第313話 「当日」

 降臨祭。

 ウルスラグナで年に一度行われる式典と言う名の祭りの名称だ。

 初代国王タルコットが神託に導かれ、様々な者達が我こそは王なりと名乗りを上げる群雄割拠の中、勝利と栄光を手に入れこの国――ウルスラグナを興したとされる。


 毎年恒例の行事だが、今年に限っては王や教団側の都合で急遽、前倒しで開催される事となった。

 何も知らない国民達は楽しみにしていた行事が早まった事を素直に喜び、祭りをかき入れ時と狙っていた商人達は慌てて準備を行う。


 王都全体で行うこの行事は国内でも有数の人気を誇り、国中から人が集まる。

 その証拠に祭りの数日前から、王都への人の流入が止まらない。

 お陰で宿の部屋は次々と埋まり、街の外では野営を行う者が現れた。


 人が増えた事により揉め事の発生率が上がり、国の騎士団や教団の聖騎士達は多忙を極める。

 

 ここまでは例年と全く同じだった。

 参加した大半の者達もそう思い、いつも通りの祭りを期待する。

 

 だが、今年に限っては違う。

 今の王都は様々な思惑が渦巻く坩堝と化しており、それを知る者からすれば何事も起こらないという楽観はあり得なかった。


 今宵は祭りの前夜。

 雲も少ない月が良く見える夜だった。


 両性の者は宿を見張っていた者達を排除して月を見上げ、明日とその後に思いを馳せる。

 熊の混ざり者は明日を無事に乗り切る事を誓う。

 犰狳アルマジロとの混ざり者はやる事をやるだけだと割り切り、備える為に眠りについた。


 自らの正義を見出した女は少女を守る為に偽りの正義を打倒する事を定めた。

 胃痛に苦しむ男はそろそろ穴が開くかもしれないと自らの運命を儚む。

 救われた少女は、ただただ女の身を案じた。


 男を探す者は、果たせていなかった約束を果たす為に夜の街を歩いていた。

 

 そして男は――。


 


 月が沈みゆっくりと日が昇って行く。

 ここと異なる世界を知る者なら夜明けと言うのはどこも変わらないと感想を漏らしたかもしれない。

 だが、その場に居る者はそれを知らぬ者達だった。


 場所は王城から少し離れたある建物。

 まだ完全な夜明けに至っておらず、街はまだ静かに眠りについていた。

 それを窓から眺めていたアドルフォは横になっていたベッドから身を起こし身支度を整え、愛用の魔法の短弓を掴むと自室から外へ。


 少しでもいい状態で事に臨む為に仮眠を取ったが、思った以上に疲れは取れた。

 下には部下達を待たせてある。

 手筈通りなら他の拠点の準備も終わっている頃だろう。


 セバティアールの目的は手配犯どちらかの捕縛。

 検討した結果、難易度の低いローを狙う事にした。

 そこまではいいが、尾行を巻かれてしまい所在が掴めない。

 

 ならばと関係者であるハイディを捕らえて餌にしようとしたが、あっさりと返り討ちに遭ってしまった。

 幸か不幸か襲撃した者達は無事・・だったが、あの女は行方を晦ませてしまい捕縛は完全に失敗。

 相応の戦力を用意したはずだが簡単に退けられた事を考えると見積もりが甘かったのだろう。


 アドルフォは思い出して小さく爪を噛む。

 お陰であの女を完全に警戒させてしまった。

 今日までの間に探させてはいたが、見つからないどころか向こうからの連絡もなく宿も空だ。


 恐らく襲撃した連中からこちらの正体と意図を読まれたのだろう。

 こうなってしまった以上は騙すのは不可能。 捕らえる場合は力尽く以外の選択肢が取れなくなった。

 能力と人質に取れそうな人物がいた事が決め手だったが、少し早まったか?


 結果的にではあるが、ハイディという不確定要素の存在を許してしまったのは失態だ。

 悔やんでも仕方がないので考えを切り替える。

 恐らくローの目的は冤罪の解消か報復と言った所だろう。


 なら狙いは張本人である宰相のアメリアだ。

 そして捕縛を依頼して来た人物でもある。

 今回の仕事は獲物がでかい分、見返りも大きい。


 成功すれば国の上層との太い繋がりが出来る。

 それは今後、セバティアールが動くに当たってかなり有利に働くだろうし、上手くすれば領主候補の筆頭に成れるかもしれない。


 そうなれば王都でこそこそせず、自分達の領域で好きにできる。

 加えて、国のお墨付きまで貰えるのだからやらない手はない。

 だからこそ全力で勝ちに行く。 恐らくローはアメリアを狙う為に城に現れる筈だ。


 どう言う手段を取るにしても来るのは間違いはない。

 そこを全力で押さえる。

 アメリアには事前に根回しは行っているので、大っぴらに暴れても文句は出ない。


 何せ相手は凶悪な手配犯だ。

 そしてこちらは国から許可を得た自警団と言う事になっている。

 狩人は勿論、普段は使い辛い傭兵たちも今回に限っては全て動員可能だ。


 今回は失敗する訳には行かない。

 この仕事はセバティアールの今後を占う事になるからだ。

 そこでアドルフォはふと思い出す。


 自分と共にこの国に流れて来た仲間の事を。

 そいつはある領の領主の娘の体を奪い、内側から乗っ取ろうと動いていた。

 だが、ある日を境に連絡が取れなくなり、当の本人と思われる者は消息不明。


 死んだという説が濃厚との事。

 二人で共に自分達の城を手に入れようと誓った仲間はどうなったのだろうか?

