第172話 「盗人」

 「ここが闘技場か」


 以前に見たストラタの闘技場もかなりの規模だったが、こっちは更にでかい。

 それに加えて、設備も整っている。

 足元はアスファルト。


 売店では中で食えるような軽食が売り出され、カウンターには試合のプログラム表が張り出されており、一目で予定が分かるようになっている。

 その隣には入場券売り場に、賭けの受付等を行っており、職員らしい制服を着た獣人が忙しく動いていた。


 カウンターに群がっている人数を見ればいかにこの闘技場が賑わっているかが良く分かる。

 その少し離れた所では、予想屋を自称する連中が有料で次の試合当ててやると自分を売り込んでいた。

 何と言うか競馬場っていうのはこんな感じなのかもしれんな。


 ……行った事ないから知らんけど。


 少し見て行こうかなとも考えたが、先に宿を確保する事にした。

 遅い時間に行って部屋がありませんでしたでは笑えんしな。

 闘技場は逃げないし、見るなら大イベントである王選の大会を見るべきだろう。


 取りあえず、今は雰囲気を感じられただけで満足だ。

 俺は念の為、売店などを軽く覗いて案内を確認すると踵を返してその場を後にした。





 ……またかよ。


 俺は内心で溜息を吐く。

 尾けられている。 

 気づかれないように確認するとさっきのガキ共だ。


 舗装されている区画を抜けると待ってましたとばかりに現れた。

 犬耳のガキ二人が距離を詰めて来る。

 残りは遠巻きに俺の動きを確認しているようだ。


 鬱陶しいな。

 スリやらで生計を立てているガキが多いのは知って居たが、これほどとはな。

 いつまでも周りをうろつかれても迷惑だし、人気のない所に誘導して話をするとしますか。


 俺は建物の間にある細い道に入る。

 距離を詰めていたガキ二人が慌てて追いかけようとするのを尻目に、跳躍。

 建物の上へ。


 下を確認するとガキ二人が俺の姿を探して周囲を見回す。

 それを確認して飛び降りる。

 着地と同時に片方の首を後ろから掴んで持ち上げた。


 『……な、え?』


 掴まれたガキは咄嗟に暴れようとしたが、掴んだ手に力を入れると苦痛の声を漏らして大人しくなった。

 手に金属の感触。首輪付き、奴隷か。


 『さっきから後を尾けてきていたみたいだが、俺に何か用かな?』

 『いきなり何しやがる!ダーンを放せ!』


 犬耳のガキはすっ呆けた事を言い出したので俺は鼻で笑ってやる。

 

 『放してほしかったら質問に答えてくれないかな?』

 『何の話かさっぱりだな!俺達はたまたまここを通っただけだ!それをいきなりこんなことしやがって!出る所に出てもいいんだぞ!』

 『そうか?ここを通る前、お前に何度か財布をスられかけたんだがそれも気のせいかな?』


 ガキの表情が変わる。

 あんだけ露骨にやっといて何で気づかれないと思っているんだ?


 『し、知らねえな!言いがかりはやめろよ!』

 

 あぁ、あくまで白を切るのか。

 なら俺にも考えがあるぞ?


 『お前等二人はたまたまここを通った。それを尾行されたと勘違いした俺が襲ったと、そう言うんだな』

 『そうだ!こんなことしやがって!賠償だ!治療費を払え!』


 今度は当たり屋の真似事か。最悪だな。

 そう言う事言うのなら、こう言うのはどうだ?


 『そうかそうか。ならこの路地の近くで待っている四人に話を聞いても問題はない訳だ』


 俺の言葉にガキの表情が凍り付いた。

 何か言おうとしていたが口を開閉させるだけで言葉にならない。

 もう一押し行っとくか。 


 『人の後を尾けるような奴等だ。ぶち殺しても文句は出んだろう。事情を聞くなら一人いれば充分だしな。お前もそう思うだろう?』

 『あ、う――それは……』


 おいおい。

 もうちょっと表情取り繕えよ。

 自白しているような物だぞ。


 『最後だ。何で俺を尾けていたのかな?』

 『ち、畜生!そうだよ!後を尾けてたよ!あんたの財布が目当てだ!これでいいだろ!?このクソ野郎!ピーリ達に手を出したら絶対許さないからな!』

 『素直で結構』


 掴んでいたガキを投げ捨てる。

 地面に叩きつけられたガキは苦痛に呻くが無視。

 俺は目の前のガキから視線を外さずに続ける。 

 

 『俺はこの街で観光を楽しみたいだけでね、お前等みたいな奴等に関わって面倒は御免だ。二度と俺に干渉しないなら見逃してやってもいいぞ?破ったら――まぁ、お前とお前のお友達には全員死んで貰おうか?』

 『か、観光だと?』


 ガキの視線が憤怒に染まる。

 その反応に、おや?と首を傾げた。

 何か怒らせること言ったか?良く分からなかったのでそのまま続けた。


 『あぁ、その通りだ。王の選抜とやらがあるんだろう?そいつを見に来たんだ』

 『こっちは生きる為に必死だってのにあんたは呑気に観光かよ!いいご身分だな!観光できるほど余裕があるなら俺達に金をくれたっていいだろう!俺達の方があんたなんかよりよっぽど価値のある使い方ができるぜ!』


 ふーん。

 怒っている理由は分かったが、それ以上の感想は出てこなかった。

 ガキ共の境遇は首に嵌まっている首輪を見れば大体察しは付く。

 

