第427話 「前倒」

 「色々とお願いをいたしましたが、我がオラトリアムは貴国との友好を願っています。 まずその事をご理解いただきたいのです」


 私――ファティマ・ローゼ・オラトリアム――オ・ラ・ト・リ・ア・ム!――は目の前の異形の存在に敵意がない事を伝えました。


 「……なるほど。 そっちの用件は分かったしローの名前を出されちゃ無下にはできねえ。 ……にしてもあの野郎、結婚してやがったとは隅に置けねえな」


 目の前の異形――カブトムシディコトムスに似た姿をした転生者、獣人国トルクルゥーサルブ国王、日枝 顕宗。

 場所はトルクルゥーサルブにある彼の居城の一室だ。

 先日の一件があって予定を数年単位で前倒す必要が出て来たのでこうして足を運んで直接交渉に臨んでいます。

 

 切っ掛けはロートフェルト様からの連絡でした。

 遠く離れた異国――アラブロストルでテュケとの関係を匂わせる施設を発見との連絡と、開発している魔導外骨格と転移魔石についての情報を得た私はその重要性にすぐ気が付きます。


 前者は割とどうでもいいですが後者の転移は私達のオラトリアムに必ず必要になると確信しました。

 その為、ただ潰すのではなく、丸ごと手に入れる事を考えなければなりません。

 付け加えるならロートフェルト様にお任せしてしまうと派手にやってしまうのが目に見えています。


 そうなってしまうと離れている私ではフォローが出来ません。

 ならばこちらに引き込んで処理を行えばいいだけの話です。

 都合のいい事にロートフェルト様の新たな配下にソッピースという飛行と隠形に長けた者が居たのでその者に転移魔石のサンプルとついでにフォンターナ王国の水稲を持って来てもらい複製。


 魔石内部に刻む術式が分かれば量産はそう難しくはないので、後は使用に耐える事が出来る魔石の問題さえクリアすれば何の障害もありません。

 もっとも、その魔石の調達が一番高いハードルでしたが。

 

 色々と試しましたが、かなり純度――要は不純物の少ない魔石でないと無理に刻んでも発動せずに砕け散るという結果に終わってしまいました。

 つまり、施設の転移を成立させるには高品質な魔石が大量に必要と言う事なのです。


 買おうと思えば可能ではありましたが、必要な量を考えるとオラトリアムの経済基盤に少なくない打撃を受ける事になります。

 そこで以前にロートフェルト様に聞いた話を思い出しました。

 大量の魔石を埋蔵している大渓谷の存在を。 


 キルギフォール大渓谷というトルクルゥーサルブの東に位置する、地面に走る巨大な亀裂の中には大量の魔石が地層のように存在していると。

 時間の余裕もなかった上、ロートフェルト様をお待たせする訳にもいかなかったので、精鋭で部隊を編成して森を強引に突破。 獣人国を刺激しない位置に簡易拠点を築き、工兵を送り込んで強引に魔石を採掘。


 かなりの力技にはなりましたが何とか必要な数を揃える事に成功。

 こうして、施設をオラトリアムの一角に引き込んで鹵獲すると言った作戦は成立しました。

 制圧に関してもマルスランという愚か者が余計な事をするアクシデントはありましたが、首途とロートフェルト様の合作であるスレンダーマンの活躍によりほぼ無傷で手に入りました。 成果としては上々でしょう。

 

 ……とは言っても一気に色々と行ってしまったので、数年は見るつもりだった計画を前倒す必要が出てしまいました。


 その為、こうして私自ら出向いて交渉を行っていると言う訳です。

 日枝王はロートフェルト様と親交があるので名前を出せば少なくとも話は聞いて貰えるはずだと事前に伺っていたので最低限の護衛を連れて挨拶に向かうとあっさりと通してくれました。


 流石はロートフェルト様の威光。 名前を出せば一国の王と言えどこの通りですね!

