第240話 「長閑」

 時間にして数か月程かけての移動だったが特に深刻なトラブルもなく目的地に辿り着けた。

 到着したプティート領は長閑な風景が広がり、牧場のような施設がいくつか見えている。

 そこでは馬が数頭、呑気に草を食んでいるのが見えた。

 

 「馬が居るのか?」

 「そうだね。 こっちは避暑地として有名だから金持ちが建てた別荘の管理やらでそれなりの金額が流れ込んでいるんだ。 あの馬も全部じゃないけど一部は道楽で置いているんじゃないかな?」


 俺の呟きに反応したアスピザルがそう答えた。

 

 「そうなのか? 馬ってのは相当高価と聞いていたが、道楽で買える物なんだな」

 「だから金持ちの道楽なんだよ。 ……というかローだってその気になれば余裕で買えるんじゃない?」


 ……そうか。 よく考えたら俺ってそこそこの金持ちだったんだな。


 いつの間にかオラトリアムの収益が信じられない事になっていたらしいが、俺自身が稼いでる訳ではないから認識が薄いんだよなぁ。 

 例の果物とドワーフの武具、特に果物は生産速度が尋常ではないので、凄まじい額になっているらしい。


 ただ、その分肥料の確保が面倒らしいが、対策の為に少し前に専用の施設を作らせたとかなんとか……。

 

 ……話を戻そう。


 この領は夏の間はそれなりに賑わうが、それ以外はあまり人が寄り付かない長閑な場所のようだ。

 そこまで凶暴な魔物もほとんど出ないので、襲われる心配も少ない。

 牧場の維持と馬の世話で外から金が流れ込んで来るから、それなりに潤っているようだ。


 馬ねぇ……。

 たまに見かけはするが、サベージが居るから正直な話、興味が無い。

 

 「……で? 目的地はどの辺りだ?」

 「山の中よ。 転生者は見た目が見た目だから人目に付き辛い場所で暮らしているのよ」


 答えたのは夜ノ森だ。

 アスピザルはそうだねと同意する


 「ここはそんなに広くないから今日中には到着するんじゃないかな?」


 ……なるほど。


 そう広くないのなら、どこかで時間を見つけて例の大瀑布とやらを見てみたい物だ。

 今まで喰った連中の中に知っている奴は居ても見た事のある奴は居なかったからな。

 この国で最大の滝とやらには興味がある。


 ぐるりと周囲を見回す。

 春も過ぎ、気候は完全に夏だ。 日差しは強いが身体に当たる風のお陰で程よい。

 建物が少ないので視界が良く通り、この領の景色が一望できた。


 避暑地として選ばれるのも頷ける。

 景色もいいが、物が少ない所為で忍び寄るなんて真似が難しい。

 

 ……のんびりやるにはいい所かもな。


 そんな事を考えながら俺はサベージを進ませた。





 目的地は山の中にひっそりと建てられており、あまり人が寄り付かない場所にあった。

 その辺りはグラード領の砦と同様のようだ。

 たまに薬草を採りに来た冒険者や村人が迷い込むらしいが、適当な事を言って追い返すらしい。


 屋敷の傍に建てられている厩舎にサベージとタロウを預けてから中へ入る。

 中に入るとメイドたちに出迎えられた。

 人数は二十人ぐらいか、どれも顔は整っているが全員に漏れなく奴隷の首輪が嵌まっている。


 服装も真っ当なメイド服ではなく、大きく開いた胸元にギリギリの長さのスカート。

 まぁ、どう見てもそういう物を煽る用途でデザインされたメイド服だな。

 

 年齢は平均十代半ばから二十代前半といった所だろうか。

 数は少ないが子供もいるようだ。

 後は――まぁ、奴隷特有の生気のない目だな。


 もう、人生に絶望しきって色々と諦めている目だ。


 ……一部の例外を除いてだが。 


 メイドの何人かに目つきが違う奴が居る。

 化けている奴がいるな。 そいつらだけ首輪は見た目だけか。

 油断を誘う為なのか? それともここはメイド服じゃないとダメな決まりでもあるのだろうか?

 

 「ようこそおいでくださいました。 アスピザル様、ヨノモリ様」


 代表らしきメイドの一人が進み出て頭を下げる。

 他もそれに追従。

 アスピザルは特に気にした素振を見せずにひらひらと手を振る。


 「ご苦労様ー。 ところで大原田さんいる?」

 「はい。 使徒オーハラダは奥の部屋で、その――新しい奴隷の確認を――」

 「分かった。 場所は奥でいいんだよね?」

 「上階の一番奥の部屋になります」

 

 アスピザルは小さく頷くとそのまま歩き出した。

 俺と夜ノ森もそれに続く。

 階段を上って廊下に出る。 妙に天井と廊下が広いな。


 「梓達でも楽に動けるように作ってあるからね」


 俺の考えを察したのかアスピザルの説明が入る。


 ……そうかい。


 アスピザルの言葉に納得する。

 元々あった物を使っているのではなくて、転生者を放り込む為に一から作った屋敷と言う事か。

 廊下を半ばまで行った所で声が聞こえて来た。


 「や、やめてください。 いやぁ、近づかないで――いやぁぁぁぁぁ!!!」


 最早、悲鳴だな。

 俺は溜息を吐いて問題の部屋へ踏み込む。

 結構な広さの部屋でど真ん中に尋常ではないでかさのベッド、端には喰い散らかされた食料としくしくとすすり泣く少女とその背をさすって慰める少女。


 「ぶひひひひ。 いいぞぉ! もっと泣け!」


 視界に入れるのには躊躇われる奴が居たので敢えて部屋の隅から確認したが、諦めてベッドに乗っかっている奴を見る。

 一言で言うと豚だな。 サイズは夜ノ森と同じかやや小さい位か。


 左右には奴隷の少女が二人、片方は口から涎を垂らして力なく横たわっている。

 目は半開きで――まぁ、控えめに言って壊れたっぽいな。

 残りの女は豚にケツをぺしぺし叩かれて悲鳴を上げていた。


 何とも分かり易い構図だ。

 見ただけで豚がどういう奴かが分かる。


 「……あぁん? 何だお前等――おぉ、夜ノ森さんとアスピザル君じゃないか。 久しぶりだねぇ」

 「やぁ、大原田さん。 元気そうで何よりだよ」

 「……どうも」


 豚は俺達に気が付いたようでこちらに顔を向けてにこやかに声をかけて来た。

 アスピザルはいつもの調子で、夜ノ森は嫌そうに返事をする。

 

