第338話 「多対」

 ハルバードの一撃を俺はザ・コアで弾く。

 金属が擦れる耳障りな音が響き、加々良が盾を構えながらバックステップ。

 入れ替わるようにダンゴムシが丸まって回転しながら突っ込んで来た。


 弾こうとしたが違和感。

 原因はすぐに分かった。 階段の手摺りにもたれかかっていた奴がいない。

 どこに行ったか察しが付いたので、受けずに大きな動きで回避。

 

 「……ありゃ?」


 ダンゴムシの後ろに着いていた男が鉤爪を振ろうとして止める。

 

 「なんだ……あんた、勘が良いな」


 ぶつぶつと陰気に呟くのを尻目に残りの女に警戒。

 こちらも姿が見えないが、探せばすぐに見つかった。

 上だ。 飛行しており背には派手な色彩の羽。


 見た目からして蝶か何かか。

 蝶は大きく羽ばたくと粉のような物が降りかかる。

 あぁ、毒の類か。


 ……悪いがその手の攻撃は効かんよ。


 だが、折角だし利用するとしよう。

 俺は攻撃を誘う為にわざとふらついた振りをする。

 男がここぞとばかりに――。


 「香丸こうまる!」


 加々良が怒鳴ると男――香丸はびくりと身を震わせて下がる。

 何だ来ないのか。 残念だ。

 ノコノコ来ていたら仕留めてやったのに……。


 「加々良さん?」

 「為谷ためがいの鱗粉、多分効いてない」

 「……マジっすか」

 

 香丸は反射的なのか下がって加々良の陰に入る。 他の陰に入って奇襲を狙うタイプか鬱陶しいな。

 飛んでいる蝶――為谷も鱗粉を撒くのを止めて空中で警戒するようにこちらを見ていた。

 ダンゴムシはさっきから棒立ちの近衛騎士の脇にいつの間にか移動している。


 ……一応だが俺を取り囲む配置だな。


 「武器は魔法で見た目を誤魔化している。 音から察するに信じられんが掘削機の類だろう」

 「く、掘削機!? 工事で使う奴ですか?」

 「似たような物だろう。 俺が正面から抑える。 為谷、香丸は撹乱。 六串むくしはフォロー、近衛のお二人は隙を見て斬り込んで頂きたい」


 加々良は手早く指示を出すとハルバードと盾を構える。

 盾を前に出して防御を主軸に置いた動きだ。

 他も加々良の指示に応じるように武器を構えた。


 ……俺も少し様子見が要るか。


 転生者はしぶとい上に手強い。 一人ずつ確実に仕留めるとしよう。

 だが、それとは別で懸念がある。

 シジーロで取り逃がした蜻蛉と蜂だ。 居るとしたらここだとは思っていたが出てこないな。


 アスピザル達の方へ行ったのか?

 こちらの狙いが明白な以上、ここに居る可能性は高いと踏んでいたが……。

 それとも事前に逃げた? どちらにせよ所在がはっきりしないのは座りが悪いな。

 

 嘆息。 考えても仕方がないか。

 差し当たっては目の前のこいつ等の始末だ。

 

 「行くぞ!」


 真っ先に来たのか加々良だ。

 盾を構えたまま突っ込んで来る。 鈍重そうな見た目とは裏腹にその動きは速い。

 反対の手に持ったハルバードを一瞥。

 

 見た所、ダメージは受けているが破壊にはもう数撃必要か。

 俺は加々良の盾にザ・コアを叩き込む。 唸りを上げた回転部分が盾と接触して火花と破片を散らす。

 そのまま腕力に物を言わせて押し込むと、加々良は小さく唸る。


 単純な膂力は俺の方が上と言いたいが、これは両腕を使っているこちらと片腕で受けている相手という状況の結果だろう。

 相手も両腕を使っていれば力負けしていたのは間違いない。


 不意に左右から音もなく為谷と香丸が現れる。

 鉤爪とレイピアが襲いかかって来た。

 狙いは前者が腕、後者が首だ。


 同じ場所を狙わずに散らす所が手馴れているな。

 だが、対処できない程じゃない。

 レイピアは首に刺さる前に噛み付いて止め、鉤爪は刃が右腕に沈んだ所で再生させて肉で絡め取った。


 「ちょ……なにこれ!?」

 「くっそ、動か……」


 レイピアを噛み砕いてやろうかと思ったが、硬いので難しそうだ。

 流石は専用装備と言った所だろう。 それに舌先がピリピリする感じから察するに毒の類か。

 鉤爪の方はこちらの骨まであっさり届いた所を見ると切れ味が自慢と言った所だろう。


 後ろにも気配、残った近衛の二人か。

 レイピアに噛み付いたまま首を思いっきり振るう。

 

 「え? 嘘っ!?」

 

 握ったままの為谷が俺の動きに流される。

 為谷と後ろの近衛騎士が重なった所で口を放して投げ飛ばす。

 

