第330話 「協調」
腹部にとんでもない衝撃と痛み。
私――夜ノ森 梓が認識したのはその二つだった。
戦闘が始まり、前衛である私が真っ先に突っ込んで仕掛けたのだ。
私の振るった拳は枢機卿――ジネヴラと名乗った少女には届かず、その直前で見えない壁に阻まれた。
恐らく風系統の魔法障壁と思ったが、何かが違う。
それでも力押ししかできない以上、このまま障壁をこじ開けようとした所でジネヴラが手をこちらに翳した。
魔法道具か何かでで強化されているにしても並の魔法で自分の防御を抜けないと思っていたが――。
結果は吹き飛んでいる自分の現状が物語っていた。
「梓!」
アス君が地面に手を触れて魔法を使おうとしていたけど、何故か小さく目を見開き立ち上がり手を翳す。
同時に私の体が見えない空気の壁の様な物に受け止められる。
衝撃を相殺した所で落下して着地。
「大丈夫?」
やや慌てて駆け寄って来たアス君が心配そうな目で見ている。
「なん、とか大丈夫よ」
腹は鈍痛を訴えるが動けない程じゃない。
まだまだ戦える。
「例の憑依かな? ローの話だと制限時間があるって聞いたけど……」
以前に言っていた天使を憑依させて強化する技術?
確か大抵は体が保たなくて時間が経てば自滅するって話だけど……。
見た所、ジネヴラにその兆候はない。
ムスリム霊山でのスタニスラスと明らかに違う。
「……自滅は期待しない方が良さそうだね」
アス君も似たような事を考えたのかその表情は苦い。
「正直、自衛できるとは思っていたけど、ここまでとはちょっと予想外だったよ。 ……何をされたか分かる?」
「ごめんなさい。 何かを当てられたとしか……」
「分かった。 これは相手の能力を把握しないと厳しそうだね。 後、僕の方からも悪い知らせがある。 ここ……と言うかこの部屋かな? どうも建材が普通じゃないらしくて、魔法で干渉できない」
さっと周囲に視線を走らせる。
全体に光る文字の様な物が明滅したこの場所。
……あの文字みたいな物がアス君の干渉を阻んでいる?
「普通に魔法使って援護するけど……」
「分かってるわ。 お互いに全力を尽くしましょう」
「頑張ろう。 ……差し当たっては味方を増やしてみる所から始めようか?」
……味方?
聞き返そうとした所で金属音が響き渡る。
一当てしたクリステラがこちらの近くまで下がって来た。
「お姉さん。 ちょっといいかな?」
アス君が声をかけるとクリステラが無言でこちらを見る。
その表情は何だと言わんばかりだった。
「僕達単独では厳しいみたいだし、今だけ手を組まない?」
アス君の言葉にクリステラはやや不快気に眉を顰める。
「ムスリム霊山を襲った貴方方と手を組めと?」
その口調には隠しきれない険が籠っていたが、アス君は構わず続ける。
「……お互い言いたい事はあるだろうけど、今はそれを飲み込もうって提案だよ。 僕も君もここで死ぬわけにはいかない。 それに――勝たなきゃいけない理由、あるんじゃない?」
クリステラは悩むように小さく目を閉じ、ややあって開く。
「良いでしょう。 期限はジネヴラの撃破、または捕縛まで。 構いませんね」
「……処遇を決めるまでで良いんじゃない?」
「分かりました。 ではそちらの方に前衛をお願いしても?」
クリステラが私の方を見る。
私はその視線を真っ直ぐ受けて頷く。
「私は遊撃、貴方は後衛を。 情報が足りません。 引っ掻き回して切り口を見つけます」
「了解。 お互いベストを尽くそう」
話は決まった。 私は真っ直ぐに突っ込む。
注目を集める為に大きく吼える。
ジネヴラは無表情。 顔面を狙って拳を叩き込む。
「……くっ」
さっきの繰り返しだ。 拳が止められる。
だが――。
いつの間にか彼女の背後を取っていたクリステラが長剣で斬りかかる。
長剣も同様に止められるが手応えが違う。
何故か硬質の音を立てていた。
明らかに私の時と手応えが違う。
「下がって!」
私とクリステラは咄嗟に間合いを取る。
一瞬、遅れてジネヴラの頭上から水が滝のように落ちて来た。
当然の様に見えない何かに弾かれたが、大量の水を受けたお陰で弾く際に彼女の防御範囲が見える。
「……球状で両手を広げられる範囲と言った所ですか……」
これで見えない壁の形が分かった。
水が落ち切ったと同時に足元に広がった水溜りが凍り付き、氷柱が隆起して襲いかかる。
「無駄です」
全方位から襲い掛かる氷柱も止められる。
……?
