第256話 「蜻蛉」
手強い。
畳みかけるように攻撃を仕掛けて来る構成員達の攻撃を捌きながら私――夜ノ森 梓は苛立ちに顔を顰める。
全員が二以上の部位持ちだ。
加えて、遠距離主体の削るような戦い方。
明らかに私を仕留める事を想定した動きだ。
基本的に私は遠距離の攻撃手段がない。
向こうもそれを分かっているのか頑なに間合いに入ろうとせず、魔法か部位の能力を使った遠距離攻撃のみを繰り返す。
弓矢などは使ってこない。 並の武器では私の外皮と毛皮の守りを抜けないからだ。
動き回りながら、さっと視線を走らせる。
アス君はアルグリーニに近くの運河の水を利用した魔法で攻撃を繰り返しているのが見えた。
対するアルグリーニは全身を硬質化させて魔法に拮抗している。
彼は全身の皮膚を置き換えて、転生者に引けを取らない程の耐久力を獲得していた。
それに加えて他にも複数の部位を持ち、戦闘経験も豊富なベテランだ。
アス君でも負けはしないだろうけど、簡単に倒せる相手じゃない。
ジェルチとジェネットはかなり押されている。
彼女達は元々正面からの戦闘に長けている訳ではない。
撹乱や奇襲を得意としているのでこういった戦いになると地力の差が如実に表れる。
石切さんは姿が見えないけど、建物の破壊と移動している激しい戦闘の音が勝敗が付いていない事を物語っていた。
完全に乱戦の様相を呈しているが、勝敗の条件はシンプルだ。
この戦いは恐らくどれか一つの戦いの勝敗が全ての戦いを左右する。
私達の内、一角でも落ちればそこから弱い順に崩されてしまう。
一番危ないのはジェルチ達だろう。
片方が負ければもう片方が沈み、空いた敵がこちらに流れ込んでくる。
後はそのまま状況は転がり落ちるように悪くなる。
だが、逆もまた然り。
私達の誰かが勝てば逆に敵を崩せる。
この場に居たほとんどの者がそれを理解しているから各々、目の前の相手に集中しているのだろう。
それは私も同様だ。
飛んで来た魔法を躱す。 火球は石畳に命中し、衝撃で砕ける。
私は握り拳大の砕けた石畳の破片を拾って投擲。
この体になってからは身体能力には自信がある。
強肩から放たれた石塊は魔法で追撃をかけようとした一人に命中してその頭部を吹き飛ばす。
即死した者が爆散したのを尻目に次の標的を仕留めるべく、動きながら攻撃の機を窺う。
……これで七人。
敵の数は約五十。 残りは四十数人。
中々減らない事に苛立ちが募る。
元は部下だった者達相手にこんな事になるなんて……。 覚悟はしていたけどあまり気分は良くない。
本当にこの世界は残酷だ。
日本の倫理観で育った身としては許容できない部分が多すぎるが、割り切ってしまっている自分はどこかおかしいのだろうと自嘲する。
アス君。 あの時、私を助けてくれた彼の為に戦う。
その動機は全ての事柄を凌駕する。
だから私は迷わない。 数人が協力して魔法を展開<爆発>。
両腕を交差させて防御。 足を止めずに強引に突破。
魔法を撃ち込んで来た構成員の所へ突っ込み、手近な者の頭を拳で粉砕。
爆散する前に死体を他へ投げ付ける。
二人が折り重なり、爆散し消滅。
末路を見届けずに逃げようとした者を掴んで武器代わりに振り回し、飛んで来た魔法や攻撃を叩き落す。
死んだ事を確認したと同時に適当な相手に投げつける。
爆散。 これで十人、次。
油断なく次の敵を仕留めんと動く私の思考は――。
――それによって断ち切られた。
最初に感じたのは軽い衝撃。
肩に何かが食い込んだ事は分かった。 僅かな痛みと何かが潜り込んで来る異物感。
全く反応できなかった事は脅威だが、大した威力ではない。
そんな考えは一瞬で消し飛んだ。
「ぐ、うぅぅぅ」
思わず傷口を押さえる。
私の肩が内側から破裂したからだ。
一体何が……。
腕が千切れると言う事はなかったけど、肩が大きく抉れている。
周囲を見ると、ジェルチが腹に撃ち込まれたようで脇腹の辺りが大きく抉れて血と臓器が石畳に散っている。
生きてはいるようで僅かに胸が上下しているのが見えた。
対峙していたガーディオがつまらなさそうに彼女を見下ろしている。
ジェネットは際どい所で躱したようで傷はなかった。
意識はジェルチの方へ向いており、何とか駆け寄ろうとしている。
石切さんは分からない。 戦闘の音が止んでいない所を見ると健在なのは分かったけど…。
アス君は――。
「……これは参ったね」
口調はいつも通りだったけど、額から汗が滲んでいる。
「はは、流石に躱すのは無理だったよ」
そう言って笑うアス君の左腕の肘から先がなかった。
慌てて駆け寄って庇うように前に立つ。
「……これは下がって立て直した方がいいかもね」
「今のは一体何? 魔法にしては速すぎる。 反応もできなかったわ」
