七章

第170話 「獣人」

 森の景色が眼下で流れて行く。

 現在、俺は優雅な空の旅を満喫している。

 自分でも飛べはするが、やはり乗り物と言うのはいい。


 意識を周囲に割けるので景色を楽しむと言う点では何物にも勝る。

 さて、俺が何に乗っているのかと言うと、当然ながらサベージだ。


 だが、以前までの姿とは違う。

 体は二回り巨大になり、全体的な筋肉量が増加した。

 今までのノウハウを活かして改造を施したのだ。


 当然ながら中身にも手を入れているので性能は大きく向上した。

 まぁ、具体的には魔力の貯蔵量が大幅に増加、コンガマトーの反省を活かして羽は付けずに空中を蹴って跳ねるように飛行と言うには語弊があるが、空中を移動できている。


 鞍も改造して背もたれを付けた。

 後は風除けに魔法で障壁を常時発動しておけば、優雅な空の旅の完成と言う訳だ。

 飛びっぱなしと言う訳には行かないので定期的に休憩を挟んではいるが、良い感じの速度が出ている。

 

 そう遠くない内に森を抜ける事が出来るだろう。

 さて、これから向かう場所は便宜上、獣人の領域と呼んでいたが厳密には様々な種族が入り混じって暮らす坩堝だ。


 森の向こうはなだらかな起伏が続く――いわゆる丘陵が広がり、その向こうの平地に獣人達の住まうトルクルゥーサルブと呼ばれる集落が存在する。

 周囲は広大な平地だが、小さな山が点在しておりそこに水の源泉があるのか渓谷から河川が伸びており、水には困らない恵まれた土地のようだ。


 当然ながら水があると言う事は自然の恵みも多く、食料事情も安定しているとの事。

 さて、なら何でエルフの連中は追い出されたのかと言うと。

 原因は埋蔵資源だ。

 

 臭水くそうず

 点在する山の中でも、木々の余り生えていない所謂岩山の付近で良く取れる黒い水だ。

 臭いがきつく、飲料にはとても向かないがある用途があった。

 

 燃料だ。

 火を付ければ簡単に燃え上がるそれは武器、生活、様々な用途で需要が高かった。

 当然ながら目を付けて大量に入手、あわよくば独占を狙う者が現れるのはある意味自然な流れだ。


 ……ようするに石油だな。


 エルフにとっての不幸は住処の森の近くにその臭水が大量に埋蔵されている岩山があった事だろう。 

 彼等はその争奪戦に巻き込まれ住処を追われたと言う事だ。

 食料等は豊富に手に入った為、この手の入手が難しい物は奪い合いになるらしい。


 とは言ってもそれは当時の話で、今はどうなっているかは不明だ。

 何せ数十年の月日が経過しているので、情報はあくまで参考程度に留めておくべきだろう。

 

 次に獣人についてだ。

 その名の通りに獣と人間の混ざったような種族で、頭の出来は人間とそう大差ないらしい。

 分かり易い特徴は普通の耳の代わりに獣の耳が生えている事で、これを見れば一発で種族が分かる。

 

 ちなみに耳は頭からではなく人間の耳がある部分から生えているらしい。

 後、変わっていると言えば体質に個人差があるぐらいか。

 人によっては獣の部分が耳だけなのだが、場合によっては完全に獣の者も居るらしい。


 この辺はエルフの知識なので怪しい部分も多い。

 もしかしたら、肉体を変化させたりできるのかもしれんな。

 それも込みで調べるとしよう。


 諸々の処理を片付けたお陰で、出発が随分と遅れてしまった。

 季節は冬を越え、春が近づいてはいるがまだ空気は冷たい。

 時折、ファティマから来る報告によれば、領の経済状況は随分と上向き、商人と懇意にしており自分の商会を持とうと考えているとか居ないとか。


 取りあえず、順調そうだったので適当に褒めておいたのでやる気を漲らせていた。 

 その調子で俺への興味を失ってくれ。

 森に関してはエルフの里を中心に開拓を行うらしいが、長い目で見る必要があるらしい。


 最後に逃げたエルフに関してだが、どうも連中は複数のグループに分かれて散り散りに逃げたようだ。

 いくつか発見してこれを仕留めたようではあるが、明らかに数が合わない。

 構成から考えてハイ・エルフの子供が率いて行動していたようだ。


 何でガキに一番しんどい事をやらせてるんだとも思ったが、あぁと納得した。


 連中の常識ではハイ・エルフがエルフを率いる者と言う認識だからか。

 どこまで連中は依存体質なんだ。

 正直、馬鹿なんじゃないのかとすら思うぞ。


 ハイ・エルフとは言え、子供の采配だ。どっかで限界が来るだろう。

 それに加えて、森の魔物を躱しながらの逃亡生活という二重苦だ。

 遠からず全滅するだろうな。


 個人的にはすっきりしないのでハイ・エルフの子供だけでも死んでくれるとありがたいのだが……。

 ライリー達にでも任せておけば問題ないだろう。

 そこで思考を放り投げ、景色に意識を戻す。


 まぁ、四方見渡す限り森だからあまり見応え――おや?

 遠くを見ると森が途切れているのが微かに見えて来た。

 思ったより早く着いたな。

 

 正直、もっとかかるかもと思ったが――シュドラスから大体、一ヶ月ぐらい?

 来る途中に散々降った雪も頻度が随分と減っており、気温も少しずつではあるが上がっていっている。

 これなら、多少面倒ではあるが行き来はそう難しくないか。


 到着まで後数日と言った所かな?