 「んん? そっちの小僧は何だ? 新しい幹部か何かかね?」

 「違うよ。 僕達の協力者。 ローっていうんだ」


 俺を一瞥するが、それだけだった。

 どう考えても興味ないだろうしな。


 「ほぅ。 それで? ここに来たと言う事は仕事の依頼かね? 報酬はそろそろジェルチちゃんが欲しい所なのだがねぇ? あの生意気そうな顔に思いっきり――」

 「悪いけど、そう言うのはそろそろ控えてくれないかな?」

 「……どういう意味かね?」


 豚の雰囲気が変わり、声が低くなる。

 

 ……こっちが本性か?


 「聞いての通りだよ。 いい加減、あなたに新しく奴隷を宛がうのが難しくなってきてね。 定期的に提供する分だけで我慢して貰えないかな?」


 豚はぶひぶひと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


 「話が違うんじゃないかね? 君等は儂に報酬を払う。 儂は君等の為に戦う。そう言う話で儂はここで大人しくしているのだがねぇ?」

 「残念ながらその約束をしたのは僕の父であって僕じゃないよ。 組織の体制が変わるから、下もそれに合わせて貰おうと思ってね」

 「儂に無料タダで働けと?」

 「ここの維持費も無料じゃないし、定期的に奴隷は提供するって話はしたよね? それに宛がった女の子を短い期間で使い潰されても困るんだよ。 補充にそれなりの手間がかかってるって分からない?」

 「知らんな! 壊れる奴が悪いに決まっているだろうが! いや、だが壊れる瞬間の女の顔はいい……」

  

 豚はそう言ってぶひひと笑う。

 アスピザルは小さく溜息を吐く。


 「せめて対象年齢上げてくれない? 十代の子なんてティラーニの奴隷市場でもそんなに多くないんだよ? ただでさえ特定条件の奴隷買い漁っているから目立つ上にやれ色白だ、やれ身長は百五十前後だとかもういい加減にしてくれないかな?」

 「ふん! それに見合った働きをしているだろうが!」

 「……で、思い通りにならなければストライキ起こすんでしょ?」

 「当然だろう? 適正な報酬が支払われないんだからなぁ! 労働者の権利って奴だよ。 君も日本人ならその辺は理解できるだろう?」

 

 もうこの時点でアスピザルは喋り方が投げ遣りになっている。

 わざわざ矢面に立って喋っているのは夜ノ森に気を使っての事だろう。

 実際、夜ノ森はその辺に転がっている連中を見て、拳を握っている。


 状況さえ許せば即座に襲いかかっているだろうな。

 いや、この様子なら許さなくても反射的に殴りかかりそうだ。

 個人的にはそうしてくれると話が早くて助かる。


 そうなれば三人がかりでこの豚を屠殺すればいいだけの話だからな。

 

 「……言うと思ったよ。 正直、そんな調子で居られたら、そう遠くない内にあなたの要求にこっちが応えきれなさそうだからね。 最後に聞くけど多少の我慢を覚える気は無い?」

 「何度も言わせないでくれんか? 儂は働きに見合った報酬を要求しているだけだ」

 「分かった。 梓、ロー。 もういいよ」


 それを聞いて真っ先に突っ込んだのは夜ノ森だった。

 固めた拳を振り上げる。 相当腹に据えかねていたのか動きに迷いが一切ない。

 

 「ぶひ」


 豚は笑うと左右に侍らせていた女二人を引っ掴んで投げつける。


 「っ!? この!」


 夜ノ森は咄嗟に飛んで来た二人を受け止める。

 それと同時に豚がタックルの体勢に入ったのが見えた。

 俺は舌打ちして、豚が突っ込む前に左腕ヒューマン・センチピードを叩き込む。

 

 狙いは首。 狙いは過たずに命中。

 そのまま刎ね飛ばそうとしたが、途中で引っかかった。

 

 ……違う。 これは――。


 ふざけた事に再生して押し返してやがる。

 血が噴き出すが瞬時に止まった。


 「ぶひ? 何だこれはぁ?」


 豚は不可視化した百足を掴んでしげしげと眺める。

 

 「見えんが虫か何かか? ……ふん!」


 掴んだ百足を引き千切って投げ捨てる。

 

 「開けた場所の方が良さそうだね」


 アスピザルがそう言うと同時にベッドが豚を乗せたまま丸ごと浮かんで横にスライドする。

 豚が何か言う前に窓を突き破ってベッド諸共吹っ飛んで行った。

 夜ノ森が受け止めた女をそっと横たえた後、豚を追って窓から飛び出す。

 

 「屋敷の部下には根回ししてあるから思いっきりやってもいいよ」

 

 ……あぁ、そうかい。


 俺は答えずにそのまま窓から飛び降りる。

 少ししか見なかったが、雑魚っぽい見た目の割にはあの豚手強そうだな。

 面倒なと思いつつ落下しながらどう戦った物かと思考を巡らせた。

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