第424話 「制圧」

 施設の一角で緑色の炎・・・・が吹き上がった。

 それを行ったのは敵の魔導外骨格でも味方のスレンダーマンでもなく――


 「はっはー! ここで手柄を挙げれば僕の名誉も挽回だ!」


 そう言って緑色の炎を纏ったハルバードを振り回しているのはマルスランだった。

 毒液交じりの炎は魔導外骨格を溶断しただけには留まらず飛び散った緑の炎は有毒な煙をまき散らしながら施設のあちこちを溶かしていく。


 それを見てグアダルーペと首途は呆然とする。

 首途に至ってはぽかんと開いた口が塞がらない状態だった。

 

 「……何故、マルスラン殿がこの作戦に参加しているのでしょうか?」

 「……儂もあないなアホを混ぜた覚えないぞ。 しかも施設を壊さんように気ぃ使うてやってたの台無しにしよって……何してくれとんねん」 


 どうやら勝手に参加して勝手に暴れているようだ。

 そもそも今回の作戦は首途と彼の手勢であるスレンダーマンのみで、それ以外の戦力は後方で待機との指示が出ていた。


 「はっはっは、エグイエグイ。 おい、嬢ちゃん見てみぃ、あのアホ一人で突っ込みだしよったぞ」


 声こそ笑っているが首途の視線には殺気すら籠っていた。

 この作戦はファティマとローから強引に取った仕事だ。 言い出したからには完璧にこなすつもりだった。

 それを台無しにされたので、首途の内心は穏やかではなく、握られた拳は軋むような音を立てる。


 グアダルーペは即座にファティマに報告して指示を仰いだが、行ってしまったものは仕方がないし、被害が出ている以上は拡大防止に努めよと仰せだ。

 最後にマルスランには後で出頭するように伝えなさいと言い残して……。


 <交信>が切れる直前、ファティマの声が微かに怒りで震えていたが、努めて気付かない振りをした。

 最悪、廃棄かなとグアダルーペはどうでも良さそうに考えてマルスランに連絡しようとしたが――


 視線の先でマルスランが突出して施設の奥へと向かっていく。

 スレンダーマン達がそれをやっていないのは作戦目的が施設の完全制圧だからだ。

 万が一にも取りこぼしを残さないように徹底的かつ施設の被害を抑える形で動いているからこそ、時間がかかっている。


 それを知らないマルスランはこのノロマ共めと内心で彼等を馬鹿にしながら最も大きな戦功をあげるのは自分だとほくそ笑む。


 ――少し遅かったようだ。


 突出したマルスランが重要施設と思われる場所に近づいた瞬間、複数の魔導外骨格がいきなり出現。

 どうやら魔法で迷彩をかけて待ち伏せていたようだ。 全機、大杖を構えて魔法の発射体勢を整えていた。

 同時に銃杖で武装した歩兵との一斉射撃。 魔導外骨格用にスケールアップした大杖はその破壊力を遺憾なく発揮してマルスランを吹き飛ばした。


 「はっはっは! あいつヤバいなぁ、勝手に突っ込んで勝手にやられとんぞ!」


 首途は手を叩いてひとしきり笑った後、他人事やったらあの手のアホは嫌いやないねんけどなと呟いていたが、口調から明らかに機嫌が悪くなっていた。

 グアダルーペは重い溜息を吐く。


 「……まだ生きているようなので回収をお願いしても? アレでもロートフェルト様が手ずからお創りになった同胞ですので……」

 「…………はぁ……しゃーないなぁ……」


 首途は渋々と言った感じで魔石で指示を出すとスレンダーマンの一部が吹き飛ばされて動かないマルスランを引き摺って回収。 即座に離脱する。

 

 「結局、あのアホは何がしたかったんや?」

 「………………」


 首途はマルスランの事情なんてこれっぽっちも知らない上に興味もなかったので一言で切って捨て、グアダルーペは多少だが察していたので馬鹿な真似をと内心で吐き捨てた。

 

 「ふん。 まぁ、ええわ。 気を取り直して……何の話やったっけ?」

 「……スレンダーマンの話だったのですが……別の話にしましょうか……」

 「はぁ……何かどっと疲れたなぁ」

 「……そうですね」


 二人はしばらくの間沈黙した。

 その視線の先では負傷したマルスランが引き摺られて戦線から離脱しているのを見て首途はどう言い訳した物かと嘆息。

 自分の所為じゃないしまぁええやろと前向きに考えた。



 

 

 「何だ!? 何なんだアレは! 素晴らしい! 素晴らしいぃぃぃぃぃ!!!」


 ハムザは狂ったように笑っていた。

 眼下に広がる光景とそれを作り出した存在達に興奮を隠せず、その目は狂気に染まる。

 それとは別で思考の一部はひどく冷静だった。

 

