第455話 「六刀」

 チャクラ。

 人体に流れる魔力の集まる点であり、増幅して外へと放つ出口。

 それを意識して魔力を練り上げれば構築といった面倒な手順を飛ばして魔力を扱えるといった大きすぎる利点がある。


 人体に全部で七つ存在し、それぞれが別の属性を司っている。

 四方顔の者達が操れるのは七つの内、最大で六つまで。

 そこまで至れた者も歴史を紐解いてもそう多くない。


 第一轆轤ムーラーダーラ・チャクラ

 これは身体能力を向上させ、他のチャクラとの繋がりを手繰る起点でもある。

 その為、技を修めるに当たって扱える事は最低条件だ。


 基本的に四方顔の技は第一轆轤と別のチャクラを同時使用する事で成り立っている。

 大半の者は第三、多くても第四で止まっているので、第一に加えて二から四のどれかを並行使用して技を放つ。

 傾向というだけで絶対ではないが、男は第三、女は第二と同時に使用する事が多い。


 第二轆轤スワーディシュターナ・チャクラ

 第三轆轤マニプーラ・チャクラ


 それぞれ水と火を象徴しており、第一により汲み上げた力を属性という色で染める事により、技が成立する。

 ラーヒズヤの目の前でハリシャが放った技は二種。

 <拝火はいか>――刀身に炎を付与する技で、所謂エンチャント。

 高熱を纏った刃は対象を斬るだけでなく焼く事もできるので殺傷力を大きく上げる事が出来る。


 単純に剣技だけではなく、当たれば相応のダメージを与えられるので技量の低い者から達人まで、誰もが多用する優秀な技だ。


 <七舌しちぜつ>――正式には<ぜつ>と呼ばれる技で刃に纏わせた炎を斬撃に乗せて放つ技で、一度に放つ斬撃の数で数字が増える。

 現状では七が最大値となっており、扱える者は<ぜつ>を極めたと言われる程、七は放つのが難しい。


 ――だが。


 ハリシャはそれを片手で、しかも<拝火はいか>との併用で同時に放って見せたのだ。

 合計十四の斬撃がラーヒズヤを襲う。

 ラーヒズヤの常識では信じられない攻撃だった。


 何とか凌ぎ切ったが、何度も放たれると躱しきれないと冷静に判断。

 ラーヒズヤの中で親としての考えと個人としての考えが鬩ぎ合う。

 刹那の間に彼は何度も考えた。 答えの決まりきった迷いを振り切って刀を握る手に力を込める。


 どうやって――いや、何されたかは不明だが彼女の戦闘力はラーヒズヤの技量では無傷で取り押さえるのは不可能と判断。

 両腕を切断して無力化する。 ラーヒズヤにとってそれは苦渋の選択だった。


 娘の未来を奪うに等しいその行いを実行せざるを得ない自分の力のなさに歯噛みするが、一度決めた彼の意志と体は自然と目的を果たさんと動く。

 そして彼の剣士としての冷静な部分が速やかに敵の動きを分析。


 突破口は即座に見つかる。

 手数は増えたが技量自体が向上した訳ではないので太刀筋が甘いのだ。

 その証拠にさっき放った<七舌しちぜつ>は狙いが定まっておらず、攻撃が散っていた。

 

 ならば斬り伏せることは不可能ではない!


 ラーヒズヤは覚悟を決めて木々の隙間から飛び出し真っ直ぐに突っ込む。

 目の前の娘の姿をした敵を斬る為に。

 

 「父上。 ようやくやる気になってくれたのですね! 私は今、ここであなたを斬る事で更なる高みへと至る事が出来ます! さぁ、私に斬られて高みへと至る踏み台になってください!」


 変わり果てたハリシャの言葉にラーヒズヤの胸が潰れそうになるほど痛む。

 才はあったが伸び悩んでいる事に彼は気付いていたからだ。

 時間をかければ解決できると信じていたが、ここまで彼女の心を蝕んでいるとは……。


 ラーヒズヤは内心で首を振って余計な思考を振り払い一気に間合いを詰める。

 

