第510話 「入口」

 ダンジョンの入り口はバンスカーの本部地下に存在し、巨大な扉で塞がれている。

 その前には準備を整えた俺、ヴェルテクス、アスピザル、トラスト。

 そしてその後ろに食料などを満載したサベージ。


 扉の脇に控えたアンドレアに俺は頷いて見せると奴は部下に指示を出す。

 奴の部下が扉の近くにある開閉装置を操作、ゆっくりと巨大な扉が音を立てて開く。

 

 「事前に打ち合わせた通り、俺達は最奥を目指す。 その途中で仕留めた魔物の回収は任せる」

 「お任せを。 事前に回収用の人員等はドゥリスコスさんの方から用意してありやすんで、問題ありやせん」 


 俺ができるなと付け足すとアンドレアはそう言って大きく頷く。

 これでいい、仕留めた魔物は放置しておけば連中が勝手に回収する。 ギルドへ提出する分は分けておくように言ってあるので問題もないだろう。


 適当に向かってくる奴を仕留めるだけの簡単な作業だ。

 扉の向こうは石造りの通路でやや狭い。


 「……まだダンジョンの中って訳じゃなさそうだな」


 歩きながらヴェルテクスが軽く壁を叩く。

 

 「ダンジョンの入り口に合わせて作った通路らしいからな。 大した距離じゃないからすぐに――」


 言っている間に足音が変化する。 石ではない、もっと硬質な物を叩くような音へと。

 同時に天井が高くなり空間が一気に広がる。

 石造りの通路には魔石による照明が設置されていたが、ここからはそう言った物が存在しないので真っ暗だ。


 アスピザルが即座に<火球>を作って周囲を照らす。

 

 「うわ、すっごいなこれ」


 壁から天井まで全てが金属――タイタン鋼とやらだろう。

 魔剣を抜いて地面を軽く突くが硬い手応えが返って来る。 引っ掻くようになぞると傷が付くので、破壊自体は可能だろう。


 「高さは十メートル前後って所かな? 壁から床まで全部タイタン鋼か。 横幅もあるし戦う分には楽そうだね」


 アスピザルの言葉に内心で同意しながら先へと進む。

 今の所は一本道なので迷いようがない。

 広い空間なので足音が妙に反響するなとどうでもいい事を考えながら歩く。


 しばらくの間は全員が無言だった。

 ヴェルテクスとトラストは特に気負った様子もなく黙々と歩き、アスピザルは周囲を物珍し気に見回している。 サベージはふんふんと鼻を鳴らして臭いを嗅いでいた。


 「流石に空調設備もない地下だけあってあっついね」


 確かに空気が籠っている所為か随分と蒸し暑い。

 アスピザルがそう呟いてからはしばらくの間、何も起こらなかった。

 あったとしたら楽をしようとした奴がこっそりとサベージに乗ろうとして振り落とされたぐらいか。 何故か俺に苦情を言って来たが無視した。

 

 時間にして数時間程歩くと分かれ道に出た。

 ようやく本番か。 情報によればそろそろ魔物の出現頻度が高いエリアだ。

 ヴェルテクスが微かに不快そうに眉を顰めたのが少し気になったが、ややあって俺もその理由に気が付いた。


 索敵系の魔法が通らない。

 熱、空気、気配、魔力等、一通り試しはしたが全て弾かれた。

 アスピザルも気づいたのか「索敵通らないのかー。 面倒だね」と呟く。


 マップに関しては大雑把だが頭に入っているので道に迷う事はない。

 俺は無言で道を選んで進み、他がそれに続く。

 

 ……それにしても――

 

 驚く程静かだな。

 これは単に人が居ないと言う訳ではないだろう。


 「音を吸ってるのかな?」

 

 恐らくそうだろう。 つまりここではいくら悲鳴を上げても遠くまで届かない訳だ。

 耳に入るのはお互いの息遣いと足音だけ。 視界はアスピザルの<火球>によって照らされた部分のみ。

 俺は夜目が効くのでもう少し見通せるが、それでも良好とは言い難い。


 変化のない道程なので少し退屈だなと感じ始めた所で示し合わせたように全員が足を止める。

 

