスラグナで一度あるな」
「あぁ、確か一つあったよね。 あそこも未踏破だったかな?」
「そういえばそうだったな」
でかい花があるだけでとてもじゃないがダンジョンと呼べる代物ではなかったが。
まぁ、結果的にパンゲアという便利な作物の生産プラントが手に入った事を考えると宝はあったとも言えるか。
「そっちはどうだった? こっちと比べて何か気になる事ってない?」
巨大植物の腹の中と比べろと言われてもコメントに困るな。
まぁ、一応考えてみるか?
…………。
「特にないな。 向こうは奇妙な植物の巣窟だったが――こことの類似点を強いて挙げるなら精々、密閉された空間といった事ぐらいか」
両者を比べてはみたがそんな感想しか出てこない。
アスピザルは「そっかー」と曖昧な反応をするが、望む答えが得られなかったという風ではなくどうも歯切れが悪い。
「うーん。 何だろう、喉元まで出かかっているんだけどなー」
しばらく考え込むような素振を見せていたが、まぁその内思い出すでしょと呟いて黙った。
良く分からんが棚上げとしたらしい。 俺も奴の反応が少し引っかかったが思い当たる事もないのでそのまま先へ進むとしようか。
過去に探索済みのエリアの三分の二に来た所か。
そろそろゴキブリが出る頃だろう。
これまでの道のりを思い出す。 事前情報通り、蟻の巣にも似た構造で下に向かいながらも所々で分岐しており、広い空間に繋がっていた。 試しに入ってみたが広いだけで何もない空間で、少し待っているとネマトーダが湧いて来たぐらいか。
比較的浅い場所には他の冒険者も居たが、それなりに深い場所に来ると流石に見かけなくなったな。
アスピザルではないが正直、硬いだけのミミズ退治はいい加減飽きて来たのでそろそろ変化の一つも欲しい所だったが――
歩いていると地面に振動。 襲撃の気配だ。
他も気づいたようで戦闘態勢を取る。
「揺れ方が違うな。 例のブラトディアって奴じゃないか?」
「僕もヴェルに同意かな? 揺れる時の音が細かいから、数も多い感じだね」
俺も無言で魔剣を構えて身構える。
そして、床や壁、天井から平たいゴキブリに似た鉱物の外殻を纏った魔物――ブラトディアが噴出した。 そう噴出だ。 比喩ではなく噴き出すように湧き出てこちらに飛びかかってきた。
「うわっ!? すっごい出て来た! 気持ち悪っ! 取りあえず直近の敵はよろしく」
一定距離に近づかれる前にアスピザルが即座に魔法で防壁を展開。
視界を埋め尽くさんばかりの侵攻を食い止める。
既に防壁の内側に入ってきた個体や足元から湧いて来た奴は俺とトラストが即座に仕留めた。
確かに硬いが、小さい上にネマトーダと違い可動部分が多い事もあって比較的脆い。
「ごめんそろそろ防壁がきついかも。 何とかならない?」
ドーム状に展開した防壁がメタルカラーのゴキブリで埋め尽くされている。
「おい、合図したら防壁を解除しろ」
ヴェルテクスはそう言うと手を翳す。
その周囲に光の玉が無数に浮かび上がった。
……薙ぎ払う気か。
俺はそれに合わせるように魔剣を第二形態に変形させる。
俺の魔力を喰らった魔剣の刃が縦に割れてバチバチと黒い光を放つ。
ヴェルテクスが魔剣を一瞥して俺の背後に付く。 なるほど、正面の奴だけやれと言う事か。
「やれ」
ヴェルテクスが言葉を発したと同時に防壁が消失。
間を置かずに発射。 俺の魔剣から闇色の光線が迸り、同時にヴェルテクスの光球から白の光線が同様に発せられゴキブリを即座に焼き払う。
ゴキブリ共は俺達の攻撃に触れて数瞬は耐えたが外殻を突破されたと同時に蒸発。
掻い潜って来る者はトラストとサベージが叩き潰す。
そして――
「いや、前にも見たけどその光線すっごいね。 ヴェルも似たような事できるみたいだけどそっちは移植された部位の能力かな?」
――戦闘終了後、アスピザルが感心したように俺の魔剣やヴェルテクスの腕に視線を注ぐ。
「その剣には俺も少し興味がある。 確か以前はジジイの武器を使っていた筈だな」
「そう言えばそうだったね。 あのビームも撃てるすっごい掘削機でしょ? っていうか王都の知人って首途さんの事だったんだ」
アスピザルはともかくヴェルテクスも知らなかった事が少し意外だった。
首途から何も聞いていなかったのか?
「ジジイは上客であるお前の事だけは俺にも殆ど話さなかったからな」
なるほど。 奴なりの義理の通し方と言う訳か。
俺は内心で首途に対する評価を上げた。
「確か王都では普通に使ってたし、持ち替えたのはここに来る途中かな?」
……まぁ、特に隠すような事もないし構わんか。
「……話すついでに休憩にでもするか」
俺はそう言ってその場に腰を下ろし他もそれに続くが、トラストだけはそのまま周囲に警戒に入った。
さて、何から話すか……。
「こいつは魔剣ゴラカブ・ゴレブ。 辺獄で手に入れた。 その経緯なんだが――」
時間もあるし最初から説明する事にした。
フォンターナとアラブロストルの境界にあるザリタルチュとそこで起こったアンデッドの漏出。
それに伴い大規模な侵攻作戦が組まれた事。
辺獄内での戦い。 そしてあの街で経験した事と飛蝗の転生者について。
「――と言う訳だ。 このうるさい剣はザ・コアを吸収したので仕方なく使っている」
「いや、割とさらっと言ってるけど、結構ヤバい話だよね。 ……というか、アンデッド化した転生者? 死んだら消えるのにどうやったらゾンビ化なんてするのさ? 何よりそのアンデッドにローが負けたって言うのが信じられないんだけど」
「歯が立たなかったと言わざるを得んな。 信じられん強さだった」
正直、魔剣を手に入れた今でも勝てる気がしない唯一の相手だ。
そう言いきれるほど飛蝗の強さは隔絶していた。 奴と比べればあのクリステラですら弱いと言ってもいいレベルだ。
「でも転生者がアンデッドになるメカニズムは可能であれば解明したい所だね。 辺獄か……僕も一度調査に行きたいとは思ってたんだけど、当時はテュケから転生者は絶対に足を踏み入れるなって言われてたんだよね」
「何だそれは?」
初耳だな。 転生者を辺獄に行かせたくない理由でもあるのか?
「僕も良く分からないんだけど、あの場所は転生者にとって鬼門で一度入ったら生きて戻れないって話なんだけど……ローは何ともないんだよね?」
「そうだな。 二回ほど行って帰ってきたが特に体調に変化はない」
いや、一度目は邪魔なゴミ屑を処分できたので若干ではあるがすっきりしたな。
「うーん。 行かせたくない理由があるのか、本当に危ないかの判断が付かないなぁ。 ローだったから大丈夫って可能性もあるし迂闊には踏み込めないか」
アスピザルはやや思案顔だ。
さっきから黙っているヴェルテクスは視線を魔剣に向けたままだった。
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