第185話 「群襲」

「うわー。 すっごい事になっているね」


 目的地がはっきり見える頃には月が出ており、完全に夜になっていたが街の方は大賑わいだ。

 衝撃音と悲鳴、場所によっては火の手すら上がっている。

 まだ距離があるので細部は見えないが、例の化け物が大量に街に入って暴れまわっていた。


 それを見たアスピザルは何故か嬉しそうだ。

 俺はもう嫌な予感しかしないぞ。

 

 「……で?これからどうするんだ? あそこへ行って混ざるのか?」

 

 正直、行きたくないんだが。

 アスピザルは砂の操作を止めてその場で停止。


 「そうだね。どうしよっか?」

 「お願いだから無計画に突っ込むとか言わないでよ?」

 「俺も反対だ。 連中は俺達を狙っている以上、近寄った瞬間に確実に群がられるぞ」


 まともな事を言っている夜ノ森の意見に乗っかっておく。

 

 「まずは確認。 僕達の目的は何?」

 「さっきの日枝さんに協力の約束もしたし、この事態の解決かしら?」

 「あーずさー。 人が良いのは君の美点だけど、そこまでする必要はないんじゃないかな。 はい! じゃあロー答えて!」


 何だこの茶番は? というか夜ノ森はあそこへ行くつもりか? 冗談じゃないぞ。

 そんな事を考えながらアスピザルの質問について考える。

 

 ……まぁ、考えるまでもないか。


 「連中の親玉。 要するに直接操っているであろう奴の始末だ。 それが片付けばあそこで群がっている連中は統率力を失い、勝手に散るなり個別で仕留められて沈むだろ」

 「そうだね。 だから僕達はあそこへ行って群れの中に飛び込む必要はないんだよ」


 分かった? と言わんばかりにアスピザルは夜ノ森に視線を向ける。

 彼女は納得したのか頷き返す。


 「待ってたら親玉が釣れると思う?」

 「微妙だな。 そいつの状況次第だ。 もし動けないようであれば、連中は捕らえた獲物を届けようと動くと思うから後を尾ければ行けるとは思うが……」

 「そーだねー。 この距離だとちょっと厳しいよね」


 確かに厳しい。

 この距離では魔法による探知は届かない。

 強引にやれば届くかもしれんが、連中は魔力も探知するから派手に使えばどっちにしろ群がられる可能性が高い。


 かといって近寄れば同様に群がられると完全に手詰まりだ。

 俺は考えるのが面倒になったので雇い主に丸投げする事にした。 


 「ならどうする?」

 「……ところで、あいつらってどの位見えてると思う?」


 どうでもいいけどこいついつも質問を質問で返すな。


 「戦った感じだけど、少なくとも数mの範囲は見えていたと思うわ」

 「地底だったらもっと広いだろうな。そうでもないと正確に俺達を狙って襲えんだろう」


 恐らくはデス・ワームに近い能力を備えている可能性が高い。

 土や砂を介して地底と地上の様子を探知する能力か何かだろうな。

 

 「そう。 地底だったら彼等の視野は驚く程広いのに地上では随分と狭くなるのは、元々水棲生物だからだろうね」


 そうだろうな。

 だからあんなにあっさりと仕留められたんだろう。

 水中だったらあんな物じゃなかった筈だ。

 

 「なら空中だったらどうかな?」

 「空中? 空でも飛ぶのか?」

 「そんな所だね。 梓、あれ出して」

 

 夜ノ森は躊躇するような素振を見せるが、アスピザルが再度名前を呼ぶと、しょうがないと肩を落として背負ったリュックから何やらでかい絨毯? のような物を取り出して地面に広げる。


 「何だそれは? 空飛ぶ絨毯か何かか?」

 「そうだよ」


 ……何?


 アスピザルが事も無げにそう言うと、絨毯に乗ってそっと手で触れる。

 すると絨毯が薄く光ってふわりと音もなく浮かび上がる。

 驚いたな。 本物の空飛ぶ絨毯かよ。


 「さ、乗って乗って」


 アスピザルが手を差し出すので掴んで引っ張り上げて貰う。

 夜ノ森は軽やかに跳躍して絨毯に飛び乗る。

 こいつは本当に見た目に寄らずに身軽だな。


 絨毯は俺達の体重を難なく受け止めて上昇。

 高度は十数メートルと言った所か? その辺りで停止。

 こんな便利な物があるなら最初から使――とそこまで考えて納得する。


 理由は出す瞬間に夜ノ森が俺の方を一瞥したからだ。

 もしかしなくても俺に見せたくなかったんだろうな。

 まぁ、それに関してはとやかく言うつもりはない。


 逆の立場だったら俺は同じ事を間違いなくするからだ。

 信用できない相手には当然の対応だな。

 夜ノ森が若干気まずいと言った視線を俺に向け来るが、気づかない振りをしてスルー。


 俺達を乗せた絨毯は重力を無視して動き出す。

 サベージ程じゃないが速度も中々だ。 十中八九こいつに乗って森を移動したんだろうな。

 

 「……で? 空からなら気付かれ難いだろうって話は分かったが、近寄ってどうする? 空から連中を仕留めて回るのか?」

 「まさか。 僕達は勇者でも何でもないんだ。 襲われているのは彼等の街なんだから自分で何とかするのが筋でしょ?」


 その意見には概ね同意だが、答えになってないぞ。


 「ちなみに近くまでは行くけど何もしないよ。 見てるだけ」

 

