第252話 「姉弟」

 <風Ⅰ>

 風系統の基礎中の基礎魔法だ。

 それを多重起動。


 目の前の薪が五つ、ふわりと宙に浮く。

 適当な位置で止めて<風刃Ⅰ>を薪と同数起動。

 空中の薪が全て両断される。


 今、俺が居るのはシジーロにあるグノーシスの教会だ。

 建物のサイズはウィリードの大聖堂と同じか少し小さいぐらいで、敷地内に小さな宿舎と孤児院が併設されている。


 俺はその裏手で風呂炊き等に使用する薪を練習ついでに風の魔法で両断している。

 近くに座り、手を触れずに作業を行う。


 それを見てぼんやりと考えていた。

 俺の体内には補助脳と予備脳と呼んでいる特定の用途に使う脳みそが入っている。

 前者の補助脳は魔法の構築のみに特化した脳で魔法を使う際に使用し、後者の予備脳は人間の脳をそのまま再現した物だ。


 何に使うのかと言うと首が胴体と分離した際、操作するのに使う。

 首を飛ばされた時や上半身と下半身が泣き別れた時などに備えてだ。

 命令して動かす事は勿論、場合によっては切り離された部位を自立行動させることも可能だ。


 ……まぁ、基本的に本体と繋がっている間は補助脳としての使用だがな。


 今までは出力する物を増やしての魔法行使だったが、アスピザルを見ていて少し思う所ができた。

 もう少し効率よく魔法を使う事が出来るのではないか、と。

 あいつの使っていた魔法はどう見ても俺が使う物よりも威力、精度、燃費と全てにおいて格上だ。


 奴固有の能力かとも思ったが、規模や精度が違うだけで魔法の延長線上の技術に見える。

 聞いてもはぐらかされるだけだから、こうして空いた時間で考察しているのだが……。


 割れた薪を適当な所に集めて次を魔法で移動させる。

 薪割りを仰せつかったので、意味もなく割るぐらいならこうして魔法の練習を兼ねているという訳だ。

 幸いにも練習台には困らない。


 エイデンの奴、使った金の元を取ろうと山のように薪を用意してくれたからな。

 薪を魔法で両断しながら考える。

 何か工夫があるのは間違いない。


 しばらく同じ作業を繰り返す。

 俺はこの工程を複数の脳で並列思考する事で可能としている。

 対するアスピザルは俺と違って構造自体は人間とそう変わらないように見えた。


 つまり奴の脳は一つきりの筈だ。


 ……にも拘らずこの差は何だ?


 考えられるのは根本的な構築に違いがある事だ。

 魔法の基本は書き足し。 円の中に必要な式を記述する。 それ以上を求めるのなら円を増やす。

 構築、威力、距離だ。 構築のみでⅠ、威力、距離のどちらかを足せばⅡ、両方でⅢ。


 使用する魔力量で円自体を大きくすれば出力は上がる。

 最初は円を増やせばと思い実行。 精度に的を絞って構築してみたが失敗だった。

 いや、部分的には成功したのだが、起動までに時間がかかり過ぎる。


 規模の大きさと言うよりは円を増やすと起動までの所要時間がかなり伸びてしまうようだ。


 ……これは良くない。


 一秒を争う戦闘では文字通り命に係わる。

 恐らくだが、ギリギリ戦闘に使用できるのが三重――Ⅲまでだったのだろう。

 基本、魔法は集中しないと使えない上に乱れると霧散する。


 集中力と起動までの時間を計算して妥当な規模に収めた――完成された技術だと感心する。

 そもそも俺やアスピザルのように派手に動きながら使う方が異端だ。


 ……まぁ、異端なりに効率のいい方法を模索してはいるのだが……。


 円が増えるほど、起動に時間がかかる。

 うーむ。 これは根本的に考えを変える必要があるか?