「いや、魔法なのは間違いないけど、これは多分――」
アス君が何かを言いかけたのだけど、それを遮るように手を叩く音が響き渡る。
「やぁ、アスピザル。 愛しい我が息子よ」
その男は大きく手を叩きながら現れた。
歳はそろそろ七十に届く筈だけど、それを感じさせないぐらい足取りは軽やかだ。
仕立ての良い服に、白が混ざった頭髪。
本来なら寝たきりの筈なのにどうして……。
「やぁ、父上。 寝たきりの筈だったのにいつの間にそんなに元気になったんですか?」
プレタハング・イクス・ミスチフ。
この街を牛耳るミスチフ水運の責任者にして、ダーザインの前首領。
頑なに権力を手放さず、アス君を道具のように使い、全く顧みない親としても公人としても最低の男だ。
プレタハングは額に手を当て大仰なポーズで天を仰ぐ。
「アスピザル。 アスピザル。 私は悲しい。 そう、悲しいんだよ。 心から信頼していた息子の裏切に胸が張り裂けそうだ」
「悲しいと言う割には躊躇が全くないように見えますが? 僕は
アス君の言葉にプレタハングは薄く嗤う。
「そうかね? 私はお前の手腕はそれなりに評価していたのだよ? ……にもかかわらず私を、この父を裏切るとは悲しいなぁ……」
口調からはアス君への信頼が微塵もないというより、会話になっていない。
そもそもこの男は頭から疑っているので、たとえ裏切っていなくても同じ行動を取っていただろう。
だから、裏切られたという事を理解しない。
「まぁ、裏切るというのなら残念だが、お前は用済みだ。 ここで処分としよう」
「その前に、寝たきりだったあなたが元気になった事に対する種明かしをして貰いたいな?」
プレタハングは不思議そうに首を傾げたが小さく頷く。
「……まぁ、いいだろう。 テュケの方々が用意してくれた新しい技術の成果だよ。 上手く適合しなければ死ぬという危険な賭けだったが、私にかかればご覧の通りだ」
そう言って両手を広げて見せる。
肉体に大きな変化はない。
手足はやせ細ったままなのにその足取りは驚く程にしっかりしている。
少なくともその姿は最後に見たままで、自力で動くなんて真似が出来る状態には見えない。
何をした? いえ、何をされたの?
「その具体的な内容を聞いているんだけどな?」
「回復の時間稼ぎを兼ねているんだろうが、父は寛大だから説明してやろう。 それにイシキリの始末が終わればお前達は詰みだ。 辺獄への手土産代わりに教えてやろうじゃないか」
プレタハングは余裕の笑みで口を開こうとして――。
「その説明なら私達がしてあげるわ!」
別の声に遮られた。
声の主は空から舞い降り、プレタハングの左右に重さを感じさせずに着地。
数は二人。 片方は蝙蝠に似た姿をした女。
もう一人はやや細身の体に細長い二対四枚の羽根を持つ|蜻蛉(とんぼ)に似た女。
両者ともテュケの使徒――転生者だ。
蜻蛉は
「あれ? トメさんだ。 久しぶりだね」
アス君がそう言うと、蝙蝠ははっきりと分かる程に顔を歪ませる。
「ス・テ・ファ・ニーよ! 間違えないでくれる!?」
本人はその名前が気に入らないらしく、ステファニーと名乗っている。
「それで、二人は父上に何をしたんだい?」
アス君は言いながらも傷口に無事な手を押し当てて魔法で治療を施す。
視界の端でジェネットがいつの間にかジェルチに駆け寄り、傷口に魔法薬を振りかけて彼女の手を握って何事かを囁いていた。
ガーディオはそれを見ていたが特に手は出さない。 表情はかなり険しい。
あれは獲物を取られて怒っているな。
シグノレも同様に動かず、こちらは無表情で佇んでいた。
その反応に訝しみながらも私は二人の転生者の方へ視線を向ける。
飽野はふふんと鼻で笑うと得意げに話し始めた。
「テュケが開発した新たなる悪魔召喚。 その栄誉ある臨床検体にあなたのお父様は選ばれ、その力を物にする事に成功したのよ! 私も関わっていたから、この結果は鼻が高いわ!」
「新しい悪魔召喚ね。 その割には父の体に変化はないように見えるけど?」
アス君の疑問に飽野は大きく頷く。
「良い質問ね! ではアスピザル君! 従来の悪魔召喚はもちろん知っているよね? そもそも悪魔とは辺獄とは違う異界に住む生命体の事を指すわ! そんな連中をこちらに呼び出すのは難しい! それでも我々テュケはやってのけたわ! でも、不完全だった。 通常の召喚では
凄まじい勢いででまくし立てる飽野。
隣の梅本はやや呆れが混ざった視線を向けていた。
邪魔はしない、何故なら彼女は他人に知識をひけらかす事が何よりも大好きで、それを邪魔される事を何よりも嫌うからだ。
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