 障壁を少し緩めると、風が頬を撫でる。

 遮蔽物がないから良い風が吹く。

 周囲には魔物、獣人共に気配はなく、とても静かだ。


 森を抜けた場所は予習した通り丘陵地帯だった。

 視線の先にはなだらかな地形がいっぱいに広がり、遠くに小さく大小様々な山が見える。

 俺はサベージを徐行させてのんびり景色と体に当たる風を楽しむ。


 知って居るのと実際に見るのではやはり迫力が違う。

 この辺りは何もないので魔物も特に生息しておらず、比較的安全だ。

 それもここを抜けるまでの話ではあるが。


 数日かけて丘陵地帯を抜けると、眼下には広大な平原と目当ての物が見える。

 

 ……あれがトルクルゥーサルブか。


 記憶では集落の集まりと言った感じだが、目の前のそれは文明の進歩を感じさせる立派な都市へと変貌を遂げている。

 建物も民家に何かの店舗と思われる物、何の冗談か煙突から白い煙を盛大に吐き出している工場らしき施設まであった。


 その中でも最も目を引くのは巨大な闘技場と思われる施設だ。


 エルフの記憶にある集落とは似ても似つかない立派な大都市だ。

 敷地面積だけなら王都にも匹敵するな。

 周囲の地形を見てみるとこの辺は記憶の通りだ。


 岩山があったと思えば少し離れた所に緑が生い茂った小山が連なっており、山の間からは都市に向かって川が伸びていたりしている。

 あの辺りの川は記憶にないな。


 もしかして流れを誘導した?

 後、気になる事と言えば、妙に窪地が多い。

 不自然に陥没している――と言うよりは、長い時間をかけて抉れたと言った印象だ。


 それを言うならあの辺り自体が、巨大な窪地ではあるんだが……。

 実際、丘陵地帯からかなり下った位置に都市が広がっている。

 変わった土地だなとは思ったが、特に答えも出なかったので疑問を投げ捨てて街へ向かう事にした。


 ……所で、変装とかした方が良いんだろうか?


 考えたが、思い直す。

 面倒だしそのまま行くか。




 トルクルゥーサルブ。

 獣人達が住まう都市にして国家・・の名で、カテゴリーとしては集落と言う集まりではなく都市国家と言う事になっているようだ。

 様々な種族が暮らすこの場所で国家としてどうやって一枚岩になれたのか?


 その答えは都市の中央に陣取っている巨大な闘技場だ。

 この国は二年に一度、誰でも参加資格がある大会が催される。

 それに優勝した者が王となれる訳だ。


 分かり易く一番強い者が国の舵取りをすると言う感じか。

 ……とは言っても、この近辺で最も強い者が王なのだ。

 交代は早々ないらしい。


 実際、六年前の大会で交代はしたようだが、前王はそれまでは二十年近く王の座を維持し続けて来たようだ。

 今の王は上手い事、国を回しているようで特に不満は出ていないらしい。

 

 ……まぁ、治安に関しては微妙な感じだがな。


 街に入ってすぐにある問題に直面した。

 言葉が分からない。

 困った俺は露骨に金貨の入った袋をチャリチャリ言わせながら人気のない所を歩いていると、親切な獣人バカが武器を片手に声をかけてくれたのでありがたく記憶と有り金を頂戴した。

 

 便宜上、獣人語と俺は呼んでいるこの言語を習得し、この国の事情もざっくりとだが察する事も出来たので、早速観光と行こう。


 ぶらぶらと街を見て回る。

 すれ違うのは全員獣人だ。

 耳を見れば何となくだがどんな種族かは分かる。


 犬、猫、狐に――あれは熊か?

 面白い所では兎耳に完全に人型の象や犀みたいな奴までいる。

 それにしても本当に興味深いな。


 こいつ等は何処から来たんだろう、可能であれば歴史書の類を読んでみたい物だ。

 獣人の寿命は人間よりやや長いといった所なので、最年長の獣人でもこの国の興りに辛うじてかかわっていると言うレベルだろう。


 集落の集まりだった頃より前の状況に興味があるな。

 そんな事を考えていると、俺の財布に注がれている熱い視線に気が付いた。


 さり気なく周囲を確認すると犬耳のガキが俺の財布をスろうと近づいて来たので、適当にあしらう。

 手を伸ばしてきた所で自然な動作で横にズレて躱す。

 腰のポーチに伸びた手が空を切る。


 嘆息。

 どこに居ても他人の上前撥ねる奴はいる物だな。

 周囲を確認すると、今の犬耳と同じように俺を見ている奴が数人。


 全部ガキだ。

 集団でスリかよ。面倒臭いなぁ。

 まぁ、周囲をキョロキョロしている俺はカモにでも見えたんだろうな。 


 傍から見ても完全にお上りさんだし、狙い目とでも思ったんだろう。

 面倒だったので気づかない振りをしてそのまま歩き去ろうとしたが、犬耳のガキは諦めずにもう一度アタックをかけるべく近寄ってくる。


 どうあしらった物か。

 下手に騒がれるのも面倒だし、さっきの連中みたいに人気無い所に誘い込むか?

 今いる場所は人の往来が激しい大通りだ。

 

 周囲には屋台や露店が立ち並び、人目も多い。

 憲兵という、騎士団等の警察機関に該当する組織はあるにはあるが、目はそこまで行き届いていないようなのでその辺りは無視しても問題なさそうだ。

 

 実際、定期的に殺人事件や行方不明者は一定数出ているらしい。

 流石に日本レベルの治安を求めるのは酷な話か。

 性懲りもなく、俺の財布を狙う犬耳に意識を割きつつこいつの仲間らしきガキを探す。


 いるわいるわ。

 全部で六人。

 犬耳が四、猫耳二。


 少し様子を見て、しつこいようなら処理。

 諦めるなら放置だな。

 

 俺は小さく溜息を吐いて、少し歩調を強くした。

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