第241話 「屠殺」

 部屋の位置から察するに、ここは屋敷の裏手だろう。

 飛び降りた先では夜ノ森が豚と派手に肉弾戦を繰り広げていた。

 夜ノ森のラッシュを豚が器用に捌き、的確に殴り返す。


 ……あの豚、見かけによらずにいい動きをするな。


 身体を小刻みに動かして、飛んでくる拳を掻い潜っている。

 加えて、腰の入ったフックを夜ノ森の脇腹に連続して叩きこむ。

 

 「ぶひひ。 どうしたどうした。 全然当たらんぞ?」

 「このっ! このぉ!」


 ダメだなこれは。

 夜ノ森は完全に頭に血が上っているな。 どう見ても冷静じゃない。

 対する豚はぶひぶひ言って煽る余裕すらある。


 夜ノ森の大振りの一撃が来た所で戦況が傾いた。

 豚は右の一撃を半身で躱し、夜ノ森の右足に自分の右足を勢いを付けて引っ掻け、刈り取る。

 足の支えを失った夜ノ森の体が宙に浮いた所で、豚は腰の辺りを掴んで地面に叩きつけた。


 「……か、は……」

 「ぶひひ。 儂、こう見えても柔道二段でねぇ。 力任せのあんたじゃ勝てんよ?」


 言いながら倒れた夜ノ森の足を掴んでその体を振り回し、近くの木に叩きつけた。

 これは今の夜ノ森じゃ無理か。

 俺は無言で手を翳す。


 <爆発Ⅱ>。 夜ノ森を巻き込むが、先走った代償とでも思ってくれ。


 気付いた豚は咄嗟に腕を交差させる。 

 轟音。 同時にいつの間にか降りて来ていたアスピザルが石でできた柱のような物を形成。

 射出。 爆炎を突っ切って命中し豚は吹っ飛んで近くに木に激突。 夜ノ森から離れる。

 

 俺はそのまま両者の間に割り込み豚と対峙。

 夜ノ森は少し焦げているが、戦闘には支障がなさそうだ。

 さすがに転生者は頑丈だな。


 豚の方は――。


 「ぶひ。 残念だよ、君達はいい取引相手だったと言うのにねぇ」


 ――無傷かよ。


 「悪いんだけど、あなたは信用できない。 こっちに協力する気がないのなら死んで貰うよ」

 「全く、酷い雇用主もあった物だねぇ」

 

 豚は再度、ぶひひと笑う。

 いや、アスピザルの反応は至極もっともじゃないか?

 聞けば、日に日に報酬のレートを上げて行っているらしいからな。


 いい加減、面倒を見切れなくなるのは目に見えている。

 かといって放り出せば情報が漏れると、生かしておく理由が見当たらない不良債権だ。

 どう考えても始末するしかないな。

  

 豚は両腕を軽く広げ、股をやや大きく広げて構える。

 あれは柔道の構えか何かなのかな?

 

 「梓は下がって。 ロー、接近戦は良くない。 遠距離で削ろう」

 「了解だ」


 アスピザルの言う通り、接近戦は分が悪そうだ。

 俺達は左右に散って豚を半円状に囲み、アスピザルの魔法に合わせて再生した左腕ヒューマン・センチピードを嗾ける。


 アスピザルが作った土でできた槍のような物が降り注ぎ、それを縫って百足の顎が急所を狙う。

 どう動くかと思いきや、豚は鼻をぶひぶひ言わせながら両腕をクロスさせて正面から突撃。

 体のあちこちに土槍が当たるが、再生の方が早く傷が即座に修復される。


 ……どうなってるんだあの豚は!?


 だが、ガードで視界が塞がっているのなら俺の方への対処は――。

 

 「ぶひひ。 それは見てるんだよ」


 ――万全だったようだ。


 接触の直前にガードを下ろして百足を掴む。

 舌打ちして、他の百足もタイミングをずらして嗾ける。

 再生するのなら目や鼻等の五感を潰す狙いだったが、ふざけた事に飛んで来た順に掴み取られ、一纏めにされた。


 そしてそのまま振り回す。

 咄嗟に伸縮しようとしたが間に合わん。

 俺の足が浮いたかと思った次の瞬間には振り回され、木に叩きつけられていた。


 即座に立て直し豚から視線を切らない。

 奴は俺を振り回している間もアスピザルの魔法攻撃にさらされていた筈だが、呆れた事に全く意に介していないようだ。


 ダメージが喰らった端から修復されている。

 

 「大原田さんの自慢は再生能力によるタフネスでね。 ガス欠になるまで削るぐらいしか対処法が無いんだよ」

 「弱点は?」

 「聞いた限り無いね。 本当かどうかは知らないけど何をやってもすぐに回復するんだって、それに解放も残しているから持久戦を覚悟した方がいいかも」


 純粋にタフなのか。

 それだけなら問題ないのだが、加えて本人の戦闘センスが高い所為でかなり厄介な感じに仕上がっているな。


 「ぶひぶひ。 お喋りしている余裕があるのかね?」


 腰を低くしてタックル気味にこちらに突っ込んで来る。

 好都合だ。 俺はそのまま喰らい、近くの木にそのまま叩きつけられた。

 骨が砕ける感触がしたが些細な事だ。


 まずは洗脳を試す。

 腰にしがみ付いている豚の無防備な背を抜き手で抉り、根を伸――。


 ――ばせない。

 どうも何かに干渉されているのか触れはするが、手応えが全くない。

 同化できないのだ。

 以前の蜘蛛の時と似たような感じだったから、正直できるか怪しかったが、懸念は大当たりだったようだな。

  

 俺は即座に洗脳を選択から切り捨て、別の方法を狙う。

 折角、体内に指を突っ込めたんだから置き土産ぐらいはくれてやる。 

 腰を掴んでいる豚はタックルから別の技をかけようをしているのか微妙に体勢が変わっていた。


 胸倉を掴まれたのと同時に指先を弄って爪の間から思いっきり毒液を注入。

 開始と同時に天地が逆転、恐らくは一本背負い。

 全身に余すことなく衝撃が入る。


 有段者だけあって見事な投げだった。

 それなりに効いたな。 俺の方はどうだ?