 「<拝火はいか>、<七舌しちぜつ>」


 拝火で威力を高めた七舌を両の手で繰り出す。

 合計十四の斬撃がラーヒズヤを襲う。

 拝火はいかで強化された斬撃は一撃でも当たれば戦闘不能は免れない。


 だが、飛んでくる軌道を見てやはりと彼は思った。


 狙いが散っている。

 真っ直ぐに飛んでくるのは十四の内、五。 これならばと意識を集中。

 最初に飛んで来た二撃を躱し、残りの三つを切り払い、距離を潰して間合いへ――入った。


 いかに見事な技を放とうと人である以上、人という形の制約からは逃れられない。

 技を放てば次まで間が出来るのは自明の理だ。

 未熟な娘よ。 我が一刀を以ってその目を覚ませ。


 ラーヒズヤの斬撃がハリシャの腕を切断せんと振るわ――

 そこでラーヒズヤは気が付いた娘の表情に。

 思わずそれを見て悪寒が背筋を駆け抜ける。 嫌な予感がしたので攻撃行動を中断。

 

 そしてその予感は正しく、咄嗟に身を捻って回避行動を取れたのは奇跡に近いだろう。

 何かが顔面を狙って飛んで来たからだ。

 それはラーヒズヤの頬を掠って通り過ぎ、同時に腹に衝撃。


 「……か、は……」


 吹き飛ばされる。

 地面を転がりながら何をされたと必死に思考を繰り返し、視線はハリシャの方へと向かう。

 理由はすぐに分かったが同時に目の前の光景を理解する事を彼の脳は頑なに拒んだ。


 それ程異様な光景だったからだ。

 

 ハリシャの背中から何かが伸びていた。

 一瞬、木の枝かとも思ったが違う。

 それは腕だった。 先端に五指を備えた腕――なのだろう。

 

 だが、異様な腕だった。

 背中から四本も伸び、明らかに彼女自身の背丈よりも長く、何故か関節が二つもあった。

 その関節も異様で球のような形をしており、それに繋がっている腕の可動域もまた異常。


 明らかに普通の曲がり方をしていない。


 「未熟ですね父上。 何故私が刀を六本も持っている事に疑問を抱かなかったのでしょうか? 相手をよく見ろと仰っていたのは父上ではありませんか」


 そう言いながらハリシャの背から生えた異様な腕は腰に佩いている残り四本の刀を抜いて構える。

 

 「それでもあの<七舌しちぜつ>を掻い潜って来るとはお見事です。 ですが、これは躱せますか?」


 六本の腕が斬撃の構えを取る。

 それを見てラーヒズヤの心に過ぎったのは絶望。

 何をするかを悟ったからだ。


 「四十二の斬撃をしっかりと味わってください」


 無理だ。

 思わず逃げようと踵を返そうとするが、ハリシャを放置する事は村を危険に曝す事になる。

 だが、次の攻撃を凌ぐのは無理だ。

 

 どうすればどうすればいい。

 葛藤は時間にして秒にも満たないが、選択肢を奪うには充分だった。


 「さようなら父上。 <拝火はいか>、<七舌しちぜつ>」


 自分を取り囲むように放たれた無駄の一切ない四十二の斬撃がラーヒズヤを襲う。

 

 「あぁ、ちなみにさっき狙いを散らしたのはわざとです。 少しは希望、持てましたか?」


 それを聞いて彼の脳裏には絶望の二文字が浮かんだ。

 

 ――そして――


 自分は何を間違ったんだろうと答えのない疑問が脳裏を掠め――


 ――彼の人生は幕を閉じた。


 一瞬前まで自分の父親だった細切れの炭の塊に冷めた目を向けたハリシャは小さく鼻を鳴らす。

 ハリシャという少女は家族を間違いなく愛していたが四方顔という場所に女として生まれた運命を呪っていた。


 女である以上、身体能力の成長は男より早い段階で頭打ちになると言われているからだ。

 それに女はここでは軽んじられる傾向にある事も彼女は知っていた。

 奴隷の娘達を買い取って何に使っていたのかを理解していたからだ。


 こうなってしまった彼女の記憶は四方顔や運命を定めたチャリオルトを呪い続ける。

 その呪いは彼女に力を与える。

 知人だった者達を縊り殺す為の力を。


 ハリシャは朗らかな笑顔で村へと向かう。

 その笑顔の下には自らの力を試したいと言った隠しきれない愉悦があった。

 主の命令と自分の意志で彼女は故郷を鏖殺する為に笑いながら歩を進める。

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