 さて、肝心の交渉内容ですが、まずはトルクルゥーサルブの東――要はキルギフォール大渓谷近辺を我がオラトリアムの領土として認めて貰う事。


 恐らくこれはそこまで難しい事ではないと思われます。

 何故なら彼等は魔石が埋蔵されている事を知らず、あの近辺は魔物も出ない上、渓谷以外には何も存在しない空白地帯だからです。


 「……まぁ、あの辺が欲しいってんなら構わんが、質問しても?」

 「えぇ、私に答えられる事であれば」


 日枝王の昆虫特有の無機質な視線が私を真っ直ぐに射貫く。

  

 「何故、あそこなんだ? 別に街や大使館の類を作りたいってんならトルクルゥーサルブの近くでもいい筈だ。 何なら隣接させたっていい。 ……それをわざわざ、あんな離れた場所に作ろうってんだからちょっと勘繰りたくもなるってもんだ」


 私は表情を変えずに微笑みます。 中々聡い虫ですね。

 油断できない相手だと少し評価を上げ、どう答えた物かと思案します。

 一応、ロートフェルト様と親交があるようなのであまり煙に巻くような事はしたくありません。

 

 場合によってはあの方の顔に泥を塗る事になりかねませんからね。

 かといって正直に話すのも少し躊躇われます。

 魔石の事を知った彼等がどのような反応をするのか今一つ読めない以上、正直に話しすぎるのも危険でしょう。


 下手に出過ぎて妙な要求をされても面倒ですし……。

 日枝王は答え難いと察したのか苦笑するように少し息を吐く。


 「悪い。 少し意地の悪い質問だったな。 ローは俺にとっても恩人で、その紹介で来ている使者相手に妙な真似をする気はねぇよ。 多分、あの渓谷にはあんた等にしか分からん価値があるんだろう? ならそれに関しては一切干渉しない。 見つけたのはアンタらだ。 あそこにある物は好きにしていいしグダグダ言う気はねぇよ。 ただ、知らないって言うのは後々問題になるかもしれねぇからこっそり教えて欲しいって事なんだが……駄目かい?」


 ……ロートフェルト様の名前を出された上、そう言われるとこちらとしても断り辛いですね。


 日枝王はパンと手の平を打ち合わせると、紙を用意した。


 「念書を書こう。 それでどうだ?」


 それを聞いて私は肩の力を抜きます。

 なるほど。 腹芸をする気はないと言う事ですね。

 そう言う事であるのならこちらとしてもやり易い。 少し胸襟を開くとしましょう。


 「分かりました。 正直にお話ししましょう」


 私はあの渓谷に魔石が埋蔵されている事と今後この近辺で魔石を扱った事業を起こす事等を簡潔に伝えると日枝王は感心したように頷く。


 「ほー、あそこにそんな物がねぇ……。 話は分かった。 街を作りたいなら好きにするといい。 その魔石って奴は当然こっちにも売ってくれるんだよな?」

 「勿論、価格の方は勉強させていただきますよ?」


 私が笑顔でそう言うと日枝王は愉快そうに笑う。


 「いいねぇ! 気に入った! どっちにしろ俺達が手に入れたとしても魔法関係の技術に疎いから宝の持ち腐れだ。 そっちで加工して売ってくれるのなら大歓迎だ! 通貨が違うからレートに関しては妥協しないんでそれに関してはとことん戦り合おうぜ?」

 「ええ、望むところです」


 話が一段落した所で護衛のディランに目配せ。

 ディランは小さく頷くと持ってきた土産の入った箱を日枝王に差し出す。

 

 「こいつは?」

 「我がオラトリアムの特産品です。 今後、こちらで売り出そうと思っている商品の試供品も兼ねていますので良かったらお納めください」


 箱を開けると数種類のフルーツと果実酒。


 「おぉ、美味そうだな! しかもジュースじゃなくて酒とは話せるねぇ」


 私は小さく頷いて微笑む。

 パンゲア由来の果物とそれで作った酒だ。 不味い訳がない。

 さぁ食して虜になりなさい。 そして顧客になって大量に買いなさい。

 

 これに関しては純粋に商品に対する自信から来ています。

 何せ小細工の必要がありませんからね。

 そしてそれは正しく、果実酒を飲んだ日枝王はその味を大層気に入り、売りだしたら絶対買うと確約してくれました。


 交渉成立ですね。

 ロートフェルト様! 貴方のファティマは頑張っていますよ!

 私は結果に満足しつつ内心で大きく頷きました。

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