第492話 「狂焉」

 羽を切り落とされたジョゼは驚きに目を見開き――笑みを浮かべた。

 切断された羽が即座に伸びて元に戻る。

 お返しと言わんばかりの斬撃。


 羽を切らせて隙を作ったのか。

 どうやら彼女はこれを狙っていたようだ。 仕掛けた私は体勢が崩れている。

 確かに上手い手ではある。 ただ――


 「なっ!?」


 彼女の剣の技量は低くはないがまだまだ未完成。

 その証拠に攻める剣筋は素直で分かり易いので、慣れれば簡単に見切れる。

 際どい所を見極めて最小の動きで躱し、鎧を掴み、そのまま彼女を背負って地面に叩きつけた。


 「……か……は……」 


 ジョゼの口から息が漏れる。 

 私は畳みかけようとして――彼女の目が妖しく光り体の動きが止まる。

 魔眼の類か。 鎧の付加効果で無効化。 破損が激しかったお陰で効果を十全に発揮できず、一瞬だけ動きが止められる。 ジョゼはその間に羽を叩きつけるように震わせて転倒した状態から回復。


 だが、動きに目が慣れた。

 離脱する前に斬撃を繰り出す。 狙いは剣を持った腕だったが、空いた腕を盾にして防がれた。

 浄化の剣がジョゼの片腕を切断。 彼女は特に苦痛を感じていないのか忌々し気に表情を歪めるだけで戦意に衰えはない。


 「まだまだあたしの力はこんな物じゃない!」

 「ジョゼ……もう止めませんか? これ以上は私もつら――」

 

 未練たらしく説得しようとしたのは逆効果だったようで、ジョゼの表情が更に歪む。

 怒りなのか呼吸が荒くなりギリギリと音を立てて歯軋りを始めた。


 「――この――か、は――」


 何か言おうとしたのか呼吸が乱れている所為で言葉になっていない。

  

 「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるうううううう!」


 ジョゼがそう叫ぶと身に着けていた全身鎧の色が灰色から羽と同じ黒に染まる。

 同時に胸部が開き魔石が複数露わになった。

 いくつもの魔石がそれぞれ異なる怪しい輝きを放ち、それがジョゼに何かしらの影響を与えたのか彼女の全身が鼓動するように脈打ち、切断された断面から腕が生える。


 それを見て思わず目を見開いた。

 生えて来た腕の表面が変化し始めたからだ。 白かった肌が瞬く間に黒く染まりパキパキと硬質な音が響いて鎧の籠手に変化したのだ。


 「……ジョゼ、その鎧は――」

 「えぇ、お察しの通り呪装カースド・ウェポンですよぉ、あなたを殺すには手段を選ぶつもりはありませんからねぇ!」


 呪装。 呪いのかかった装備と呼ばれる代物で分類的には魔法付与装備エンチャント・ウェポンと同じだが、その特性上そう呼ばれている。

 並の装備とは一線を画す性能を誇るが、それに見合った負担を持ち主に強いる恐ろしい物だ。

 

 身体能力を大きく引き上げるが五感を失う、強力な魔法を使えるが体の一部を失うなどの使用するに当たってかなりの覚悟が必要となる。

 ジョゼの使っている物は恐らく――鎧との融合。 肉体を鎧と融合させることにより能力の向上と再生能力を得たのだろう。


 そしてその代償は――恐らく彼女はもう、鎧を外す事が出来なくなる。


 「あタしは、あナたを殺しテ、サリサの仇ヲ取る!」


 私の見ている目の前でジョゼの顔が黒く染まり、形状が兜に変化していく。

 終わった後の彼女はもう、私の知っているジョゼの面影は欠片も残っていなかった。

 兜の奥から狂ったような意味を成さない歪んだ笑い声が響く。


 ――来る。

 

 背の羽が空気を叩いてその姿が霞む。

 さっきより数段速いが、動きは読めているのでその剣を受け止めるが――重い。

 明らかに先程より一撃の重みが違っていた。

  

 「――!――――ぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 もはや意味のある言葉を発せず訳の分からない何かを叫びながらジョゼは力任せに剣を振り回す。