 規模を可能な限り落としてさっきの手順をなぞる。

 薪は浮き上がったと同時に両断。 速いな。 規模も多少は影響があるのか。

 速度は数割増しで早くなったが、根本的な解決にはならんな。


 必要なのは威力と速度の両立だ。

 俺は脳裏で円を捏ね繰り回しながら薪を両断し続ける。 


 気が付けば山のようにあった薪がほとんど両断されていた。

 いっそ形を変えるか? 三角と四角とか……。

 考えたがダメそうだ


 だが、形を変える事自体は悪い手じゃない筈だ。

 ぐるぐると脳裏で様々な図形を弄繰り回していたがいい案は浮かばない。

 気が付けば薪が全て二つになっていたので、両断した薪を更に両断する事にした。


 いっそ図形を組み合わせるか?

 やはり平面では無理がある――待て。

 そこで閃く物があった。


 平面? そうかあくまでイメージで紙に書く訳じゃないんだ。


 二次元ではなく三次元的に物を考えるというのはどうだ?

 イメージは円ではなく球。  

 試してみたが効果は劇的だった。


 構築にコツが要るが、かなり細かく弄れるのは素晴らしい。

 最大の利点は円を継ぎ足さなくていいから出が速い。

 試してみたが、効率が段違いだ。


 残りの薪も瞬時に両断できた。

 気が付くと後は楽で、そいつを応用して魔法を組めばいいだけだから簡単な物だ。

 なるほど、立体的に構築を行うのか……。


 「おーい! こっちが終わったから手伝いに――って終わってる!?」


 思考の着地点が見えた所で声がかかった。


 振り返るとエイデンがもう一人聖殿騎士を連れて来た。

 特徴が聞いていた物と一致している。 噂の姉貴か。

 装備しているのは白の鎧だが、所々に改造が施してある。


 具体的には肩や腕などの可動部分の装甲を削ぎ落して、動きやすいように工夫されているのが見て取れる。

 代わりに腕に小さな丸盾が装備されており腰にも何かをマウントするような接続具のような物が付いていた。 腰に短剣を佩いている所を見ると、杖か矢筒と言った所か?

 

 恐らくは後衛寄りの戦闘スタイルだろう。

 身長はエイデンより低いが、女性の平均よりはやや高い。

 長い髪を結い上げており、視線は力強く活発な印象を受ける。


 顔のパーツもバランスも良く配置されており、充分美人に分類されるだろう。

 

 「あぁ、ついさっき終わった所だ」

 「どうやって――って、四つになってる!? これだけの量を一人で片付けたのかよ」

 

 しまったな。 早く片付け過ぎたか。

 もう少しダラダラやるべきだったな。 

 まぁ、済ませてしまった物は仕方がない。


 「そんな事より、そっちの紹介はしてくれないのか?」

 