戦闘が始まって初めてジネヴラが口を開いたが、いつかのスタニスラスと違って普通だ。
それに少し違和感を感じる。
だが、その事実がどんな意味を持つか分からない以上、私は私にできる事をするだけだ。
アス君の魔法が防がれたと同時に前に出る。
殴打を繰り返すが防がれる。
時折、フェイントを織り交ぜているが同様に防がれた。
その間隙を縫うようにクリステラの斬撃が繰り出されるが効果が出ない。
ただ、彼女の武器の能力の所為なのか、斬撃の方が深く入っているように見える。
戦いながらも観察を続ける。
彼女の防御は鉄壁と言って良いだろう。
観察して分かった事がある。
ジネヴラはあの障壁を常時展開しており、こちらの攻撃に反応できている訳じゃない。
私の大振りはともかく、クリステラの斬撃には明らかに防いでから反応しているからだ。
クリステラもそれに気付いているのか、同じ個所を執拗に狙って防御の突破を試みているけど上手く行っていない。
……妙だ。
途中で違和感。
攻撃を続けているが、最初の一撃以降、反撃が来ない。
あの強烈な――恐らく魔法は打ち止め? 有り得ない。
……何かを待っている?
隙を窺っている? 一体、何を――。
不意にジネヴラの目が僅かに細められる。
――来る。
ジネヴラが自然な動作でクリステラに手を翳す。
一拍置いて、重たい金属音。
振り返るとクリステラが長剣を楯にしてジネヴラの攻撃を防御していた。
下から打ち上げるような一撃だったらしく、彼女の体が宙に舞う。
凄まじい速さだったが、反応して防御したクリステラも尋常じゃない。
そしてジネヴラの凄まじさは終わらない。
映像のコマ落ちと思ってしまうほどの速さで、宙に浮いたクリステラの体が金属音と共に空中を跳ね回る。
何撃目かの攻撃がクリステラに当たる直前、水の壁が両者を遮る。 アス君の魔法だ。
何かが破裂したような激しい音が響き渡り水の壁が弾け飛ぶ。
同時に反応の間に合ったクリステラがどうやったのか弾けた水の障壁に蹴りを入れて方向転換して着地。
動きを止めずにバックステップ。
私の隣へ。
「あ、あっぶなかった。……と言うか、お姉さんさっきすっごい貰ってたけど大丈夫?」
アス君は額から冷や汗をかきやや上ずった声で小さく息を吐いていた。
「防ぎ切ったので傷はありません。 ただ、最後の一撃だけ反応できませんでした。 援護、感謝します。 それと彼女の能力、少しですが見えて来ましたね」
「うん。 僕も今のでちょっと分かって来たよ」
……え?
何が分かったの? 私にはさっぱりなんですけど……。
「梓、間合いを取って。 こっちから仕掛けないと向こうからは手を出せない筈だよ」
私は言われた通りアス君の近くまで下がる。
クリステラも下がり、私の隣に来た。
「……あら? もう気付かれてしまいましたか?」
ジネヴラは小さく首を傾げる。
「……流石にね。 戦うには君の反応は鈍すぎる。 はっきり言って、身体能力と言う点では見た目通りなんでしょ?」
アス君の言葉にジネヴラは答えない。
「貴女の戦い方は敵の攻撃を防ぎきって、疲弊させた後の一刺しで仕留めると言う物ですね。 恐らくですが、その障壁には与えられた攻撃を吸収する能力か何かがあるのでしょう」
「……で、その吸った攻撃を自分の攻撃に変換しているって訳だ。 最初の梓へ喰らわせたカウンターで簡単に仕留められそうにないと判断したから少し溜めた」
アス君は合ってるでしょ?と付け加える。
言われると成程と思う。 つまり私はあの時、自分の攻撃を跳ね返されたと言う訳だ。
「……流石ですね。 やはり経験の差と言う物なのでしょうか? 甘く見ているつもりはなかったのですが、私もまだまだですね」
ジネヴラは小さく苦笑すると手を前に翳す。
「ではこれならどうでしょう? 『
翳した手を握る。
瞬間――
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