 

 「ぶひぎぃぃぃ!? 何を! 何をした! この小僧がぁぁぁ!」


 背中から煙を吹いている。

 再生しているが毒液を除去できている訳ではないので体内で溶け続けていようだ。

 豚は怒りの形相で俺の顔面に連続でストンピング。


 四発目を喰らった所でアスピザルの援護で豚が吹っ飛ぶ。

 口を閉じて外から見えないように折れた歯を直し、ひん曲がった鼻を指で向きを整える。

 砕けた歯はそのまま呑み込みながら立つ。

  

 アスピザルは魔法を連射しながらこちらに寄って来た。

 

 「大丈夫? 思いっきり顔、踏まれてたけど……」

 「問題ない」

 

 返事をしながら視線を豚に戻す。

 豚は背から煙を吹いていたが、徐々に収まって行っていた。

 なるほど、こう言うのは効くのか。


 「何をやったの? 効いてたみたいだけど?」

 「溶解液を体内に入れてやった」

 「……そんなのどこから用意したの?」

 「魔法だ」


 ファンタジー世界では大抵の事は魔法って事でごり押しできるから便利だ。


 「へぇ、そんな事できるんだ? 今度教えてよ?」

 「気が向いたらな」

 

 ともあれ効きそうな攻撃は分かった。

 後はそれを執拗に繰り出せばいい。

 俺は指先から酸を出しながら<水球>を使う。


 量を増やして混ぜる。 透明な水球は直ぐに毒々しい色に変わる。

 それを次々と増産。 俺の周囲に水球が次々と現れた。

 

 「ぶ、ぶひ。 やってくれ――なっ!?」


 立ち上がった豚は俺の周囲に浮いている物が何かを即座に悟ったようだ。

 逃げようと踵を返そうとしたが、足元から砂の鎖が現れて拘束される。

 アスピザルの仕業か。

 

 「やっちゃって」

 

 言われるまでもない。 全弾射出。

 

 「ぶ!? ま、待――」


 十数発の水球を頭から被った豚は凄まじい悲鳴を上げて全身から煙を噴き出す。

 拘束していた鎖も溶けたので動けるようになったが、それどころじゃないな。

 地面を必死に転がってどうにかしようとしている。


 その有様にアスピザルはうわぁと声を漏らす。

 豚の体は再生と溶解を繰り返しているが、不意に肉体の損傷が止まる。

 嫌な予感がしたので水球を追加しようとした所で、豚が弾け飛んだ。


 いや、弾け飛ぶような勢いで肉体が膨張したのか。

 

 「ぶるるるるるる。 やってくれたなぁ……使いたくはなかったが、本気で相手をしてやろうじゃないか」


 豚が巨大化して体の修復速度も段違いに上がり、損傷を再生速度で捻じ伏せた。

 見た目は自体はそう変わっていないが大きさは約三倍といった所か。

 

 「使った以上、大原田さんには時間がなくなったはずだから、粘れば勝てるよ」

 

 裏を返せばその分、必死に仕掛けてくるって事だろうが。

 この戦いにリミットが付いたが、気は抜けんな。

 

 「ぶがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 身を低くしてのタックル。

 さっきと同じだが、図体の所為で迫力が段違いだ。

 俺達は躱そうと動こうとして止めた。


 豚に横から夜ノ森が飛びかかったからだ。

 熊とは思えない機敏さで豚の体をよじ登り、全身を使って首を引っこ抜く勢いで締め上げる。

 

 「ぶごぉぉぉぉぉぉお!」


 耳障りな鳴き声を上げて豚が態勢を維持できずに地面を滑りながら倒れる。

 夜ノ森は鬼気迫ると言った感じで首から手を離さない。

 引き剥がそうとするが、それは許さないと言わんばかりにアスピザルが顔を狙って土槍を飛ばす。


 俺も同様に水球を飛ばすが夜ノ森がしがみ付いている所為で狙い難いな。

 まぁ、当たればどこでもいいか。 手足を狙って叩き込む。

 

 「ぶがぁぁ!? ギザ、ギザまぁぁぁぁ!?」


 豚は凄い事になっている。

 顔面は槍で穴だらけ、手足は解けてドロドロ。

 首の拘束は完全に極まっていて、顔は赤黒くなっている。


 豚はぶぎぶぎと濁った鳴き声を辺りにまき散らしながらのた打ち回った。

 夜ノ森は何度も地面や木に叩きつけられたが、腕を緩めない。

 その間にも俺とアスピザルは攻撃を緩めずに削る。


 ……勝負あったな。


 こうなった以上、豚はどうにもならない。

 一対一なら厳しかっただろうが今回は三対一だ。

 勝敗を分けたのは単純に手数の差だったな。

  

 俺の目の前で豚の体がみるみる内に萎んでいくのが見えた。

 時間切れのようだ。

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