 俺は答えずに姉の方へ視線を向けると、小さく微笑んで前に出た。


 「弟がお世話になったみたいね。 あたしはリリーゼ。 リリーゼ・キアラ・サンチェス聖殿騎士よ」

 「ご丁寧にどうも。 俺はロー。 冒険者をしている」


 そう答えながら首から下げているプレートを見せた。

 リリーゼは笑みのままエイデンに蹴りを入れる。


 「い、痛いよ姉さん!」

 「こら、冒険者を雇うのなら事前に言いなさいよ! あんたの事だから大して報酬用意してないんでしょう?」

 「いや、充分に貰っているから問題ない」


 少なくとも報酬の数倍の料理を堪能させて貰った。

 俺がそう言うとリリーゼはきょとんとした表情をして笑顔を浮かべる。

 顔全体で表情を出すので、印象が結構変わるな。


 「そう? あなたに問題がなければ良いのだけど……」

 「あんたがここの責任者って事でいいのかな?」

 「そうよ。 よく分かったわね? 結構、見えないって言われてるから――あ、分かった。 エイデンから聞いたんでしょう?」

 「そうだな。 ……で? 次の指示は何かな? 報酬を貰っているからその分の労働はやっておきたい」

 「あら、殊勝。 ウチの弟に見習わせたいぐらいね」

 「ちょ、姉さん……」


 自慢気に語るだけあって姉弟仲は良いようだな。

 親しい者同士が発する独特の空気感がある。

 仲が良いのは結構な事だが、そう言うのは他所でやってくれませんかね。


 俺が黙っていた事で何かを察したのかリリーゼは少しばつが悪い表情になる。


 「ごめんなさいね。 ええっと、次の仕事は――風呂炊きか食事の用意なんだけど……」

 「なら風呂炊きだ。 悪いが子守は苦手なんでな」


 食事の用意で俺を狩りだすと言う事は隣の孤児院絡みだろう。

 絡まれるのも面倒だし、裏で風呂炊きやってた方が気楽だ。

 場所は聞いているので踵を返して風呂場へ向かう。


 「あ、ちょっと待って」


 踵を返した所でリリーゼに呼び止められた。

 何だと俺は振り返る。


 「今日の宿は決めているの? もし良かったら――」

 「いや、気持ちはありがたいが、連れが宿を用意してくれていてな。 影踏亭かげふみていとかいう宿なんだが知っているかな?」

 「あら、高級宿じゃない。 お連れさん随分とお金持ちなのね」

 「正確には依頼人だ。 ここへ来たのは仕事も兼ねている」


 それを聞いて二人の表情に理解が広がる。

  

 「そうだったのか。 一番きつい薪割りが終わったから風呂炊きが終わったら依頼は完了で構わない。 片付いたら宿まで送るよ」

 「そりゃ助かる」


 俺はそう言って浴場へ向かった。

 



 「いやぁ、本当に助かったよ。 ありがとうな!」

 「あたしからもお礼を言わせて。 あんな安い賃金でここまでやってくれるとは思わなかった。 本当にありがとう」

 

 俺は答えずに肩を竦める。

 あの後、風呂炊きを片付けて、時間が余ったのでその辺の清掃も適当にこなし、後学の為と適当な事を言って孤児院を覗いた所で、いい時間になったのでお暇する事にした。

 まぁ、飯代込みで給料分は働いたと自負している。


 円満に仕事を片付けた俺は現在、二人の聖殿騎士に宿まで送ってもらっているという訳だ。 

 エイデンとリリーゼは俺を送った後、街の巡回をやるらしいので両者ともフル装備で俺の隣を歩いている。


 エイデンは腰に剣が二本。 リリーゼは腰に短剣と矢筒、手には弓が握られていた。

 薄っすら光っている所を見ると、魔法の付与がなされている高級品だろう。

 

 「気になる?」


 俺に視線に気づいたのかリリーゼは弓を持ち上げて見せる。


 「少しな。 聖殿騎士は何人か見た事があるが、弓を使う奴は珍しい」

 「魔法の方が使い勝手がいいし、弓よりは杖の方が人気あるからあたしみたいなのは少ないかもね。 でも、弓も中々捨てた物じゃないのよ~」


 言いながら弓の弦を弾いて見せる。


 「詳しい事は話せないけど、こういう付与の施された弓は下手な魔法より速いし、傷を負っても引く事さえできれば矢は放てるしね」

 

 確かに、魔法の構築より弓を射る方が早いだろう。

 まぁ、その辺は工夫次第だろうが、この女はその辺も重々承知しているようだ。

 鎧の改造といい、色々試行錯誤を繰り返しているのは見ていればわかる。


 「こういう努力を怠らない事が大事なのよ? 将来的にも自分の為にも」

 「……その様子だと狙いは聖堂騎士か?」


 俺がそう言うとエイデンが笑顔で俺に詰め寄る。

 近い。 離れろ。


 「お、分かる? 流石ローだな! 実績も充分積んでるし、もう少ししたら姉さんにも声がかかると思う。 実際、候補には上がって――痛い痛い、やめてよ姉さん」

 「だから、あんたはそう言う事言うの止めなさいって言ってるでしょ? 恥ずかしい」


 蹴りを入れられているがエイデンは笑顔で、蹴っているリリーゼもまんざらではない様子だ。

 仲が良いのは十二分に伝わったから、他所でやってくれません?

 反応に困るから。 

 

 ……まぁ、候補に選ばれるぐらいだからこいつ等は聖殿騎士という括りの中では上の方なのかね。


 戦り合う事になったら注意するとしよう。

 その後も適当に中身のない会話を続け、宿が見えて来た所で二人と別れた。

 何故かエイデンが名残惜しそうにしていたが、お前はそんなに姉自慢がしたかったのか?


 このシスコン野郎と言う言葉は胸の内に押し込めてにこやかに別れを告げた。

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