 重く速い一撃ではあったが、その分雑になっているのが分かる。

 防具を失っているので、一度でもまともに喰らえば即死もあり得るだろう。


 ――だが――

 

 私はここで死ぬわけにもいかない。

 戦っている皆の為、そして帰りを待っているイヴォンの為に。

 結局、私は信じてくれたジョゼやサリサに少しも報いる事が出来なかったと内心で目を伏せる。

 

 こうなってしまった以上、これは私の罪だ。 何と罵られようとも後ろ指を差されようとも、あの時にイヴォンを助けた瞬間、私は道を決めた。

 だからそれを貫く為にジョゼ――私は貴女を切り捨てます。


 速いがさっきよりも動きが単調になった為、狙うのは簡単だった。

 大振りの振り下ろしを誘って最小の動きで回避。 隙が出来た所で剣を持った腕の関節を切断。

 宙を舞った腕が地に落ちる前に膝裏を撫でるように一閃。

 

 崩れ落ちる直前に羽で立て直そうとするが、それを許さずに首を刎ね飛ばした。

 鎧に侵食されたジョゼの頭部が辺獄の大地に音を立てて転がる。

 転がった頭部は視線を私に向けて――

 

 「ドウシテ――?」


 面頬の隙間から涙のようにドロリとした血が流れ、それっきり沈黙した。

 私は抉るような胸の痛みを無視してエルマン聖堂騎士に駆け寄ろうとするが彼は手で制止する。


 「お、俺の事はいい。 マーベリックの鳴らしている楽器のお陰か血は止まった。 後は自分で何とかする。 お前は聖女達を助けてやってくれ」

 

 私は頷きで応え、駆け出した。

 




 聖女ハイデヴューネ達と辺獄種の戦闘は凄まじい物だったらしく、地面に穿たれた破壊痕がそれを物語っている。

 生き残っているのは聖女ハイデヴューネ、マーベリック枢機卿、グロンダン聖堂騎士の三名のみだ。

 聖女ハイデヴューネはまだ大丈夫そうだが、鎧には無数の傷が入っており、動きから疲労が滲み出ていた。

 

 マーベリック枢機卿はもう体が半分以上消えかけており、全身の輪郭すら怪しかったが、懸命に楽器をかき鳴らし権能を使って二人を守り続けていた。

 グロンダン聖堂騎士は一番消耗が大きいようで肩で息をしている。


 辺獄種はまだ健在ではあるが出現当初の神速とも言える動きからは想像もつかない程、精彩を欠いていた。

 それでもその技の冴えは健在で、三対一と言う不利な状況にもかかわらず戦い続けている。

 マーベリック枢機卿が使っている権能は、間違いなく王都でジネヴラと名乗った枢機卿が使っていた物と同じ物だ。 あれはあらゆる攻撃を防ぐ鉄壁の盾の筈。

 

 あの辺獄種はどうやってそれを突破したと言うのだろうか?

 答えはすぐに出た。

 聖女ハイデヴューネの聖剣を躱し、体勢が崩れた所でグロンダン聖堂騎士が戦槌で仕掛ける。


 分かり易くはあるが堅実な戦い方だ。

 相手の攻撃は一方的に無効化できるのであれば尚更だろう。

 だが――


 グロンダン聖堂騎士の戦槌が辺獄種を捉えた瞬間、腋で戦槌の柄を挟み込んで捕まえたのだ。 

 障壁があろうと仕掛ける際に接触する場所には効果が働かないのは分かるが、それを完全に見切って捕まえたのか。


 「ぬぅ、しま――」


 言い終わる前にグロンダン聖堂騎士の巨体が宙に舞って地面に叩きつけられる。

 ああやって聖女ハイデヴューネの攻撃を躱しつつ反撃をしていたと言う訳か。

 改めてあの辺獄種の技量の高さに驚く。


 状況は膠着しているが決して勝ち目がないわけではない。

 私は浄化の剣を握る手に力を込めて、参戦すべく駆け出す足に力を込めた。

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