 大方、主人に一定の金額を貢がないと何かしらのペナルティを喰らうんだろう。

 キレながら境遇を話して同情を買おうとは中々斬新な芸だな。

 これっぽっちも面白くないから御捻りは無しだが。


 『……で?約束するのか?しないのか?』

 

 ガキは歯を軋ませて俺を睨む。

 しばらく睨み合う形になったが、ガキがいきなりはっとした表情になり、笑みを浮かべる。

 俺が何だ?と眉を顰めると――。


 『助けてえええええええ!!!殺される!!!』


 叫び出した。 

 ほー。そう来たか。


 騒ぎを聞きつけて人が次々と集まる。

 ガキはしてやったと言った顔をした後、仲間を引き起こす。


 『へっ!すぐにでも騒ぎを聞きつけて警邏の憲兵が来るぞ。まぁ?有り金全部寄越すなら俺から誤解でしたと話してやってもいいぜ?』


 ガキは意地の悪い笑顔で胸を張る。


 『…で?寄越すのか?寄越さないのか?』


 意趣返しのつもりか。

 なるほど。なるほど。

 俺はにっこりと表情だけで笑ってから言ってやった。

 

 『後で殺す』


 まぁ、わざわざ探すような真似はしないと思うが、また纏わりついてきたら処理しよう。

 ガキは気圧されたように一瞬、表情を引き攣らせたが、すぐに笑みに変わる。

 後ろを振り返ると武装した獣人が数名、武器を俺に向けて来た。

 

 『騒ぎを聞いて来た。事情を説明してもらおうか?』


 リーダ―らしき虎の獣人がバトルアックスを担いで歩み出る。


 『憲兵さん!助けてください!こいつが俺達が奴隷だからっていきなり暴力を!』


 ここぞとばかりにガキがある事ない事、まくし立てる。

 いや、ない事ない事か。嘘ばっかりじゃねえか。

 虎獣人は俺とガキ共を交互に見ると、肩を竦める。


 『……分かった。詳しい話は屯所で聞く。全員来て貰おうか?後、君らは奴隷か?なら主人に連絡を……』

 『す、すいません!俺達急いでるんで!』


 ガキどもはそう言って走り去っていった。

 虎獣人は小さく息を吐くと振り返って野次馬を追い払うように手を振る。


 『ほらほら。散った散った』


 野次馬が離れて行ったのを確認すると俺の方へ向き直る。

 

 『悪いが一緒に来て貰ってもいいか?一応、仕事何でな』


 逃げるのは良くないか。

 俺は頷いて指示に従う。

 




 『あんたも災難だったな』


 虎獣人に屯所とか言う、交番みたいな小さな建物に連行された俺は何故か同情された後、お茶まで出された。

 俺が訝しんでいると苦笑して続ける。


 『スリに遭いかけたか何かだろ?多いんだよあの手のガキ。加害者の癖に都合が悪くなれば被害者面。実際、突っ込んで聞こうとするとああして逃げやがるから一発で分かる』


 その手の事件はやっぱり多いのか。

 口振りからするとありふれた手口なんだろうな。


 『……と言う訳で、一応事情だけ聞かせてくれ。終わったら帰っていいから』

 『分かった』


 話が分かる奴で助かった。

 俺は事情を説明――と言っても、ガキに絡まれて返り討ちにしたといったほとんど中身のない話だったが。


 『……そうか、話は分かった。えっとローさんで良いのかい?』

 『あぁ』

 『あんた変わった耳をしているが、種族は何だ?』

 『人間だ』

 『……人間って事は純粋な「人」か!?』


 虎獣人は大きく目を見開く。

 

 『何だ?ここじゃ人間ってのはそんなに珍しいのか?』


 森の向こうに吐いて捨てるほどいるぞ。


 『いや、少なくとも俺は見た事ないな。昔はエルフとか言う近親種はいたらしいが……。あんた、一体どこから来たんだ?』

 『森だが?』


 虎獣人は口を半開きにして固まる。


 『あんた、あの森を越えて来たって言うのか?』

 『そうだな』

 『ど、どうやって?』

 『普通に歩いてだが?』


 本当は飛んで来たけんだどな。

 記憶を掘り返してみると確かに人間はいないし、森を越えるって話も特になかった。

 実際、森に関しては驚く程情報が少ない。

 

 変化のない風景は方向感覚を狂わせ、狂暴な魔物が跋扈する魔境と言う認識で好き好んで近づく奴は珍しいようだ。

 たまに何か探しに踏み込む物好きがいるが、結構な割合で生きて帰って来ない。


 この国の連中からしたら森はどこまで続いているかはっきりしない上に、魔物に襲われる危険地帯だ。

 そんな所を越えよう何て考える奴は正気を疑われ、狂人呼ばわりされるらしい。

 

 『そ、そうか……』


 虎獣人は反応に困ると言った表情で頷いていた。

 

 『森の向こうはどうなっているんだ?いや、そもそもどうやって無事に通ったんだ?確か狂暴な魔物が生息していると聞いているんだが……』

 

 俺は少し悩んだ後、話を適当にでっちあげる事にした。


 『俺は旅をしている身でね。森に入ったのはいいがすっかり迷ってしまってな。彷徨っていたらこちらに出たと言う訳だ』


 でっちあげるにしても苦しい内容だな。


 『そうだったのか、大変だったな』


 しみじみと呟く。その視線には同情が混ざってさえいる。

 信じちゃったよ。


 『なぁ、飯奢るから森の向こうの話してくれよ!』


 虎獣人は子供の様に目を輝かせてそう言って来た。 

 これは解放されるまでしばらくかかりそうだ。


 ……まぁ、食費浮くからいいか。


 そう考えて話に応じる事にした。

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