 あぁ、何となくわかって来た。


 「もしかして、この場から離れる魔物の後を尾けるの?」


 夜ノ森も同じ結論に至ったのか考えを口に出す。

 

 「もしかしなくてもそうだよ。 彼等の目的が親に餌を届ける事なら待っていれば勝手に向かうでしょ。 僕等はそれを黙って見ていればいい」

 

 それは楽でいい。 大いに賛成だ。

 アスピザルは問題ないよね? と言った表情で俺達を見る。

 俺に異論はないので同意の意味を込めて頷いておいた。


 絨毯が街の上空に辿り着く。

 さてと俺は眼下の街へ視線を落とす。

 ウズベアニモスは全体的に平坦な印象を受ける。


 広さはトルクルゥーサルブよりやや狭い位か。

 そう見える理由は飛び抜けて大きな建物がないからだろう。

 周囲――というよりは北側を除いて半円上に杭で組んだバリケードのような物が配置されており、南側に大きく開いている入口らしき門から以外は入れないようになっていた。


 残りの北側は港になっており、帆船らしき大小さまざまな船が停泊しているのが見えるが、襲撃の際にやられたのか結構な数が残骸になって浮いていた。

 魔物は地中から来たのでバリケードは効果がなかったようだ。

 その証拠に街のあちこちにでかい穴が口を開けており、そこから例の触手が伸びており住民を次々と引っ張り込んでいる。


 当然ながら住民達も黙ってやられる訳もなく、反撃している者もおり、目を凝らしてよく見ると魔物の死骸がいくつか転がっているのがみえた。

 戦況は――微妙だが獣人がやや優勢かな?


 とは言ってもここは魔物にとっては敵地(アウェーだ。

 時間が経てば経つほど不利になるのは目に見えている。

 その証拠に獣人は浮足立つ素振りも見せずに魔物を取り囲んで袋叩きにしていた。


 すっかり夜も更けて視界が悪い筈なのに獣人の動きには迷いがない。

 流石に人間とは違い、全員ではないが動きがいいな。

 

 「えっと、下はどうなっているのかしら……」


 隣の夜ノ森が少し戸惑った声を上げる。

 どうやらあまり見えていないようだ。 


 「うーん。 この調子だと朝までには撃退されそうだね」


 反面、アスピザルは見えて――いや、魔法で視力に補正をかけているのか。

 

 「ローはどう見る?」

 「さてな」


 俺は答えずに肩を竦めるだけに留めておいた。

 そうしながらも意識は街の中から周囲へと動かす。

 周囲の砂に盛り上がりの類は無し。


 かなり深い位置を潜航しているのか?

 離れる所を押さえるにしてもどうやって見つけるつもりだ?

 

 「多いね。 あの数が移動したなら多少は地面に影響が出ると思うけど――これはちょっと厳しいかな?」

 

 アスピザルの言葉に首を傾げる。

 影響が出ないのがおかしい?

 出ない程、深く潜ってるんじゃ――そうか、砂だから出ない訳がないのか。


 なら連中は何処から――。

 答えは直ぐに出た。道理で船が沈んでいる訳だ。

 

 「海か」

 「僕もそう思うよ」


 陸からじゃないとしたら答えは簡単だ。

 連中は海から来たと言う訳だ。

 そして、撤退しているであろう個体が居る事から大本は海に居る可能性が高い。 


 厄介だなと思った。

 海中であるのなら追跡が難しいからだ。


 「港がボロボロなのも納得だね」

 「どうする? そうなると正直、見ていてもあまり得る物はなさそうだぞ」

 「そうだねぇ――どうしようか? 流石に海の中だと手が出せないな。 ローは?」

 

 言われて考える。

 呼吸などは魔物を喰ったので水中で使用する器官を再現すればまぁ、戦えはするだろう。

 ただ、連中本来のフィールドで戦り合うのなら厳しいと言わざるを得んだろうな。


 本気で水中戦をするのなら人型以外に体を作り変える必要がある。

 誰にも見られんのならやってもいいが、こいつらにそこまで手の内を見せるつもりはない。

 そこで首を傾げる。


 これってもう放置で良いんじゃないか?


 「無理だな。 呼吸などはどうにかできるかもしれんが戦闘となるとどうにもならん。 嬲り殺しにされるのが目に見えている。 海に居るのならいっそもう放置で良いんじゃないか?」

 

 俺は面倒なので無視する事を提案した。

 連中には興味があるが、海から出てこないのなら無理に仕留める必要はないだろ。

 よしんば出て来たとしてもこことトルクルゥーサルブという盾がある上に森まで挟んでいるんだ。


 このままウルスラグナに戻ればいい。

 後は全て忘れて知らん振りだ。

 日枝は――まぁ、情報だけくれてやれば対策を勝手に練るだろ。


 命がかかっているし必死に戦ってくれると思うぞ?


 「このままウルスラグナまで逃げるって事?」

 「そう言っている。 ウルスラグナは森を抜けた先だ。 化け物とは言っても海の生き物だろう? 陸まで追ってくるとは考えにくい」


 だからほっといて引き上げようと暗に言ったのだが、アスピザルの表情は乗り気ではなさそうだ。

 え? 何? お前そんなにあの海産を始末したいのか?

 俺としては危険を冒してまでやりたい事じゃないぞ。


 「本当に諦めてくれるのかな?」


 ……何?

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