第257話 「弁舌」

 「――つまり、人間は他の種に比べて変異や変化に対する許容量が大きい! 分かる? 人間には可能性がい~~っぱい詰まっているの! その後は楽しくって仕方がなかったわ! 安定して変異させる実験に明け暮れる日々! 最高ね? そんな中、ある事に気付いたわ! 変異には個人差がある。 そりゃあ、人間だって規格は同じでも性別やら体格やらと言った違いはあるわ? でも、ここまで差が出る事に疑問が出たのよ! 変異に必要な要素。 私達は最初は分かり易く「因子」なんて呼んでいたわ! まず、その因子は何なのか? そこからスタートよ! 性別? 体格? それとも血統かしら? 答えの一部は知っているでしょう? こっちからの技術供与に含まれていたからね! 答えは精神。 元々、悪魔は肉体を持たないエネルギー生命体ではなく、立派な肉体を持った生物よ! ならそのエネルギーとは何なのか? 試行錯誤の結果、出た答えは「カルマ」と呼ばれる魔力の発生源・・・よ! この世界って面白いわよね! 魔法なんてファンタジーが実在するんだから! しかも、物によっては向こうの科学技術より便利よね! 悪魔も独自の器官――悪魔の臓器デモニック・オーガンっていう魔法に似た現象引き起こす臓器を持っている事から、基本的な機能・・・・・・は人とそこまで変わらないんでしょうね! この世界の人間は後天的に魔法を行使できるが、悪魔は先天的に魔法を行使できるかの違いでしかないのよ! つまり悪魔の状態は業のみの状態でこちらに現れると言う事! そこで、研究は悪魔と業についてに移行したわ! 業とは何か? こちらの研究も難航を極めたわ! 間違いなく・・・・・存在はしている・・・・・・・のに見つける事・・・・・・・が出来ないからよ・・・・・・・・! 場所は分かっているの!魔法を行使させ、エネルギー――魔力の流れを見ればどこが源泉かはすぐに分かったわ! 脳の中心付近、大脳皮質の下――脳梁の辺りという所までは突き止めたわ! でもどういう訳か見つからないのよ! 何度脳の切開手術をしたか数え切れない程よ! あるのに見えない。 ただ、検証すると面白い事が分かったわ! それは本人が死ねば消えてなくなるの! 不思議よね! 本人の一部にも拘らず死ねば消滅する。 この事実を踏まえて出した結論はこうよ! 「業」の正体は「魂」であると。 ふふふ、凄くない!? 魂よ魂! 測った事ないし正確に測る手段もないから本当に二十一グラムあるか知らないけど、凄いわ異世界! 魂の実在が証明できるなんて、この事実を知れただけでも死んだかいがあったわ! そうなると魂は死ねばどうなるのか? そういう疑問に行きついたわ! 消滅しているように見えてもしかしたら、本体から離れて行ってるじゃないかなって思うのよ! 行先はやはり辺獄かしら? あそこでも辺獄種っていう変わり種が居るし、いつか行ってみたいわ! でもあそこは転生者にとっては鬼門らしいわね! 少なくとも行って帰って来た者は聞いた事がないわ! だから実行できない事が歯痒くて歯痒くて仕方がないわ! えぇっと何の話だっけ? ごめんね脱線しちゃったわ! そう魂、魂の話よ! つまり悪魔は召喚された時は魂だけの状態でこちらに来るのよ! 肉体は持って来れないから何らかの形で用意しないといけない! これであのエネルギー体について説明が付いたわね! もしかしたら転生者がこちら側に来るのも似た理屈なのかしら? 一応、全員に聞き取りを行ったけど、誰も死んだ直後の事を覚えていなかったわ! やっぱり脳がないから魂だけでは記憶が出来ない? だとしたら魂は物事を覚えてられないけど外界を認識する能力があるのかもね! 転生した直後の状態になってようやく記憶できるのか? 疑問は尽きないわね。 そこまで分かれば取っ掛かりとしては充分! 後はその魂を人間に害の少ない形で移植できれば悪魔になる・・・・・事によって力を自由自在に引き出せるって訳よ! 最初に試したのは憑依させる際に通り道を作って人間の脳へ悪魔が向かうようにしたわ! これは失敗。 エネルギー量に耐え切れずに頭が弾けちゃった! 貴重な検体が勿体ない! 奴隷は立派な資源だから大事にしないとね! でも、その犠牲は無駄じゃなかったわ! 方法自体は間違っていなかったの、後は流れ込むエネルギー量の抑制して、段階さえ踏む事ができれば行ける筈! そこまで考えつくまでに随分と時間がかかったわ! 我ながらお馬鹿さんね! ここで話は戻るのだけれど、エネルギー量を制限しての召喚は上手く行ったわ! ただ、相性があるらしく中々定着しないのよ! 無理に流し込んでも弾けはしないけど、壊れて廃人になるだけ! 困った物ね! あと一歩! その相性に必要な何かが分かれば、悪魔の研究は大幅な飛躍を遂げるわ! 今回、あなたのお父様には召喚の実験に付き合って貰ったのだけど、これがビックリ! 成功しちゃったのよ! 正直、欠片も期待してなかったから驚きよ! こういう不確かな物を計算に入れたくないんだけど、精神力的な物が必要なのかしら? その辺の検証もしたい所ね!」