 「――やっとお出ましか」


 ヴェルテクスがやや嬉しそうに口の端を吊り上げる。

 どうやら奴も退屈していたようで、歓迎するような空気すらあった。

 アスピザルは表情を消して周囲の気配を探るのに集中。 トラストは刀に手をかけながら無言で前に出る。


 地面が微かに揺れると同時に壁と天井から金属でコーティングされたような全長数メートルの巨大ワーム――ネマトーダが次々と生えて来た。

 数は全部で二十。 結構多いな。


 俺は即座に魔剣を第一形態に変形させ向かって来るネマトーダに突き出す。

 接触と同時に火花が散って強い抵抗にあうが、流石に強度で魔剣に勝つ事は不可能だったようで即座に屈し、挽き肉と化した。


 そんな調子で向かってくる奴を順番に捌きながら一つずつ仕留め、五匹目を磨り潰した所で振り返るともう終わっていた。

 トラストは装甲の継ぎ目を狙ったのか周囲に輪切りになったネマトーダが転がっており、サベージは掴んで引き延ばした後、装甲の継ぎ目の奥にある生身の部分を露出させて喰らいついたようだ。

 

 くちゃくちゃと言わせながら咀嚼して不味そうに装甲の欠片を吐き捨てていた。

 ヴェルテクスの周りには、絞った雑巾のような有様のもはや死骸と呼ぶには語弊がある代物が大量に転がっている。


 アスピザルはあははと苦笑い。


 「や、君達ちょっと強すぎない? 僕、殆ど出番なかったんだけど……」


 そう言いつつも仕事はしていたようで数匹のネマトーダが口から煙を吐いて死んでいた。 

 恐らく<火球>を口に放り込んで内部から焼いたのだろう。


 「は、硬いだけが取り柄の雑魚じゃねぇか」


 ヴェルテクスは拍子抜けと言わんばかりに死骸には見向きもしない。

 トラストは無言で周囲を警戒。

 サベージは死骸を喰っているが、装甲の欠片が入るのが不快なのか頻繁に齧っては吐き捨てていた。

 

 念の為に味を聞いてみたが、サベージは微妙と返して来たので、食用には向かなさそうだな。

 <交信>でアンドレアに仕留めた場所だけ伝えて先へ進む。


 「確かにヴェルの言う通り、硬いだけで大した事ないね。 ただ、冒険者を最も多く殺しているゴキブリ――ブラトディアと詳細が分からない人型が気になるけど、この調子で行けばそこまでは苦戦しないかな?」


 確かにアスピザルの言う通りだ。

 この面子なら簡単すぎて連携もクソもないな。

 その後も何度かネマトーダの襲撃があったが特に苦戦する事もなく撃破。


 楽勝過ぎたので他の面子の戦い方を観察する余裕すらあった。

 まずはヴェルテクス。

 手を翳すだけで終わっていた。 頑丈なネマトーダはご自慢の防御力を発揮することもなく絞った雑巾のように捻じられて即死していく。


 王都でも使っていたが見た所、空間ごと捻じっているのか?

 だとしたら対象の強度はあまり意味がないな。 ただ、無敵と言う訳でもなさそうだ。

 翳してから捻じれるまで少しのタイムラグがあった。


 恐らく特定の場所に設置してそこに敵をおびき寄せて仕留めているのだろうな。

 立ち回りに誘導するような動きがあった所を見ると間違いないだろう。

 

 次はアスピザルだ。

 奴はもっとシンプルな仕留め方だった。 引き付けて躱し、すれ違い際に口に<火球>を放り込んで内部から焼き殺していた。 見た所、ただの<火球>ではなくアレンジが加えられており、ネマトーダは口から焦げ臭い煙を噴き出していた。 恐らく弾けて終わりではなく内部で燃え続けていたのだろう。


 十秒足らずで動かなくなっていた。

 最後にトラストだが、装甲の継ぎ目に一突き。

 それで硬直して動きが止まった所を同様に継ぎ目を狙って刀を一閃。


 頭を落として仕留めて回っていた。 傷口から煙が吹いている所を見ると<拝火>だな。

 刀身に炎を纏わせて焼き切ったようだ。 この様子だとチャクラの習得は進んでいるようだ。

 血も出ないから一番綺麗に仕留めていると言えるだろう。


 ちらりと自分で仕留めたネマトーダを見る。

 頭部を始め接触箇所が完全に粉砕されて原型を留めていない。


 ……仕留め方が一番汚いのは俺か。

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