第461話 「撫斬」
一体何だったんだ? 正直、訳が分からなかった。
カンチャーナの居場所まで踏み込んだのはいいが、当の本人は訳の分からない事ばかり言って悪臭を垂れ流していた。
流石に鬱陶しかったので殴り飛ばして外に追い出したのだが……。
その後、打ち所が悪かったのか更に訳の分からない事を口走り始めたのだ。
何だったか……自分は美人だから世界中の男は自分に惚れるべきだ?……だったか?
言っている事がよく理解できず、女神だの女王だの図々しい奴だなぐらいの感想しか出なかったので、取りあえず思った事をぶつけると更に意味不明の事を喚き始めたかと思ったら常軌を逸した悪臭を放ち始めたので内心でカメムシか何かかと思いながら
権能持ちだから即座に復活して向かって来るかとも警戒したが、特に何も起こらなかったので内心で再度、何だったんだと訝しみながら刎ね飛ばした頭を拾い上げる。
本音を言えば臭いから触りたくもないのだが、流石に中身が中身なので放置しておけない。
取りあえず嫌々ながら耳に指を突っ込んで根を伸ばすと、予想通り経由して何かがこちらに侵入してきた。
流石にプレタハングの時に経験していたので驚かない。
入ってきた瞬間に体内の根で絡め取って捕食。 権能を奪う。
ついでに記憶も――
「――これは……」
驚いた。 こいつ体内に何人分の魂を保有しているんだ。
接触すると大量の魂が存在する事が分かった。
同時に納得する。 カンチャーナが今まで権能を維持できていた理由についてだ。
要は他人から魂を奪って燃料にしており、中に残っていたのは未消化分と言う事か。
確かにそうすれば一度、動かしてしまえば半永久的に使い続ける事が出来るだろう。
同時に奴自身の魂は無傷と。
なるほどと内心で頷く。 随分と面白い使い方だな。
さて、今回の一件で『色欲』の権能を得はしたが――これは『人格模倣』と併用すれば使えはするのだが、使いどころに困るな。
異性限定だが広範囲の洗脳能力。
俺が使った場合はそこまで出力が出ないので、密閉された空間ぐらいでしか使えん以上、微妙としか言いようがない。
……これは保留でいいな。
そう考えながら奪った記憶を検める。
カンチャーナの記憶を見る限り、今回の一件はラーヒズヤから聞いた通りだった。
四方顔の一部が悪魔召喚を行って失敗――いや、成功しすぎたというべきか。
ともあれ権能を使えるようになったカンチャーナの制御に失敗。
あっという間にこの有様か。
散々、振り回されたが蓋を開けると連中の自滅という詰まらん落ちまで付いていた。
後はラーヒズヤ達の処分だな。
ハリシャに<交信>で連絡を取ると村の連中をちょうど皆殺しにしたところだと言っていたので、待機するように言っておいた。
一応、他にも生き残っている村はあるようだが、特に接触もしていないしわざわざ潰す必要もない。 そして何より面倒だし放置でいいだろう。
後始末に関してはアラブロストルの連中に任せればいい。
念の為に国境に展開していた部隊の指揮官であるディビルにその旨を伝えてその場を後にする。
術者であるカンチャーナの死亡により、臭いが急速に薄まっていくのを感じた。 お陰で気分も悪くない。
この様子なら踏み込んでも問題ないだろう。
操られていた連中がどうなったか確認する為に南側の門を見に行くと人間が何人か転がっていた。
洗脳が解けて死体に戻ったと言った所か。
一応、肉体は生きているようだが魂が抜けている以上、放っておけば死ぬだろう。
問題ないと判断した俺は踵を返して北側の門へと戻った。
取りあえずハリシャを回収してサベージと合流するとしようか。
村へ戻るとそこは斬り刻まれた死体の山だった。
その中央で全身を血に塗れさせたハリシャが愉快そうに笑っている。
背からは奇妙なマジックハンドのような長い腕が四本生えており、その腕には人形の球体関節を思わせる物が二つ付いていた。
グロブスターによりレブナント化しているはずだが、背中から腕が生えている事以外は身体能力の向上や関節の可動域の拡大、筋力の増強などの人型を崩さない変異に留めている。
面白い事例だ。 いやと内心で理由を考えた。
恐らく人に近い状態でなければならなかったのだろう。
チャクラを扱う上で必要なのは恐らく人の形。
その為、ハリシャは人の形を逸脱しない姿となったのだろう。
しかも背のマジックハンドはどうやっているのか、引っ込める事も可能なので、人間に見えるから問題なく連れ出せる事を考えると中々の拾い物だったな。
俺に気が付いたハリシャは小さく頭を下げる。
「おぉ、ロー殿。 先程お伝えした通り、残らず撫で斬りにいたしました。 それで? 次は誰を斬れば?」
「今の所は斬るのはなしだ。 一度、アラブロストルへ引き上げる」
「なるほど、アラブロストルの兵共を撫で斬りにすればよいのですね?」
……何を言っているんだこの女は?
「引き上げるだけで戦闘はなしだ。 いいな?」
「そうですか。 ですが必要とあればいつでも私にお申し付けを、即座に撫で斬りにしてご覧に入れましょう」
釘をさすと、納得したのかハリシャはそう言って歪んだ笑みを浮かべる。
はて? こんな奴だっただろうか?
余りの変貌ぶりに内心で首を傾げる。
肉体と精神に変異は起こるはずだが、パーソナルな部分は元々持っていた物に準拠するはずだ。
……と言う事はこれはこの女が元々持っていた物で今まで抑圧されていたと言った所だろうか?
随分と楽しそうに人間を切り刻んだらしく、転がっている死体の状態を見ると地面を引き摺った跡がある。 恐らく、逃げそうな奴は真っ先に足を斬って動きを封じたのだろう。 その後、嬲り殺しにしたと思われる死体や死後も切り刻んだような物まであった。 明らかにやり過ぎだな。
まぁいいか。 指示には従うし、別に長期間連れまわす訳じゃない。
遊ばせとくのは勿体ないしドゥリスコスにでも押し付けて用心棒でもさせておくとしよう。
それかオラトリアムにでも送ってチャクラの検証にでも使わせればいい。
後の事は俺が考える事じゃない。 ファティマにでも投げておけば勝手にやるだろう。
取りあえずハリシャの全身を汚している血の洗浄と着替えさせて痕跡を消して下山。
麓で待っていたサベージと合流。 奴は何故か落ち込んだように沈んだ調子で現れたが……なんだ?
腹でも減っているのか? 後で何か食わせれば元気になるだろう。
動くのに問題はなさそうだし俺とハリシャを乗せてアラブロストルへ向かう。
途中、国境の様子が見えたが……何と言うか死体だらけだな。
カンチャーナの権能の影響下に入って同士討ちをし、その後ダメ押しとばかりに突っ込んで来たチャリオルトの連中に襲われてこの有様か。
接敵する前に数を減らされたのが痛いな。 権能に抗うには強力な護符の類でもなければ難しいだろう。
一応、対策は取っていたようだが不十分だったようだな。
最も被害が大きかったのは冒険者連中か。 通り過ぎる際にざっと視線を巡らせたが何人か知った顔が死体になって転がっていた。 アカラシュ達の仲間か。
当の本人は姿が見えなかったので、もしかしたら生き残っているかもしれんな。
考えはしたが特に興味もなかったので視線を国境から外して前に向ける。
今回の一件。 随分と振り回されたが終わるとまぁこんな物かといった感想しか出てこなかった。
取りあえずドゥリスコスの所で少し休むとしよう。
後の事は後に考えればいい。
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