 本来なら<榴弾>を使ってやりたいが少し近い。

 <爆発Ⅱ>死にはせんだろうが、手傷ぐらいは負ってくれ。

 起動。


 指向性を持った爆発が三人に襲いかかる。

 結果を確認せずに右腕を香丸ごと持ち上げ、いい位置に来た所で腹に蹴りを入れた。

 鉤爪が抜けて、香丸は小さく苦痛の息を漏らして吹き飛んで行く。


 残った加々良は魔法で腕力を底上げして押し込むが、不意に圧力が消え失せる。

 盾を引いていなされた。

 体勢を崩されたところでハルバードが斜め下から来る。

 

 幸いにも左側だったので百足を腕に巻き付けて防御。 

 刃が百足を貫通して腕に食い込む。 


 「……これは……見えない何かを身に着けているな」


 蹴りを叩き込んだが、盾で防がれた。

 上手いな。 攻防の切り替え方が巧みだ。

 俺は盾を蹴った足に力を込めて離れる。


 ハルバードの刃がずるりと抜けた。

 百足の一部は千切れたので要再生だが、数本は無傷なので左腕ヒューマン・センチピードを振るう。

 近衛の二人と為谷が立て直して向かって来たからだ。


 近衛の片方と為谷には防がれたが、残りの騎士にはまともに入った。

 首が宙を舞う。

 

 「なっ!?」

 「ちょ、今の何!?」


 同時に右腕を蹴り飛ばした香丸に翳す。

 <榴弾>を三連射。 真っ直ぐに獲物に向かって飛ぶが射線上に割り込んだダンゴムシ――六串が背で受け止める。


 着弾。 そして爆発。

 当然ながら隙を見逃す加々良ではなく、発射直後を狙って斬りかかって来る。

 まったく、次から次へと忙しいな。


 内心でややうんざりしながら振り上げたタイミングでハルバードの柄を蹴り飛ばす。

 ハルバードが跳ね返って加々良が忌々し気に唸り、たたらを踏む。

 

 ……この状況は不味いな。


 開けている空間なので、全員が自由に動ける以上、単独である俺が不利だ。 

 さっき作った死体でグロブスターを作ろうかとも思ったが余裕がない。

 

 ……なら。


 場所を変える必要があるな。

 地面に<爆発Ⅲ>を叩き込んで視界を潰し、間髪空けずに走る。

 階段の位置等は把握しているので問題ない。 行先は当然上だ。

  

 「っ!? 加々良さん! 上に行く気だ!」

 「為谷! 止めろ!」


 俺の意図に気が付いた香丸の声が響き、即座に加々良の指示が飛ぶ。


 階段を上っている途中で前方で何かが光る。

 身を低くすると真上をレイピアの刃が通り過ぎた。

 鬱陶しい。


 俺は振り向いて<榴弾>を階段に叩き込んで破壊。 これで後続が来るのは遅れる。

 左腕ヒューマン・センチピードで為谷が居るであろう場所を薙ぐ。

 不可視の百足達は俺の指示した場所に仕掛けたが、手応えがない。


 ……飛んで躱したか。


 それは正しく、斜め上から降下しながらの突きが来た。

 ひらひらと逃げ回られても面倒だ。

 躱さずに右の手の平で受ける。


 刃が抜けて柄で止まった所で柄ごと手を掴む。

  

 「この――がっ」


 うるさい黙れ。

 顔面を殴りつけるが硬いな。 兜の所為で打撃が通らん。

 俺は手を変えた。 掴んだ手を引いて地面に引き倒し、肩の辺りを踏みつける。

 

 為谷は必死に俺から離れようとしているが、そう簡単には離さんよ。

 全力で腕を引いて肩から引っこ抜いてやった。

 ぶちぶちと嫌な音がして腕が千切れる。


 「あがああああああああ」


 凄まじい悲鳴が上がり、同時に香丸が手摺りに飛び乗る。

 ちょっと遅かったな。

 千切った腕と手の平から抜いたレイピアを投げつけて階段を上り切る。


 通路に入り全力疾走。

 とにかく距離を稼ぎたい。

 ある程度行った所で、近衛騎士と香丸、六串の三人が追って来る。


 残りの姿が見えない所を見ると見た目通り機敏ではないと言う事か。

 まぁ、通路が直線で良かったよ。

 全員来なかったのは残念だが、三人居るし良しとしよう。


 ――ザ・コア、第二形態だ。


 真っ直ぐに突き出しそう命じる。

 ザ・コアは俺の命令に従ってその砲身を展開。

 俺から魔力を吸い上げて、熱量に変換。


 「っ! 皆さん! 自分の後ろへ!」


 俺の狙いに気付いたらしい六串が前に出て背を向ける。

 何をしようとしてるか知らんが遅い。

 さっさと消え失せろ。


 発射。


 ザ・コアの先端から紅の奔流が迸る。

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