第289話 「大蠍」

 ガキ共は顔を上げたと同時にガクガクと痙攣を始め、頭に刺さった針の様な物が体内へと沈み込む。

 それと同時に体のあちこちから羽や腕が生え始めた。

 どうも統一感などはなく、生え方も出鱈目だ。

 胸から腕を何本も生やしたガキも居れば、両目から羽を生やしたガキまで居た。


 何ともバランスの悪い造形だ。

 変化が終わるとガキ共の痙攣も止まり――口からガラスを引っ掻いたような音を出しながら襲いかかって来た。


 手近なガキをザ・コアで叩き潰す。

 地面と挟まれたガキは瞬時に挽き肉になって辺りに飛び散った。

 

 ……何だこいつら? 思ったより脆いな。


 再生する気配もな――まぁ、ペースト状にされれば再生もクソもないか。

  

 「さっきも見たがマジか。 ……あいつどんな武器つかやぁあんなになるんだ……」


 蠍が驚いた声を上げているが、そんな他人事みたいに言ってる場合か?

 次はお前がこうなるんだぞ?


 「正面からでは手が付けられませんね。 子供たちはまだまだいます。 数で押し潰してしまいましょう」

 「……それがいい。 悪いが俺はあんなのとやってられん。 先に忍び込んだ奴を潰す方が――」


 ……何を言っているんだ?


 逃がす訳ないだろう。

 こっちの準備も終わったようだし、鬱陶しいガキ共の相手は任せるとしよう。

 半分でも成功すればいい方かとも思ったが、ばら撒いた分は全て成功したようだな。


 仕上がりはどうなったか分からんが役には立って貰おう。


 ――殺せ。


 同時に塀の外から無数の鎖が伸びてガキ共の何人かを絡め取る。

 数人のガキ共が塀の外へ引っ張り込まれ、何かを引き裂く音が聞こえた後にガキの甲高い鳴き声が途切れた。

 その後、形容し難い泣き声とも呻き声とも取れる声が無数に響き、塀を越えて何かが飛び込み、次々と着地。


 その姿は造型ががねじくれたガキ共と比較してもなお異常なデザインだった。


 背中にグノーシスのシンボルのような物を背負った身長数メートルの巨人。

 無数の石の様な物でできた羽が生えた生き物。

 全身が鎖のような物でぐるぐる巻きの甲冑のような物を身に着けた者。


 どいつもこいつも差異こそあれ、意匠にグノーシスのシンボル等の関連した物が含まれていた。

 そして全身を血で斑に染めている。

 流石に突っ込むには手が足りないと感じた俺は、アスピザルを行かせた後にグロブスターを大量に作ってばら撒いたのだ。 要するにこの連中は全部レブナントだ。

 血塗れなのは変異時の出血と、変態に使用したカロリー補充の為に食事・・をした所為だろう。


 なるべく使えそうな奴を狙えと言っておいたのだが…。

 正直、半分成功すればいい方だと思ったが、全員成功するとは何だかんだで皆、色々抱え込んでいるんだなと感想が浮かんだが、それだけだった。


 手駒が増えるのは良い事だ。

 お陰でやや空腹だが些細な事だろう。


 「ちょっ!? 何だあの化け物共は!? 魔物? どうやって街に入れた!?」

 「まさか、私達と同じ事を――」

 「いや、有り得ねえ……。 あの技術は俺達ですら、やっとここまで持って来たんだ。 できる訳が……」

  

 よそ見している余裕があるのか?

 俺はレブナント共に周囲の雑魚の掃討を任せて本命の二人にザ・コアを振るう。

 二人は左右に散って躱す。


 「くそっ! サブリナさんよぉ、これどうすんだよ!?」

 「仕方ありませんね。 ここを落とされる訳には行きません。 この騒ぎを聞きつけて救援が来るはずです。 それまで持ちこたえれば…」

 「おい、あのガキ共はどうするんだよ?」

 「仲間割れとでも言っておけば問題ありません」


 おいおい。 しれっととんでもない事を言っているな。

 流石は聖職者。 欠片も悪びれない。

 

 ……まぁ、やる気になってくれたのはありがたい。


 追いかけるのは面倒だからな。


 本格的に動く前に耳に突っ込んだ魔石に魔力を通す。


 ――アスピザル。


 ――何?


 返事は直ぐだった。

 声の調子からすると特にトラブルは起こっていないようだが…。

 

 ――状況は?


 ――例のデッドスペースに入ったよ。 資料らしき物と実験に使う器具や魔法陣みたいなのを見つけたけど、資料が多すぎてどれを持ち出すか判断が付かないんだ。

 