 内心で首を振る。


 ……ここまで音沙汰がないのなら信じたくはないが恐らくは生きてはいまい。


 その事実は残念だが、歩みを止める事はできない。 

 今の自分は栄光への道を――。


 「やぁ」

  

 下りた先でそう声をかけられて目を見開く。

 目の前に居る筈のない人物が居たからだ。

 ハイディ。 先日、取り逃がした女だ。


 その周囲には待たせていた部下達が転がっている。

 死んでは居ないようだが、手足の腱が切られた上に完全に拘束されていた。

 戦闘は無理だ。

 

 「君にどうしても聞きたい事があったから強引ではあったけどお邪魔させて貰ったよ」


 ハイディはそう言うと何かを悟ったような透明な笑みを浮かべた。

 

 「は、ハイディ様? これは一体どう言うおつもりなのですか?」


 アドルフォは動揺をあえて隠さずそう言う。

 実際の所、相手がどの程度の確信を得ているかを探る意味を込めての行動だ。

 対するハイディは普段からは想像もできない程に冷めた視線をアドルフォへ向ける。


 「それはいくら何でも少し白々しいんじゃないかな?」

 「……何の事か私には分かりかねます。 そんな事より――」


 話しながらアドルフォは考える。

 この状況の打開策を。

 現状はかなり悪い。


 ローの捕縛が控えているので時間をかけていられない事は勿論だが、最も不味いのがこの間合いだ。

 武器は短弓と服に仕込んだ暗器に足に括り付けた短杖。

 どちらも弓を引くか取り出して構えるという動作が必要な以上、距離が必要だ。


 狭い室内に数歩の距離。

 攻撃体勢に入れば間違いなくこの女は仕掛けて来る。

 恐らく今の自分の身体能力ではこの女に敵わない。


 ――最悪の場合は「乗り換え」も考慮に入れるべきか。


 アドルフォは覚悟を決める。

 

 「見え透いた時間稼ぎはいいよ。 僕の質問に答えてくれないかな?」

 「……質問? 何でしょうか?」


 こいつは何を?

 ハイディの意図が読めないアドルフォは訝しみながらも先を促す。

 正直、何を聞かれるのか今一つ読めなかった。


 なぜ自分を襲った? それとも目的?

 普段ならもう少し気楽に考えるが、目の前の女は記憶に全くない表情をしていた。

 勘に近いが、下手に刺激するのは危険と判断する。


 「――君は誰なんだい?」

 

 それはアドルフォにとって予想外の質問だった。

 動揺はしたが瞬時に立て直す。


 「……何を仰っているのか意味が分かりません。 私は――」

 「恐らく入れ替わったのは選抜の時だ。 気付かなかった僕もどうかしているけど、いくら何でもやり過ぎだよ。 少なくとも僕の知っているアドルフォと君は完全に別人だ」

 

 二の句を告げないアドルフォを尻目にハイディは続ける。


 「あの時、僕に夢を語った彼女だからこそ力を貸したし、本当の意味で当主になっていたのならそう在るように彼女は振舞ったはずだ。 君にはあの時に見たアドルフォの面影が全く感じられない」

 「お、おかしな事を仰いますね? 私は正真正銘のアドルフォですよ? ハイディ様と過ごした日々もしっかりと覚えております! 別人と言うのなら私は一体…」

 「ごめん。 僕から話を振っておいてなんだけど、少し黙ってくれないかな?」


 遮る声は驚くほど低かった。

 ハイディの視線に烈火のような怒りが灯る。

 それに呑まれる形でアドルフォは口を閉ざす。


 「……確かに君の中には僕との思い出もあるんだろうけど、知っているだけで理解しているとはとてもじゃないけど思えない。 ……不思議だよ。 今の君がとても醜い何かに見える」


 どう言う経緯でその結論に至ったのか理解できないがハイディの言葉には確信が含まれていた。

 アドルフォは内心でこれは誤魔化せないと諦める。

 だから手を変える事にした。

 

 「貴女の仰っている事は理解できませんが、貴女が行った事は明確な犯罪行為です。 この事は冒険者ギルドを通して抗議を――」

 「もう充分だ! それ以上――」


 アドルフォの言葉を遮るように叫ぶハイディの言葉は最後まで紡がれなかった。

 さり気ない動作で服の装飾を毟り取っていたアドルフォがそれを地面に叩きつけたからだ。

 魔石をそれと分からないように加工したそれは床に叩きつけられて砕け散り、効果を発揮する。


 瞬時に煙が広がる。

 殺傷力はないが目を眩ませるには充分。

 アドルフォは即座に踵を返し、降りて来た階段を駆け上がる。


 登りきった所でやはりと内心でほくそ笑む。

 やはりあの女は甘い。 わざわざあんな話をしたのは自分から自白を引き出したかったからだろう。

 アドルフォの中身が別物と言う討つに足る理由を欲したからこその行動と発言。


 彼女はああいう手合いはそれなりに見て来た。

 だからこそ逃げられると判断。

 そしてそれは正しかった。


 後ろから追ってくる気配はするがこれだけ離せば問題ない。

 アドルフォは軽やかな動作で窓から外へと飛び降りた。

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