第421話 「襲来」

 状況に変化があったのは人員の確認と魔導外骨格の全機起動、戦力の展開が済んだと同時だった。

 

 「敵襲です。 数は九十から百。 ここを薄く包囲して徒歩で接近しています」


 報告を受けたハムザはやはり来たかと思う。

 転移が人為的な物である以上、妙な所に移動させて孤立させて終わりなんて事はあり得ない。

 必ず施設の制圧を狙うだろうと言う事は良く分かっていた。


 だが、彼には解せなかった。

 ここまで周到な準備を行って来た連中がたかだか百程度の戦力でここを攻める?

 魔導外骨格の存在を知らない訳がないにも拘わらずあの数。


 理由を考えるならそれだけしか用意できなかったか、それで充分かのどちらかだ。

 ハムザは考える。 

 謎の襲撃者らしき存在に不気味な物を感じていたが、どちらにせよ交戦は避けられない。

 いっそのこと先手を取るか? 施設の外で遠距離攻撃系の魔法は使えないが銃杖は使える。


 本来、ハムザは戦闘に携わる人間ではないが、ここにある武器の性能は誰よりも熟知していた。

 その知識を基に考える。

 先手を取るべきか相手の出方を見るべきか否かを。

 

 「警備隊長!」

 

 声をかけると近くで控えていた大柄な男が大股で歩いて来る。


 「どうされました所長?」

 「君はこの状況をどう見る?」


 考えたがハムザは自分の分を超えた事だと判断して相談する事にした。

 警備隊長もハムザが何を言いたいのかを察して小さく唸る。


 「一応、部下に銃杖で狙わせてはいます。 射程に入るまで少しありますが……」

 「君はどう見る?」

 「ここを落とすには数が少なすぎる事が引っかかります。 俺なら最低でもあの二十倍の数を用意しますね。 正直、かなり不気味なので先手を取らせて手の内の一部か最低でも装備だけでも見ておきたいですが……」


 警備隊長も攻め手の少なさに異様さを感じていたのだろう。

 ハムザと同様にどうした物かと判断に迷っているようだ。

 

 「戦闘に関しては私は専門外だ。 仕掛ける判断は君に任せる」

 「……分かりました。 射程に入ると同時に仕掛けます。 相手が普通であるなら近寄る前に全滅させる事は可能だと思われます」

 「君の判断を信じる」

 

 ハムザは頼むぞというと警備隊長は大きく頷いてその場を後にした。

 通信魔石は施設の外には不通だが、施設内では使用可能だ。 警備隊長は魔石で施設内の部下に連絡を取りながら、近くに居る者にも同様に指示を飛ばす。

 彼の部下達はその意を受けて散って行く。 各所へ伝達に向かったのだろう。


 それを尻目にハムザは建物の上へ向かう。 

 少しでも正確に状況を確認したかったからだ。

 屋上に出る。 周囲は暗いが施設に設置した魔石を利用した照明のお陰で輪郭ぐらいは確認できた。


 目を凝らすと確かに施設の周囲に近寄って来る人影が複数。

 確かに居る。 ハムザは身を乗り出して目を凝らす。

 距離の所為で姿ははっきりと見えないが確かな足取りでこちらに向かってきている。


 その迷いなき歩みにハムザは不安を覚えた。

 いくらなんでも堂々とし過ぎているからだ。

 こちらの装備の情報を知らないのかと疑問に思うが不安は消えない。


 彼はさっさと射程に入ってやられてしまえと念じる。

 視線の先に居る人影はどんどん近づき、後数歩で射程に入るという所で――


 「!?」


 影の姿が消えた。

 その光景に目を見開く。 いや違うとハムザは必死に視線を巡らせるとすぐに見つけた。

 影たちは地面を滑るように移動している。


 「速い……なんだあの速度は!?」


 自己強化系の魔法? いや違うとハムザは即座に否定。

 明らかに人間の動きじゃない。 魔法道具の類かと即座に当たりを付ける。

 そして加速したのは銃杖の射程に入る手前。 明らかにこちらの武器の性能を熟知している動きだ。


 ハムザは冷や汗をかく。 嫌な予想が当たりそうだったからだ。

 つまり襲撃者はあれだけの戦力でここを落とせると判断している。

 

 「……一体何者……いや、どこの国……か」


 急接近によりこちらの照明が照らしている範囲に飛び込んで来た所でその全貌が露わになる。

 その姿は異様な物だった。

 黒い全身鎧に硬質的な意匠だが、所々に歪な物が取り付けられている。


 左右の肩甲骨の部分から筒のような物が飛び出しており、片腕――肘から肩にかけてが異様に盛り上がっている。

 個体ごとに膨らんでいる腕が違うのは利き腕の問題だろうか?