 ――了解だ。 こっちもギリギリまで粘るからそれまでは好きに漁れ。 無理なら連絡する。 そっちも限界だと判断したら逃げて構わない。


 ――分かった。 気を付けてね。


 蠍が撃ち込んで来る針を適当に弾きながら、アスピザルとの通話を終える。

 それにしても面倒だな。

 流石に高い地位にいるだけあって戦い方が巧みだ。


 姿形を消しているにも拘らず、ザ・コアの間合いを見切り、入って来ない。

 ならばと左腕ヒューマン・センチピードの攻撃を織り交ぜてはみたが、こちらも最初の一撃は入ったが浅く、その後は俺の左腕が動くと大きく回避行動を取るようになった。


 距離を維持したまま、蠍が例のニードルガンでひたすら削り、サブリナは錫杖を鳴らして中途半端な距離で牽制をかけて来る。

 クリステラの師と言うだけあって、戦い方もそうだが攻撃に対する反応が良い。


 間合いに入ったと思いこちらが攻撃体勢に入る素振りを見せれば即座に離脱。

 そちらに気を取られると、蠍の攻撃が飛んでくると。

 上手い連携だ。 ここは素直に褒めておこう。


 さて、ザ・コアで削れない以上こちらも魔法が主体の戦い方に切り替えるべきだな。 

 使うのは威力、範囲に優れた<榴弾>だ。

 別に当たらなくてもいい、爆発や熱と言った余波でダメージを与えられれば――。


 鈴のような音を立てて錫杖が鳴ると同時に<榴弾>が消滅する。

 小さく眉を顰める。

 あの錫杖――やたらと鳴らすから気にはなっていたが、魔法を消す効果があるのか。


 恐らくは、あれで魔法を封殺してからの接近戦がサブリナの本領なんだろうが、ザ・コアを警戒して援護に徹しているようだ。

 粘られるのはあまり面白くはないが、こっちも目的は時間を稼ぐ事なので、膠着状態は悪い事じゃない。


 ……それに……。


 周囲に意識を向ける。

 レブナントとガキ共の戦いは数こそ負けてはいたが、質の差もあって傾いてきていた。

 そもそもまともに制御できずに暴れまわっているだけのガキ共に対して、連携を意識しているレブナントが負けるわけがない。


 徐々にだが数を減らしてきている。

 この様子だと完全に駆逐するのは時間の問題だろう。

 連中の援軍が間に合えば、レブナント共はそちらに行く。


 だが、間に合わなければ、俺の相手をしながらレブナントの処理を行わなくてはならなくなる。

 そうなると詰む。

 この状況でどこまで平静を保てるかな?


 実際、蠍は分からんが、サブリナの表情には僅かに焦りが浮かんでいる。


 「アラクラン聖堂騎士。 これ以上は……」

 

 不意に二人は動きを止める。

 サブリナの言葉に蠍は小さく肩を落とす。

 

 「……まぁ、ジリ貧になるのは目に見えているからな。 やるしかないか」

 

 同時に蠍の鎧の関節部分から光が漏れ、蠍が鎧ごと巨大化した。

 例の解放か。

 鎧もでかくなっているがどうなっているんだ?


 変化は続く。

 元々は赤だった色も巨大化に合わせて錆色に変わる。

 全てが終わると全長は五~六メートルと言った所か。

 

 「クソが。 使わせやがって――楽に死ねると思うなよ」


 蠍が忌々し気にそう呟くが、それはこっちのセリフだ。

 こんなタイミングで騒ぎなんて起こしやがって、お陰でいらん事をする羽目になったじゃないか。

 まぁ、脅威を先んじて潰すと考えて納得はしているが面白くはない。


 一応、目的は時間稼ぎだったんだが――まぁ、殺すか。

 他はともかく、転生者は可能な限り消しておきたかったしな。

 俺は真っ直ぐに突っ込んでザ・コアを振り下ろす。


 蠍は躱さずに正面から掴む。

 鎧とザ・コアの回転が接触して火花と破片が飛び散った。

 驚いた。 まさか掴むとは。 


 蠍は空いた腕を俺に向ける。

 あ、不味いな。 咄嗟に手放して下がろうとしたが遅かった。

 巨大化したニードルガンの針と言うかもう杭としか呼べないものが腹を貫通する。


 ザ・コアから手が離れ吹っ飛ばされた。

 飛んでいる途中にサブリナに錫杖でぶん殴られて軌道が変わり、地面に叩きつけられて転がる。

 同時に錫杖の能力で<茫漠>も解除されて姿が露わになった。


 「やっと面を見せたか」


 蠍はザ・コアを投げ捨ててぼろぼろになった手を再生させている。

 俺も立ち上がりながら腹の傷を修復。 酷いな、風穴が開いたじゃないか。

 

 「……魔物との混合ではない。 ですがその再生力――普通の人間ではありえない。 ダーザインの移植者とも違うようですし、やはり人を基とした異邦人ですか」

 「人間ベースかよ。 って事は噂のアスピザルって奴の同類か? おい、お前日本語分かるか?」


 俺は答えずに右手で手招きするように指を動かす。

 二人が訝しんだが、意図をすぐに理解した。

 俺の手から離れたザ・コアが勝手に動いて俺の方へ飛んで来たからだ。

 

 柄を俺に向けて飛んで来たザ・コアを掴んで構える。

 傷口は魔法と併用して治癒速度を向上。

 見る見るうちに塞がり――完治。


 「そのぶっとんだ武器も気になるが、まだまだ戦る気みたいだな。 こっちも余裕はねぇし、捕らえるのは難しい。 潰すぞ。 構わねぇな?」

 「えぇ、ですが可能であれば捕獲を。 意味は分かりますね?」

 

 返事はなく蠍は両腕を俺に向けてサブリナは錫杖を構えて突っ込む。

 恐らく見えるようになった事で、間合いを取りやすくなったお陰か攻めの思い切りが良くなった。

 あの錫杖が厄介だな。 魔法を無効化してくるから遠距離での攻撃が左腕のみになる。


 ……まぁ、使えないなら使えないで手はある。


 試したい物もあるしな。

 俺はザ・コアを一瞥して突っ込んで来るサブリナを迎え撃った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る