 ……正直、何を言っているのか全く分からなかった。


 捲し立てる飽野の言葉は私の耳を右から左へと素通りしていったからだ。


 「……つまり、部分的に召喚する事で悪影響を可能な限り抑えて悪魔との融合を果たしたと?」

 

 アス君がそう言うと飽野は手を叩いて頷く。


 「そう! そうよアスピザル! あなたは理解が早くていいわ!」


 たったそれだけの事であんなに長々と話していたのかと言ってやりたくなるけど、アス君の治療の時間は稼げた。

 私の傷もだいぶ塞がり、痛みもましになって来たけど…。


 ちらりとジェネット達の方を見る。

 ジェルチは持ち直したようだけど、意識が戻らない。 

 顔色もかなり悪く、継続した治療が必要だ。


 「父に何があったのかは良く分かったよ。 ついでにもう一ついいかな?」

 「なーに?」

 「僕の腕をこんなにしてくれた攻撃の正体なんだけど……」

 「それはダメ。 企業秘密ってやつだわ!」


 飽野がそう言うと同時に近くの建物の壁を突き破って石切さんが吹き飛んで来た。

 目だった傷はないが、息が荒く消耗しているのが分かる。


 「クソがぁ! ちょろちょろしてんじゃねぇぞ!」

 「あはははは、遅っそいのよこのドマゾの変態! 悔しかったら掠らせるぐらいしたらぁ?」


 石切さんが歯軋りをする。

 それを見て針谷は小馬鹿にしたような笑い声をあげた。

 

 「あのさぁ、あたしはアンタみたいなキモい奴の相手はさっさと終わらせて、アスピザル君とイイコトしたいの。 前から狙ってたのよねぇ……。 私のアレをぶっ刺したらどんな声で鳴いてくれるのか、考えるだけで――興奮しない?」

 「しねえよ。 クソ女」


 飽野は石切を一瞥。


 「哀ちゃん? 石切さんは殺さないでよ? 召喚の触媒に使って実験するんだから」

 「それなら手伝ってよ。 こいつ固いから針が中々通らないから面倒くさいんだけど?」

 「そうねぇ。 私も早い所ラボに戻りたいし、加勢しましょうか。 あぁ、降参するならモルモットとして身の安全は保障するけど――どう?」 


 冗談じゃない。 誰が好き好んでモルモットなんかにならないといけないのよ。

 他も同意見のようで、石切さんは飽野に向けて中指を立てていた。

  

 「悪いけど、僕もそんな話に乗れないな。 でも、ふふ」


 アス君は小さく笑う。

 

 「おや? 何がおかしいの?」

 「いや、ちょっと前の事を思い出してね」

 

 アス君は笑みを浮かべたまま続ける。


 「あなたと似たような事を言っていた人がいてね」

 「あら? そうなの? どんな人なのかな? 私と同好の士なら是非とも話をしてみたい物だわ! それに――」

 

 飽野がまた話を続けようとした所で、爆発音がそれを遮った。

 音の発生源はガーディオだ。 石畳の一部が砕け散っている。


 「訳の分からねえ話はもういいだろうが、続きはさっさと片づけて引き上げてからにしろよ」


 どうもジェルチとの戦いを邪魔されて不機嫌そうだ。

 彼は横槍を何よりも嫌う性質だ。 それを考えると今までよく我慢した物だと感心する。

 いつの間にか隣に居たシグノレが肩を掴んで止めようとしているが、無視して飽野を睨む。


 「そもそも、今回の件は俺達ダーザインの内輪揉めだろうが! なんでテュケの連中がしゃしゃってんだよ! 挙句に獲物を横取りとかふざけんじゃねーぞ」


 梅本は手で顔を覆って溜息を吐き、プレタハングはやれやれと肩を竦める。

 飽野は無言でガーディオに視線を向けた。

 さっきまでの五月蠅さは鳴りを潜め、その顔つきの所為で無機質な雰囲気を醸し出す。


 シグノレはガーディオと飽野を交互に見た後、危険と判断したのか慌てて距離を取った。

 

 「ねぇ?」

 「あぁ? んだよ!」

 

 飽野の声音からは感情が完全に抜け落ちていた。


 「私が喋っているよね? 何で邪魔してるの?」

 

 ガーディオはどう反応していいのか分からないのか無言。

 だが、睨みつける事だけはやめない。

 

 「ふーん。 そういう態度取るんだ。 じゃあいいわ。 えーと? アンタって位階は"ペンタ"だっけ? ならいいか。 <自壊機構アポトーシス>」


 飽野がそう言って指をパチンと鳴らすと、ガーディオの両肩と両膝、下顎の辺りが内側から弾け飛んだ。

 