 それぞれ武装しており、巨大な鋏に見える物や刃が丸い鋸のような物と多種多様な武器を持っていたが一部見覚えのある代物を持っている奴が居た。


 ――銃杖。


 ハムザの記憶にない形だが紛れもなく銃杖だった。

 

 「……あれは……と言う事はあの連中の差し金? だが、何故……」

 

 発射の機を外されて慌てて発砲するが当たらない。

 <照準>と併用した銃杖はほぼ必中だ。 だが、発射の直前に高速で移動して術者が設定した軌道から大きく外れれば命中はしない。 襲撃者達は<照準>も計算に入れて機動性を隠していた。


 明らかにこちらの手の内を見越した上での挙動だ。

 発射の機を外した高速移動の秘密は連中の踵にあるものだ。 火花を散らして高速で地面を削りながら何かが回転している。

 恐らくあれで移動しているのだろうとハムザは確信。


 あんな速度を出してどうやって体の均衡を維持しているんだ?

 少なくともあんな使い方をしたら即座に転ぶ姿が目に浮かぶが、どう言う訳か襲撃者達はしっかりと安定した姿勢で真っ直ぐ突っ込んできている。


 施設を囲んでいる塀に近づいた所で襲撃者の肩甲骨の筒から黒い何かが噴出。

 疾走の勢いそのままに跳躍。 異様なまでの高さと滞空時間を経て塀を飛び越える。

 ハムザは跳躍の正体を看破。 あれは跳躍ではなく飛行だと。


 「す、凄い。 あの移動用の魔法道具に飛行……術式は未だに安定しない物しか出回っていないというのに……いや、それ以前に魔力はどうやって賄っているんだ?」


 彼にはどうやってあの存在達を成立させているのかが理解できなかった。

 職業病とも言えるその好奇心に一瞬、我を忘れる。

 だがその間にも事態は動く。


 施設の防衛に付いていた魔導外骨格達が重たい音を立てて次々と前に出る。

 各々、巨大な専用武器を構えて迎え撃つ構えだ。

 ハムザはそれを見て駄目だと顔を歪める。


 魔導外骨格は優れた武具ではあるが無敵ではない。

 当然ながら欠点はある。

 まずは動きの鈍重さによる旋回性能の低さだ。 一定以上の速さの相手には苦戦を強いられる。

 

 その頑丈な装甲と重量で大抵の相手は押し切れるが、ハムザには嫌な予感しかしなかった。

 あそこまで完璧に銃杖の対策を練っている以上は魔導外骨格に対しても何かしらの突破手段を用意しているのではないかと。

 そしてその予感は即座に現実となる。

 魔導外骨格が巨大な大剣を振り下ろすが、襲撃者は慣れた動きで即座に左右に散って回避。


 次の瞬間には背後に回り込み、同時に手に持った武器で膝裏を攻撃。

 高速で回転する鋸と鋏のような奇妙な武器で脚部が即座に破壊された。

 両足を失った魔導外骨格は崩れ落ちて倒れた。


 ハムザは目を見開く。 速い、速すぎる。

 もしやとは思ったが本当にあっさりと無力化して見せた事に驚愕する。

 襲撃者の攻撃はそれで終わらなかった。 足を破壊した者達は即座に次の獲物へと移動。

 

 別の者が足を失って動けなくなった魔導外骨格へと飛び乗ると槍のような物を叩きつける。

 次の瞬間、槍の先端から凄まじい衝撃音が連続して響く。

 何がと目を向けるハムザはその仕組みに気が付いた。


 先端に付いていたのは刃ではなく杭でそれを連続して撃ち込む事によって装甲を削り落としているのだ。

 数撃で装甲を貫通。 搭乗者を即死させる。 


 「す、素晴らしい! 何だあの武器は! 無骨極まりないが美しい……」

 

 さっきの鋏や鋸も素晴らしい出来だ。

 彼はそれが物体を特定の方法で破壊する事に特化した物だと即座に看破。

 同時に無骨さの中に洗練された製作者の設計思想を感じる。


 そしてこれは違う・・と確信。

 明らかに自分の知らない思想が混ざっているが、やっている事は理解の範囲内。

 だが、明らかに殺傷・・ではなく破壊・・に主軸を置いている所に狂気を感じる。


 いつの間にか彼は状況の把握と言った当初の目的を忘れかけていた。

 それほどまでに目の前の状況は衝撃的かつ心躍る物だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る