十六章

第502話 「入街」

 軽快に走るサベージの背に乗って俺はぼんやりと流れる景色を眺める。

 目的地であるエンティミマスまではこのペースだと一週間前後と言った所か。

 大陸中央部は故意に山岳地帯にでも入らない限り平坦な道が多く、移動がかなり楽だ。


 物資も路銀も揃えているので今の所、困る物もなく気楽な旅路となっている。

 天気もそこまで崩れてはいないし、幸先がいいのではないだろうか?


 さて、これから向かう場所だが――

 

 エンティミマス。

 こちらもチャリオルトと同様に明確な王制でもアラブロストルのような民主主義モドキでもなく、自治区と言う扱いに近い。 元々、商人と冒険者が交通の要衝を整備していく内に街となり、ある物の発見により爆発的に成長したという変わった経緯がある。


 目玉商品が鉱物と言う事を考えると鉱山か何かかとも思ったが違う。

 正解はダンジョンだ。 名称は「地虫の鉱床」で、その名の通り中では良質の鋼材が取れるのだ。

 武具は勿論、建材などにも需要がある。 良質なそれは飛ぶように売れており、毎日冒険者が採掘に潜って行くと言った場所だ。


 地形的に通り易いと言う事もあるが、ダンジョンとやらにも興味はある。

 以前にもダンジョンには行った事はあったが、あれは果たしてダンジョンと呼んでいいのだろうか?

 入ってみればでかい植物の腹の中だったからな。


 いい機会だ、まともなダンジョンとやらに一度行ってみようじゃないか。

 



 数日程の移動を経て、エンティミマスの管理区画に入ると道が綺麗に整備されているので分かり易い。

 街までそうかからないだろう。

 途中、資材の集積場のような物が散見されていたが、あれはエンティミマスとは別口か?


 建物が新しいし建物にアラブロストルのエンブレムが付いている。

 途中、すれ違わなかった事を考えると恐らく転移魔石で本国に輸送しているのだろう。

 ここ最近で実用化まで漕ぎ着けたのだろうな。


 碌に戦果を挙げられなかったが魔導外骨格の量産は続けるようで、資材をここで大量に買い込んではせっせと転移させているようだ。

 その証拠に物資の集積場にしては警備が厳重過ぎる。


 チャリオルト相手にあれだけの醜態を晒しておきながら、製造が中止にならなかったのはある意味凄まじいな。

 ディビルの話では今後現れるであろう外敵や魔物等の脅威に備え、軍拡が求められるとかなんとか言っており、派手に金を突っ込んでいるようだ。 その金を使って魔導外骨格と銃杖の新型開発を行っているらしいが――


 ……まぁ、聞く限り芳しくないようだ。


 そもそも発想自体が他所から持って来たものだし、運用のノウハウも圧倒的に足りていないのでここからどう発展させろと言う話だ。

 結局、既存の機体の強化や武装の刷新を図ると言った開発と言うには随分と規模の小さい事になっているらしい。


 だが、悲しいかな。

 健在であれば発展させたであろう国立魔導研究所は現在、オラトリアムまで吹っ飛んで行ったし、スタッフは残らず死んだか牢にぶち込まれた上に怪しい果物をたらふく食わされて依存症だ。 どっぷりと中毒にされたらしく逃げる気を起こしようがない状態らしい。

 

 そしてオラトリアムでは首途が嬉々として新型の開発に着手しているとか。

 工場に残されていた既存の分と作りかけの魔導外骨格は組み上げた後、ゴブリン用に改造して現在は重機として使用しているようだ。


 魔石で首途と話した時に随分と嬉しそうに聞かせてくれたのですっかり仕様に詳しくなってしまったじゃないか。 奴は終始上機嫌だったからあの調子ならしっかりと働いてくれるだろう。

 さて、奴も話していたが俺自身も戦り合って魔導外骨格の弱点は良く理解している。


 最も大きい弱点は動きの鈍重さと視野の狭さだ。

 現状、旧式では前者の弱点はどうにもならないが後者は改善の余地があった。

 何をしたかと言うと、操縦席を複座型に改造したのだ。


 当然ながらあのサイズでは人間なら一人しか入らないが、背の低いゴブリンなら二人まで行ける。

 ついでに腕を増設してメインの操縦士は普通に操作してサブの操縦士が、増設した腕の操作と死角のカバーを行うと言った物だった。ちょっとした二人羽織だな。 当然ながら扱いにやや慣れが必要な事もあり、技術を学ばせる為に教習所を開設。

 

 ライセンス制にして訓練を行わせる事により技能の向上を図っているようだ。

 ゴブリン達にとってはカリキュラム消化と試験合格により手に入る免許証を持っている事は一種のステータスらしく、試験を受けに来る奴が後を絶たないらしい。 聞けば休日は随分と賑わっているとか。


 そこでふと考えた。

 オラトリアムでは材料の調達はどうしているのだろうか?

 ちらりと物資の集積場を見るとダンジョン由来の鉱物が山となっていた。


 ……まぁ、必要になってからでいいか。

 

 俺はサベージに先に進むよう指示を出した。

 



 エンティミマスという場所は少々変わった立地をしており、村や街と言う概念がない。

 国土とされている場所全域に様々な店舗や家屋、ダンジョンへの出入り口などが存在し、その全ての総称をエンティミマスと言う。


 それでも一応の区切りは必要で東西南北と中央でエリア分けされている。

 東区、西区、中央区と言った具合だな。

 さて、当然ながら俺は北側から入ったので足を踏み入れたのは北区となる。


 この国は好き勝手に成長した結果、エリア分けこそされているものの整理されていないので様々な店が無秩序に立ち並ぶ混沌と化していた。

 サベージから降りて手綱を引いて歩くとそれが良く分かる。


 武器屋に道具屋、宿もあるが、この国の特性上、最も多い店舗は鍛冶屋だろう。

 どこを見ても視界に看板がチラつく。

 正直、武器は間に合っているから特に必要とは思わないんだが、適当に覗いてみるか?


 そんな事を考えていると――まぁ、俺みたいなあからさまに他所から来たのが丸分かりのお上りさんは格好の的だろう。

 露骨ではないが途中から間隔を開けて付いてきている連中が居た。 気付かれないように確認するが三人って所か。 スリは以前、獣人国で経験しているので流石に慣れた。


 連中はどうも動く前に獲物をよく観察する傾向にあるようだ。

 盗れるかの見極めをしていると言った所かな?

 以前と同じように適当に人気のない所に誘い込んで仕留めるか。 そう考えていると気配が増えた。

 

 何だ。 まだいたのか鬱陶しいな。

 厩舎付きの宿を探しながら歩いていると更に増えた。 北区の半ばに来た辺りにはさらに増殖して、恐らくは一ダースぐらいいるだろう。


 一人相手にこれだけの人数で来るとか採算が取れるのだろうかと考えていると、どうも事情が違うようだ。 明らかに一部の連中がお互いを牽制しているような動きを見せていた。

 それを見てあぁと納得。 要は別グループで獲物の取り合いをしている感じか。


 それで誰かが成功したら他がそいつを狙う訳か。 失敗したらその隙をついて仕掛けると。

 なるほど。 スリも大変だな。

 俺はそんな事を考えながら周囲に視線を巡らせた。

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