 銃杖を持ってはいるが明らかに連中とは別口と確信。

 運用方法――思想と言ってもいい物がハムザの知る者達とは余りにもかけ離れていたからだ。

 そう考えると答えは自ずと現れる。


 恐らくこの施設を襲っている者達はハムザ達――アラブロストルに技術供与を行った者達と敵対、もしくは何らかの形で対立している組織だ。

 この大陸で暗躍しているテュケという組織は何らかの目的――彼等は探求と言っていたが――の為に動いている。


 ハムザはそのテュケでさえ、巨大な何かの一部であると言う事は察していた。

 だが、彼にはそんな事はどうでも良かったのだ。

 好きな事を好きなだけ研究できる環境と資金さえあればそれで満足だった。


 そして目の前に凄まじい引力を発して彼の好奇心を刺激する者達が存在する。

 ハムザの頭からは施設や襲われているであろう同僚の安否については綺麗に消え去り、縦横無尽に暴れている存在達を調べたくてたまらなかった。


 次々と自分が手掛けた作品があっけなく粉砕されているのを見ているにも拘らず彼の胸中には興奮以外の感情は湧き上がらない。

 

 「可動部分である関節が脆いのは分かり切っているがああも容易く……そうか、弾に魔石ではなく鉱物を使用しているのか! なるほど、下手に魔法を使うより効果的か。 それに無駄が少ない」


 確かに魔石を利用した弾丸は様々な効果を発揮し、どんな状況にも柔軟に対応できるだろう。

 封入する魔法を変えれば殺傷や無力化とやれる事の幅は広いが、命中から内部の魔法を解放するまで若干だが間がある。 こうして客観的に見てみるとまだまだ無駄が多いとハムザは考える。


 運用の蓄積が足りていないのは良く理解していたが、必要なのは精々数種類。

 殺傷と無力化の二種程度に弾の種類を絞るべきだと考える。

 魔導外骨格の粉砕された部分を観察、弾の材質は何らかの鉱物かと当たりを付けた。


 単純に物体の破壊のみを行うのなら弾は鉱物で充分だし何より安価だ。

 そう考えてハムザは襲撃者の装備開発者の発想に感心する。


 「知りたい。 あの存在達の秘密を知りたい!」


 全てがどうでも良かった。

 彼の思考の大半はあの謎の存在達の正体と秘密を探る事に占められており真後ろに現れたイフェアスの事にすら気が付かない。


 そして後頭部を殴りつけられて崩れ落ちたハムザは意識を失う直前まで、襲撃者――スレンダーマン達から目を放さなかった。

 どさりとその場で意識を失って倒れたハムザをイフェアスは無感動に眺める。


 意識を奪うだけに留めたのは服装をみて身分が高い者と判断したからだ。

 上位の職員は可能な限り捕縛するように指示を受けていた彼は部下に連絡してハムザの回収を命じ、部下が来た所で身柄を渡してその場を後にした。


 その動きに微塵も油断はない。

 彼は自らの経験と知識に基づいて行動する。

 勝利を確信しているが、自分達の主は完璧な仕事を求めている以上、手を抜く事はあり得ない。


 イフェアスは周囲を確認。

 戦闘の音は減り、散発的な物となっている。

 外に配置された敵戦力の掃討がほぼ終わったと判断。


 内部の制圧に移行せよと部下に伝えて自らも加わるべく向かって行った。



 その後にアラブロストル国立魔導研究所で起こった出来事はもはや蹂躙と言って良い物だった。

 半数が施設を包囲し、残りの半数が施設の制圧を行う。

 対する防衛側は主戦力たる魔導外骨格を早々に失い、もはや抵抗する力を失っていた。

 

 職務に忠実な兵たちは何とか職員だけでも逃がそうとはしたが、スレンダーマンの探知能力と視野の広さは一切の逃走を許さず、次々と屠られて行く。

 銃杖で撃たれた者、肩に装着されたヒューマン・センチピードで食い千切られた者、量産型クラブ・モンスターや量産型ザ・コアで原型を留めない程に粉砕された者と誰一人としてまともな死に方をした者はいなかった。


 戦闘員の大半を殺されてしまい、非戦闘員の技術者たちは逃走か降伏かの選択を迫られる。

 前者を選択した者は補足されたと同時に即座に皆殺しにされ、後者を選択した者はその場では殺されなかったが……。

 

 スレンダーマン達は忠実に与えられた指示に従う。

 捕虜は最低限。 それ以外は皆殺しにしてしまえと。

 イフェアスは十数人程いれば問題ないと判断して他は処分するように指示。


 命乞いする声を無視して実行。

 その後はもはや作業でしかなかった。

 施設内を徹底的に探索、捕虜は既に取っているので生かしておく必要はないので捕まえて外に放り出した後に処分。 理由は施設が血で汚れるからだ。


 戦闘が終了した事により後続のサブリナやディランの部隊が合流。

 死体の運び出しや捕虜の移送を行う。 特にひどかったのは居住区だろう。

 次々と住民が引きずり出された後、殺されてしまい近くに積み上げられる。


 その夜、国立魔導研究所の近くには死体の山が築かれる事になった。

 彼等の死体は貴重な肥料や餌としてオラトリアムの発展に寄与する事だろう。

 こうしてアラブロストル国立魔導研究所はこの世から消えてなくなった。

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