 「が、ガーディオ!?」


 シグノレが慌てて駆け寄ろうとするが、飽野が視界に入ると躊躇するかのようにたたらを踏み、両者を交互に見て動くか動くまいか迷っているようだ。

 

 「別にあんた程度ならいくらでも替えが利くし、言う事を聞かない子はいらないわ」

 「な、何故……」


 シグノレが思わずと言った感じでそんな言葉を漏らす。

 それを聞いて飽野は呆れように息を吐く。 


 「馬鹿ねぇ。 私達が何の仕込みもせずにあなた達を強化する訳ないじゃない。 あなたもさっき強化処置を施されたんでしょう? なら口の利き方には気を付けた方がいいと思うわ」


 それを聞いてシグノレは小さく悲鳴を上げて何度も頷く。

 恐らく彼等は私達と戦う前に何らかの処置を受けたのだろう、その際に何かを仕込まれた。

 ガーディオはその仕掛けでああなったのか。

  

 あの様子だと、直近に処置を受けた者限定の仕掛けなのだろう。

 ジェルチ達には影響はなさそうだ。

 とは言っても状況は依然悪い。


 構成員はまだまだ残っているし、ガーディオが脱落したとはいえアルグリーニとシグノレは健在。 

 強さが未知数なプレタハングに転生者が三人。

 こちらはダメージが残っている私とアス君に石切さんのみ。


 ジェルチを見捨てられない以上はジェネットに守らせる必要がある。

 そうなると彼女達は戦力にカウントできない。

 飽野に梅本、針谷。 この三人は特に速度に秀でている。


 逃げ切るのは無理だ。

 普段外に出てこない飽野が居る時点で、向こうが私達を逃がす気がないのは明白。

 本来ならプレタハングを排除した後、穏便に組織を掌握する予定だったのに、読まれてしまっていたのは予想外で、結果として完全な形で奇襲を許してしまった。

 

 こうなってしまった以上、何とか一度下がって立て直さないと…。

 最悪、私の命に代えてもアス君だけは逃がす。

 彼が生きているのなら逆転の目もある。

 

 「さてさて、変な横槍が入ったからちょっと白けちゃったけど、無駄に時間かけるのもあれだし、取り押さえさせてもらうわ!」


 飽野が戦闘態勢に入り、梅本もそれに倣う。

 

 「じゃあおトメちゃんは哀ちゃんを手伝ってあげて、私は夜ノ森さんを取り押さえるわ!」

 「ス・テ・ファ・ニーって言ってるでしょ!」

 

 梅本は文句を言いながらも指示には従うようで石切さんに向かって行く。

 

 「さ、邪魔者もいないし始めるわ! あんた達! 援護なさい」


 構成員達はゆっくりと私を取り囲む。

 

 「では私とアルグリーニは息子への折檻と行こうか」


 残ったプレタハングとアルグリーニも本気で動くようだ。

 どうする? どうする? どうすればいい?

 この戦力で正面から打ち破るのは無理だ。 逃げないと負ける。


 負けるだけならいい。 このままだとアス君があんな人達に食い物にされる。

 知らずに息が荒くなり、視界が歪む。

 

 「夜ノ森さんったら、泣きそうな顔しちゃって~。 何で私が長々と色々説明したと思う? 勝ち確・・・だからに決まってるでしょ? 私達はもう勝ってるの! だからさっきから降伏を勧めてるのに分からない人ね!」


 飽野が憐れむような口調でそういう。

 私もそれは半ば以上理解していた。

 謎の遠距離攻撃にこの戦力差、これはどうにも――。


 不意に周囲が薄暗くなり、周囲の物体が輪郭だけになる。

 

 ……これは。


 フラグラの能力。

 彼までこっちに来た言う事は、ローが負けた!?

 アス君もこれは予想外だったのか少し驚いた顔をしていた。


 フラグラのこの空間は方向感覚や認識を狂わせる能力もあり、展開された時点で逃げる事が難しい。

 こうなってしまった以上――。


 「ふふふ。 可哀想にこれは完全に――ぐぇ?」


 梅本が小馬鹿にした口調で何か言おうとしたが遮られる。

 原因はすぐに分かった。

 いつの間にか彼女が何かに圧し潰されるような形で地面に張り付いているからだ。


 「え? 何? え?」

 「――起動」


 次の瞬間、梅本の胴体は肉片となって周囲に飛び散った。


 「あがぁぁぁ!? な、い、え? 一体何が?」


 胸から上だけになった梅本が困惑と苦痛の混じった悲鳴を上げたが、ぐしゃりと肉が潰れる音と共に途切れた。

 

 「……これは割と爽快だな」


 彼女の頭部を踏み潰した主――ローはそう呟いた。

 

 「どうして――」


 いや、どうやって? フラグラはどうなった?

 私の疑問を無視して、いきなり現れたローはぐるりと周囲を見回し――。


 「取りあえず、こいつ等を皆殺しにすればいいんだな?」


 そう言った。

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