第497話 「帰路」

 「……し、死ぬかと思った」


 息を切らせたエイデンさんが思わずと言った感じで呟く。

 

 「い、いや、もうホント、勘弁してほしいわ」


 リリーゼさんも息も絶え絶えでそう言葉を絞り出す。

 僕は後ろを振り返るとちょうど街が砂か何かで出来ていたかのように崩れ落ち――溶けるように消滅した。

 魔剣を抜いた瞬間、街が一気に崩れ始めたので僕達は大急ぎで逃げ出す羽目になったのだけど――


 「何とか逃げ切れて良かった」


 何とか脱落者を出さずに街の外まで出られた。

 そのまま、待機していた皆と合流。


 「首尾よく魔剣とやらは手に入ったようだな?」

 

 エルマンさんがほっとした表情でこちらに来ていた。

 視線は僕の手にある魔剣に注がれている。

 僕が良く見せようとすると手で制された。

 

 「それがヤバい物ってのは良く分かるから、近づけるのは勘弁してくれ。 ……それで? 使えそうか?」

 「何とか使えそうです」


 意識を集中すると聖剣が力を貸してくれているのか、何となくだけど使い方が分かる。

 この剣には辺獄と外との境界を操る力があるようだ。

 それを使えば戻る事が可能だ。 ついでに戻る位置も大雑把だけど選べるが、外に面した場所にしか出られないのでユルシュルから離れる必要がある以上は少し移動する必要がある。


 それを説明するとエルマンさんは苦い表情を浮かべる。


 「本音を言うならすぐに戻りたい所だが、下手に元の場所に戻るとこの状態でユルシュルの連中と戦り合う事になるか――分かった。 移動しよう」


 方針が決まれば後は動くだけだ。

 全員は北西に向かって進む。 最低限ユルシュルの勢力圏の外に出ないと不味いからだ。

 各々、休んでいた者達が立ち上がり、動けない物には肩を貸し、ぞろぞろと動き始めた。


 辺獄は平坦な荒野なので移動はそう難しくはない。

 ただ問題があった。 辺獄種だ。

 バラルフラームから離れて少しすると、不意打ちのようにいきなり現れて襲って来た。


 僕達は負傷者を庇いながら何とか撃退していく。

 幸いにも街から出て来た騎士のような辺獄種は居なかったので強さはそこまでではなかった。 

 その為、比較的容易に退ける事が出来る。


 視線の先ではグレゴアさんとゼナイドさんが生き残りの皆を率いて、もう何度目かも分からない辺獄種の襲撃を返り討ちにしたところだった。

 グレゴアさんは辺獄から抜け出した経験があるのでそれが活き、的確な指示を皆に飛ばしてくれる。


 なるべく密集し、全方位に常に気を配り襲撃があれば即座に対応。

 全滅させた直後は少しの間、追加が現れないので休憩はその時に行う。

 ――等、彼の知識は僕達の行軍を大いに助けてくれた。


 そして数日の移動を経て安全圏まで移動出来た所で僕が魔剣を使用。

 こうして僕達は辺獄からの脱出に成功した。




 僕達が出た場所は騎士国と王国の境界から王国寄りに少し離れた所だった。

 流石にこの状態で王都まで帰還するのは難しいので近くの街へ向かい、負傷者の本格的な治療と、王都に連絡を取って人を呼んで貰う事になったので僕達はしばらくはゆっくりできそうだ。


 「調子はどう? クリステラさん」


 そんな訳で時間が出来たので僕はクリステラさんのお見舞いに来ていた。

 装備を全て外した彼女は動き易い服装で寝台に横になっており、その傍らには剣が立てかけてある。

 僕の姿を見て身を起こす。


 「聖女ハイデヴューネですか。 わざわざありがとうございます」


 彼女は小さく微笑んで迎え入れてくれた。

 僕は促されるまま、部屋に備え付けられていた椅子に座る。

 聞けば片足を失いはしたが、それ以外は特に問題はないとの事。 その足も王都に戻ればどうにかなるので移動は難儀しそうだけど心配はないそうだ。


 話を始める前に――

 

 「ところでちょっと聞きたいんだけど、クリステラさん。 あの時見た?」

 「…………えぇ、すぐに意識を失ったのでほんの一瞬でしたが」


 ややあってクリステラさんは僕の質問の意図を理解して頷く。


 「そっか、ならいいや」


 僕はそう言うと兜を外す。 正直、被りっぱなしって息苦しいんだよね。

 クリステラさんは少し驚いたような表情をするけど僕はいたずらっぽく笑う。


 「エルマンさん達には秘密にしといてね」

 

 そう言うとクリステラさんは笑みを浮かべて頷く。

 

 「まずはお礼を言いたかったんだ。 あの時、助けてくれて本当にありがとう。 クリステラさんが居なければ僕は間違いなく死んでたよ」


 あの時、斬られる直前の僕を救ってくれたのは彼女だ。 

 お陰で命を拾えた事に感謝を――そしてそれを言葉にしたかった。

 

 「いえ、貴女が無事で本当に良かった」

 

 クリステラさんの笑みに僕も同様に返す。 

 お礼を言いたかったと言うのもあるけど、もう一つ用事があった。

 正直、言い辛いけど――


 「もしかして他にも話があったのではないのですか?」

 「……気付いてた?」

 「いえ、そこまではっきりとは。 ただ、貴女が何かを言いたそうにしているように見えたので」

 

 よく見てるなぁ。

 僕の視線に気づいたのかクリステラさんは苦笑。


 「最近は話す相手の事をよく見るようにしているのですよ」

 

 クリステラさんは「今まではそんな簡単な事も出来ていなかったので」と自嘲する。


 「……うん。 エルマンさんに聞いたんだけど、その、辺獄で襲って来た――」

 「ジョゼの事ですね。 私の責任です、私が彼女をそうさせてしまいました」


 クリステラさんはそう言って目を伏せる。


 「責めたい訳じゃないんだ。 クリステラさん、このままだとずっと抱え込むでしょ? もしよかったら少し話してくれないかな? 僕にも昔経験があって、こう言うのは放っておくとあまり良くないって思うんだ」


 だから、人に吐き出して少しでも楽になるのならそうした方がいい。

 

 「……聖女ハイデヴューネ……私は――」

 

 僕は黙って待つ。

 こう言うのは急かす物じゃない。

 ややあってクリステラさんはゆっくりと話し始めた。


 「彼女――ジョゼ・オルティースは以前、私の身の回りの世話をしてくれていた娘でした」


 彼女は余り話すのが得意な方じゃなかったので、つっかえながらにはなったけど聞かせてくれた。

 かつてグノーシス教団の聖堂騎士だったクリステラさんには二人の世話役が居た。

 話題に上ったジョゼさんとその親友だったサリサさん。


 彼女達は献身的にクリステラさんに尽くしていたのだろう。

 その口調には感謝の気持ちが滲み出ていた。

 不意に彼女の表情に影が落ちる。


 「……それも今だから言える事です。 私には彼女達の献身を当然の事のように受け入れていました。 サリサは私の為に命まで捨て、ジョゼはあの一件で塞ぎ込んでいた所を必死に励ましてくれていたのに――!」


 それを顧みる事すらしなかった。

 クリステラさんはそう言って微かに嗚咽を漏らしながら手で顔を覆う。

 僕は何も言わずに黙ってそれを聞く。


 彼女の顔を覆った手の端から透明な雫が零れていたが努めて見ないように僕はその背をそっとさする。

 感情を吐き出す事は悪い事じゃない。

 きっとそれは彼女が前に進む為に必要な事だと思うから。 

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