第449話 「選択」

 「……カンチャーナの怪しげな術は何故か女人には効果がない。 その為、女人はあの娘には従わん」

 

 ……ほぅ。


 察するに同性には効かんといった感じか。

 まぁ、連中の思考を考えれば強力な魅了と言った物だろうし頷ける話ではある。

 そういえば連中、男だけ攫って女は殺していたな。


 「なるほど、女に効果がないのは理解したが、なら何であんたは無事でいられるんだ?」


 この集落の近くは比較的ではあるが影響が薄いのは分かったが、それでも皆無ではない。

 ラーヒズヤが外で戦えていたのが疑問だ。

 

 「第五のチャクラを開ける者はある程度ではあるが抵抗する事が出来る」


 第五のチャクラ――第五轆轤ヴィシュッダ・チャクラは自浄作用や変化に対する抵抗力を上げる事に特化した場所らしく、そこから力を引き出せる者は魅了に抵抗できるようだ。

 

 「つまりここの連中は最低でも五までのチャクラとやらを操れると言う訳か」

 

 俺の言葉にラーヒズヤは力なく首を振る。


 「異変に気が付いてここに避難して来た者もいる。 その為、外に出られるのは拙者を含めて十数名と言った所だろう」


 ここの規模を考えるのなら厳しい戦力だな。

 聞けば他にもいくつか集落や村があったが、連絡が途絶えた所を見ると陥落したか連絡が取れなくなった――要は厳しい状況と言う訳だ。

 つまりもうここしか残っていないかもしれないと言う事だろう。

 

 ……なるほど。 口も軽くなる訳だ。


 仮にカンチャーナをどうにかできたとしても立て直しは無理だろうな。

 おかしくなった連中は十中八九正気には戻らない。

 何せどうやったのか魂を抜かれているからだ。 影響下に置かれているから生きているように見えるだけでアレでは最早死んでいるのと変わらん。


 そう考えるのならチャリオルトの人口は随分と減った事になる。

 これはどうにもならんだろう。 乗り切ったとしてもアラブロストルからの厳しい追及もあるだろうし、完全に詰んでいる。


 「ロー殿、情けない話ではあるが最早、四方顔は独力でこの事態を収める事はできぬ。 どうか……どうか、この事を外に伝えて何とか対策を」


 そう言って深く頭を下げる。

 僅かに体が震えているのは自らの無力に対する憤りからか。

 握りっぱなしの柄にも力がこもっているのが分かる。


 考える。

 ラーヒズヤの話は大変興味深い物だったので多少の骨は折ってやってもいいだろうという気にはなるが……果たして外に伝えた所でどうにかなるレベルの事なのだろうか?

 

 カンチャーナとかいう女を始末すれば今回の一件は片が付く。

 それが分かっただけでも大きな収穫だ。 背後に妙な連中が居ないと言うのも有益な情報だった。

 ただ、まだわからん事も多い。


 「……返事をする前に確認したい事がある」

 

 ラーヒズヤは無言。 さっさと言えと言う事か?

 勝手にそう解釈して質問を続ける。


 「カンチャーナの居場所はこの山の頂上でいいのか?」

 「う、うむ……恐らく御山の頂上にある本堂に陣取っていると思われる」

 「根拠は?」

 「あの娘の術はかなり広い範囲に影響を与えるが、あくまであの娘を中心として発生している。 つまりは――」

 「移動していれば影響範囲や効果に変化があると言う事か」


 ラーヒズヤは頷く。

 確かに北側――アラブロストル側に移動していればあの臭いがもっときつくなっているだろうし、逆に南側に向かっていれば薄くなっているはずだ。


 どちらも起こらず臭いの濃度が変わらん以上、動いていないという結論は納得のいく物だった。

 うーむ。 どうした物か。

 取りあえず適当に返事をしてお茶を濁そう――


 「父上」


 不意に外から女が入って来た。

 腰には刀。 長い黒髪を肩の辺りで適当に束ねている。

 顔は――まぁ、美人に分類されるんじゃないか? 悪くないパーツ配置だとは思う。

 

 「ハリシャか。 外の様子はどうであった?」

 「は、数名が村の近くまで来ておりましたので斬り捨てました」

 「誰かは分かるか?」

 「服装と動きから四方顔の者ではなく、恐らく拐かされた隣国の民かと」


 父上とか言っていたから恐らく奴の娘なのだろう。

 よくよく見れば顔のパーツに若干ではあるが類似点がある。

 娘――ハリシャは俺の方へ視線を向ける。


 「アラブロストルから来た冒険者のロー殿だ」

 「……ラーヒズヤの娘、ハリシャと申します。 お見知りおきを」

 

 そう言って小さく頭を下げる。


 「ローだ。 冒険者をしている」


 ハリシャの視線には値踏みするような色と――警戒している感じかな?

 ラーヒズヤより露骨だな。 奴は自然な動作で刀に手を置いているがこちらは明らかな警戒を隠しも――というよりは隠せていない感じか。

 

 まぁ、警戒ぐらいなら問題ないな。

 攻撃される訳じゃない。  


 「……ハリシャ」

 「っ!? し、失礼を!」


 ラーヒズヤの咎めるような低い声にハリシャは我に返ったようにビクリと身を震わせる。

 同時に緊張が解ける。

 俺は特に気にした素振を見せずに頷く。


 「……状況は逼迫しているが一刻を争うと言う事ではない。 今宵はここで休まれよ。 明日にでも先程の答えを聞かせて貰えれば助かる」

 「分かった」


 正直、少し考えたかったので時間をくれるのはありがたい。

 その後、食事をご馳走になって借りた布団に横になる。

 目を閉じて寝たふりをしながらぼんやりと考える。


 この後どうするのかをだ。

 正直、カンチャーナとやらを始末する意味合いは薄れた。

 奴の能力――恐らく権能は強力な物であるし、これだけの期間維持できている理由にも興味がある。

 

 ……が、別に俺がやらなくてもアラブロストルの連中はともかくグノーシスに任せておけば遠からず始末は付けてくれるだろう。


 連中はどう言う訳かアンデッドや悪魔に効果のある装備や技術を保有している。

 その為、犠牲は出るだろうが最終的には勝利を収めるだろう。

 明日にでも俺が連中に情報を流せば勝率は更に上がるのは間違いない。


 後は適当に知らん顔して旅立ってもいいし、終わるまでアラブロストルで高みの見物と洒落込むのもありだが……。


 ……まぁ、行った方がいいだろうな。


 奴がこの状態を維持している仕掛けも知りたいし、いい加減この不快な悪臭にも辟易していた。

 カンチャーナは元々奴隷女だ。

 戦闘技能はないようだし、恐らくプレタハングと同様に完全に能力頼みの戦い方になるだろう。

 

 権能の正体にも大よその見当が付いている。

 連中が愛がどうのだと言っている点を踏まえれば十中八九「色欲」だろうな。

 それにしても権能を使えるほどの悪魔を召喚するとは大した物だ。


 テュケやグノーシスのがそこまで漕ぎ着けるのに払ったであろう労力を考えると、一足飛びに成功している四方顔は随分と上手くやったと言えるな。 可能であればその辺のやり方も調べておきたい。


 ……ラーヒズヤ達には適当に言っておくとしよう。


 方針は決まった。 明日の朝を待って頂上を目指す。

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